第四幕・任務

 飛影が起こした事件から一週間後。
 私は気絶したまま連行された飛影と、怪我人の蔵馬と共に霊界に出頭し、牢に入っていた。
 蔵馬たちも近くの牢に居るはずだが、右の手首に嵌められたかせに妖気を完全に封じられたおかげで、気配も何も分かりはしない。しかも発信器のおまけ付きである。
 
 とはいえ、そもそも脱走を企てる気もない私は、ただ黙々とノートを数列で埋めていた。
 この数日学校をサボっていた為に、溜まりに溜まった宿題を。
 
 あと少しで課題が終わるというところで、軽い金属音と共に格子の鍵が開いた。
 
「出ろ。コエンマ様がお呼びだ。……それはその辺に置いていけ」

 少々呆れた顔でノートを指さす牢番に素直に従い、ペンと一緒に床に置く。
 石造りの牢から連れ出されると、冷えた薄暗い独房から、光の灯る部屋――霊界のNo.2・コエンマの執務室に案内された。
 扉を開けて入り、椅子にふんぞり返る小さなお偉いさんの前へ進み出ると、信じられない判決を聞かされた。

 
「……執行猶予?」

  
 おしゃぶりをくわえた、どう見てもただの子供にしか見えない霊界の王子にそんな結果を告げられ、自分でも驚くほど間抜けな声が出る。
 
「ああ。霊界裁判で情状酌量の余地ありとみて、判決が下された。お前にはこれから幽助の協力者として働いてもらう」

 大量の書類の山から覗く幼い姿が会話の内容とあまりに合わない。なんでこんな赤ん坊と大差ない姿をしているのか……。確か年齢は七百越えてなかったか?
 混乱する頭の隅に、そんなどうでもいいことがよぎる。
 そして先ほどの言葉を鸚鵡おうむ返しに問うた。
 
「……協力者? 幽助の?」
「ああ。知っての通り、幽助には霊界の指令で『異界の者ようかい』の関わる事件を解決する、霊界探偵として働いてもらってるんだが……。いかんせん、経験不足でな。この先仕事を任せるのは少々不安があるのだ。無茶ばかりしおるし……」

 おしゃぶりをカチカチと噛み鳴らしながら、顔をしかめて言うコエンマの言葉に、ようやく合点がいった。
 なるほど、確かにあの予測不能の無茶っぷりは見ていて気が休まらないに違いない。
 志保利さんのことも、飛影との戦いも、行き当たりばったりの行動をしていた。結果的には無事だったが、一つ間違えれば死んでいたのだ。
 その無茶に命を救われた身とはいえ、あの考えてなさすぎる無鉄砲さは多少心配である。

「はあ……」
 
 幽助の……ある意味「バカ」な行動を思い出し、同意と呆れの混じった声を出す。
 それを合図に「そこで」とコエンマが小さな指を立て、糸目を吊り上げた。
 
「お前のような冷静な判断力を持つ者に幽助の補佐をしてほしいのだ。ちなみに、蔵馬と飛影も同じ条件で話をつけてある。働きによっては免罪も可能という特典付きでな。まあ、人間界でいう社会復帰のための奉仕活動みたいなもんだと思ってくれ」 
 
 最悪、魔界へ強制送還くらいは覚悟していたというのに、「奉仕活動」とは……。
 拍子抜けしたというのが本音だった。霊界から三大秘宝を盗むという大罪に対して、あまりに寛大すぎる処置だ。 
 おそらく、内部でもかなり揉めたのではないだろうか。この判決を霊界上層部に納得させるのに要したコエンマの苦労が、安易に想像できる。

「分かった。その条件、受けるわ」

 彼の慈悲とその裏にある政治的な危うさに、素直に頷くことで応える。元より拒否権などあってないような物だし、私にとっても断わる理由はない。
 何より、あの無鉄砲な少年の持つ「光」がこの先どんな景色を見せてくれるのか……それに純粋な興味がある。
 私の返事を聞いて、コエンマは満足気に息をついた。
 
「よし、決まりだな。――ぼたん、枷を外してやれ」
「はいな!……ちょいと腕貸しとくれ。『アンテ』!」

 バチン、という音と共に手首を締め付ける重厚な枷が砕け、抑え込まれていた妖気が解放される。自身の蒼い気がふわりと広がり、身体の中に吸い込まれる。
 一気に身体中に妖気が巡り、ようやく「自分自身」が戻ったような感覚に私は小さく安堵の息をついた。

「お前たちへの連絡はこれからこのぼたんが担当する」
「改めて、霊界案内人のぼたんでーす。この間はありがとね!よろしく月華!」
「結界師の月華よ。……よろしく、ぼたん」


 
***


 
「門まで送るよ」というぼたんの後ろについて外へ出ると、待っていてくれたのか扉の前にいた蔵馬と、相変わらず不機嫌そうな目付きの飛影と鉢合わせた。
 
 彼らの腕にも私と同じ、枷の赤い跡が残っている。
  
「……二人共、先に出てたのね」
 
​ 私が軽くなった手首を無意識にさすりながら声をかけると、壁に背を預けていた蔵馬が、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべて顔を上げた。
 
​「ああ、少し前にね。君も無事で何よりだ、月華」
「聞いた? 幽助の……」
「補佐の話だろう? 聞いたよ。飛影は先ほどから随分とご立腹のようだけどね」
 
​ からかうような蔵馬の言葉に、プライドの高い邪眼師は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
 
「……フン、舐めやがって」
 
​ 飛影の鋭い三白眼が、忌々しげに霊界の天井を睨みつける。
だが、そこに本気の殺意がないことは、私達には筒抜けだった。
 
​「まあそういうな、飛影。君もヘタに騒いで『探し物』を見つけられなくなるのは本意ではないだろう?」
 
 蔵馬が宥める気なのか煽る気なのかわからないが、その言葉に飛影はあからさまに殺気立ち、蔵馬を睨む。
 
「ッ! 貴様……!」
「オレ達にとっても悪い話じゃない。むしろ、やらかしたことに対して軽すぎる処罰だ」
「そうね。……ねえ、ところで飛影の『探し物』って何の話?」
 
 蔵馬に同意しつつ好奇心から尋ねると、飛影が今度は私に刀の切っ先のような目を向けた。
 
「黙れ。殺すぞ」
 
 どうやらよっぽど触れてほしくないらしい。もしくは私に知られたくないのか。初めて会った時と変わらず刺々しい飛影の態度に私は、やれやれと無言で肩を竦めた。
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