第三幕・事件の終わり、新たな始まり



 皿屋敷町から外れた廃倉庫。そこに異様な妖気が渦巻いていた。肌を突き刺すような攻撃的な気。その激しさに私は思わず眉をひそめた。
 前を行く蔵馬が同じように顔をしかめ、倉庫の扉を睨み据えた。
 
「この妖気……奴め、とうとう正体を現したな」
「やっぱり飛影か。あのお人好しな探偵も居るんでしょうね……。行こう、蔵馬」
「ああ」

 ギィ、と重い音を立てる鉄の扉を開けると、埃っぽい匂いと熱い妖気が鼻を突く。中では、明らかに人工の照明ではない紫色の禍々しい光が二つ、吹き出していた。
 一つは飛影本人の、そしてもう一つは人間の少女が発している。
 おそらく降魔の剣で斬られ、妖怪化しかけている人間の少女。そして、それを食い止めようと必死に霊気を注ぎ込む霊界案内人、ぼたんが入り口の付近に居た。

「あれは……。蔵馬、私はあの娘達を助ける。飛影は……奥ね。あんたは解毒剤を。多分降魔の剣の中にある。……ああ、あと幽助とかいう探偵も、ついでにお願い。……気を付けて」
「ああ、分かった。任せてくれ」

 小さく頷きあい、蔵馬が奥へ向かった直後。巨大化した飛影の妖気に呼応するように少女の体から放出される妖気が強くなる。急がなければ。

 
 ***

  
「きゃあ!?」

 突如として膨れ上がった妖気に身体がギシギシと悲鳴を上げる。バチバチと火花が散って腕に妖気の刃が切りつけ、傷を作った。
 
 (だ、駄目だ。これ以上はあたしの力じゃ抑えきれない……! けど、このままじゃ螢子ちゃんが……) 
 
 ここで自分が食い止めなければ彼女は妖怪にされてしまう。
 開きかけた第三の目。その禍々しい妖気を沈静化させようと、痛みを無視して全精力を振り絞り霊気を放出する。その時、ふいに肩に温かい物を感じた。
 
「それ以上やったら貴女が死んじゃうでしょう」

 なんと、背後にはあの情報屋の青華――いや、月華が立っていた。
 一体なぜ、彼女がここにいるのだろう。
 
「!? あ、あんたは月華! どうしてここに!?」
 
 あたしが驚愕に目を見開きそう問うと、彼女は淡々と、けれど少し焦った様子で両手に妖気を集めた。
 
「『借り』を返しに来たのよ。……私の力じゃ妖化を沈静化することは出来ないけど……」

 そう呟くと、彼女は澄んだ蒼い妖気を波紋のように広げ、あたし達の周りにドーム状の結界を展開した。
 水のように透き通った妖気は、突き刺すような飛影の気を弾き、飛影の気で増大していた第三の目が開く力が目に見えて弱まっていった。

「これで、少しは時間が稼げるはず……。蔵馬が解毒剤を取りに行ってる。それまで、なんとか耐えて」
 
 そして、月華はあたしの手にみずからの手を重ねた。ふわり、と温かい妖気があたしの手を包む。
 
 また一つ大きく火花が散って、月華の手や腕を抉っていく。
 
「げ、月華、手が!」
「大丈夫。……ガードぐらいにはなるはずよ。もう少しだけ、頑張って」

 
 
***

 
  
 ぼたんの霊気が底を尽きかけたその時。引きずるような重い足音を立てて蔵馬が戻ってきた。
 腹に風穴を開け、血の滴り落ちる降魔の剣を手に携えた状態で。
 開いた傷口からはだらだらと鮮血が流れ、その顔は紙のように白い。その惨状に、私はギョッと目を見開いた。
 
「な!? 蔵馬!?」
「ひゃああ!? く、蔵馬ぁ!? 腹! 腹に穴が開いてるよおお!?」
 
 見るからに重傷の蔵馬にぼたんは悲鳴を上げる。
 震える指でこちらに剣を差し出す彼の後ろには、血の垂れた跡が点々と続いていた。

「オレの話は後だ。とにかく解毒剤をその子に。早く!」
 
 確かにそうだ。縺れそうな手を抑え、受け取った剣の柄から薬を取り出す。
 ぼたんが螢子に解毒剤を飲ませると、彼女から発せられていた妖気が急速に弱まり、額の目も完全に消えていった。
 
 ――もう大丈夫だろう。
 
 ホッと安堵の息をつき、血まみれの蔵馬の方へ向き直る。
 
「その子をお願い。私はこいつを手当てするから。……一体何でこうなったのよ、蔵馬」
「ああ、剣を捕る為にわざと飛影の攻撃を腹で受けて……」
「はあ? わざと!?」
「まあ、幽助を庇う為もあったんだけどね」
「いや、何でそこで腹に穴開けるのよ! 他に方法あったでしょ!」
 
 何でもないことのように言う蔵馬に思わず眉が寄る。私はすぐさま『内部結界ないぶけっかい』と呼ばれる収納用の特殊な結界の中から薬箱を取り出す。
 そこに、飛影との激闘を終え、ボロボロの幽助が戻ってきた。

「蔵馬、ぼたん、無事か! 螢子は……って、月華!? お前も来てくれたのか!」
「あの時の『借り』を返しにね。それからこの子……螢子ちゃんっていうの? 安心なさい。薬飲ませたから、もう大丈夫よ」
 
 青ざめていた幽助は、その言葉に安心したのか、ホッ、と肩の力を抜き、ため息をついた。
 
「そっか……あんがとな。あ、それに蔵馬、傷大丈夫か? 悪かったな……」
「急所は外してる。平気さ」
「平気なわけじゃないでしょうが! ホンットあんたは無茶ばっかして! ほら診せなさい、このバカ!」
 
 青白い顔をして呑気なことを言う蔵馬を一喝し、止血のために包帯を取り出す。
 
 こうして――私達の決死の大博打は、安堵と血の匂い、そして私の怒鳴り声と共に、ようやく終わりを迎えた。
 
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