第五幕・潜入開始

 母に持たされた土産を片手に引っさげて、木々の生い茂る山道を進む。どこかから甘い梅の香りが漂い、メジロが頭上を通り過ぎていく。のどかで静かな初春の風景に目を細めたところで、ようやく獣道が途切れ、代わりに見上げるほどに長い石段が現れた。

 ようやく着いたかと石段に足を伸ばすが、穏やかな自然に対していつも静かなはずの寺はひどく騒がしい。

 溜め息をつきながら階段を登り切り、門の扉に手をかける。横にはでかでかと「幻海師範門下生大選考会」と書かれた看板があって、ずいぶん仰々しいことになっていた。

 幻海の性格を考えて、彼女が設置したものではない気がするが……。一体誰が書いたのやら。
 少し軋んだ音を立てる門を開けると、広い前庭に所狭しと人が集まっている。
 その「集まった者達」を見て、私は思わずうげ、と顔を歪ませた。
 
「何これ……すごい格好のばっかり……」

 モヒカンやらガスマスクしたのやら、頭に釘が刺さっているのまで。
 門下生の選考会というより仮装大会のような顔ぶれに、思わず半目になった。こいつら主旨を勘違いしてないか?

 ただの白Tシャツにジーパン、そして手には土産の紙袋という自分の姿は明らかに浮いているが仕方ない。
 さてあのリーゼントはどこかと辺りを見回すが、どうやらまだ来ていないらしい。

 ひとまず場違いな土産を内部結界に仕舞う。これはあとで渡そう。

「うげっ……なんだこりゃ」

 聞き覚えのある声に振り向くと、普通の胴着に身を包んだ幽助がいた。
 さっきの私も多分こんな顔してたんだろうな……と思いつつ待ち人に声をかける。

「幽助」
「ん? あれ、月華?オメーこんなところで何やってんだ?」
「任務の手伝いよ。ぼたんから聞いてないの?」
「ん? ……あ! そーだ、なんかぼたんが言ってたな。すっかり忘れてた」

 こいつ…………
 初っ端から頭痛がしてきた。

「……そのくらい覚えときなさいよ……」
「わりーわりー」
 
 ため息混じりで言った私に、彼はまったく悪いと思ってない顔で頭を掻きながらニカッと笑う。
 
「そういやこの前はあんがとな。お前らのお陰で助かったぜ」
「言ったでしょ、借りを返しにきたって。……それに礼を言うのは私の方よ。ありがとう」
「へ?」
 
 きょとんとする幽助を少々かわいらしく思いつつ、軽く頭を下げて礼を言った。

「蔵馬と私と、志保利さんを助けてくれたこと。あなたがいなかったら志保利さんはともかく私ら二人は死んでいた。……助けてくれてありがとう。そしてよろしく」
「……なんだよ照れんな。ま、改めてよろしく月華!」
 
 あの時と同じように屈託のない笑顔を浮かべると、指を立てて急に神妙な顔つきになった。
 
「ところで――」
「浦飯!?オメー、一体なんでこんなとこに!」

 素っ頓狂な声に振り向くと、背の高い野球服の男が立っていた。

「桑原!」
「……知り合い?」
「ああ、オレにしょっちゅう喧嘩売りに来てるバカだ」
「何だとぉ!?」

 桑原というらしいその少年もやたらと霊力が強い。彼も試験を受けに来たのかと思ったらどうやらそうではないらしい。

「最近前より霊感強くなったのか金縛りや幻聴の類いが増えてよ~……姉貴の勧めで来てみたらこのザマだぜ」
 
 げんなりとした様子でぼやく彼の霊力は確かにかなり高く、これは妖怪や悪霊の類いに狙われるだろう。それで相談しに来たら変人奇人コンテストが開催されていたということか。同情するな……。

「あのー、ところであんたは?オレは皿屋敷中No.1桑原和真と申しますッス」
「私は月華。まあ、幽助のお目付け……助手みたいなもんかしら?よろしく」
「オイ、今お目付け役って言いかけただろ」
 
 自己紹介もほどほどに、幽助はさっき言いかけていたことを聞いてきた。

「で、さっきの話なんだけどよ、幻海って一体どんな奴なんだ?」
「……オメーホントに何しにきたんだ?」

 全くだ。それくらい聞いておけ……
 仕方がないので手短に説明する。

「……霊波動の一流の使い手よ。身体を覆う霊気の流れを霊波動と言うんだけど、これを一点に集中させて堅固な物を砕いたり、気を当てたり流しこんだりして相手の気を活性化させることによって怪我や病気を治したりすることができるの」
「へー、なんかよくわかんねぇけどすげーな」
「……あんたがこの間使ってた、霊丸だっけ?あれも霊波動を使ったものよ」
「おお、なるほど!」

……ほんとに大丈夫かこいつ。

「おお!幻海師範のお出ましだぞ!」

 誰かの興奮した声に会場のざわめきはピタリとやむ。本堂に目を向けると、襖が開いて中から小さな老婆が出てきた。
 見た目だけ取ればただの小柄なおばあさんだが、その立ち姿には並々ならぬ貫禄があり、どんなアホでもただ者でないことがわかるだろう。

「おやまあ、随分と集まったもんだね。それじゃあ早速試験を始めようかね。第一次試験は……!」

 ギロリと大量の変人奇人を睨めつける彼女の言葉を一同がゴクリと息を飲んで待つ。

「くじ引きじゃ」

 私以外の全員がひっくり返った。

「んな……くじ引きだと!?」
「一体何を考えておられるのだ……」

 混乱する皆は意にも介さず、彼女はいつの間にか隣に置いてあったカメを示した。
「この中からそれぞれ一枚ずつ引いてもらう」
 
 皆動揺しながらもひとまず全員並ぶ。
 疑心暗鬼でくじを見る者、祈るように頭の上に掲げる者など様々だ。
 私がカメの前に来ると、師範はおや、と面白そうにニヤリと笑った。
 
(――来てたのかい)
(ええ、ちょっとした野暮用で)
(言っとくが、弟子選びは公平にやるからね)
(それはもちろん)
 
 視線だけで会話をし、中からくじを一枚、特に選ぶこともなく一番上のものを手に取った。
 幻海の合図と共に開けると、中にはやはり赤い当たりが入っていた。
 正確に言うと私の妖気に反応して赤くなった紙が、だ。
 
「「げ……当たっちまった」」
 
 隣を見ると幽助と桑原くんが全く同じ顔で嘆いている。
 やっぱりね、と小さく呟いてくじを包みに仕舞い、サボってとっとと帰りたかったのに……と愚痴をこぼす幽助の頭を軽く叩いた。
 
 周囲を見るとはずれて嘆く者はどれも一定以下の霊力で、そもそもお話にならない者ばかり。
 ちなみに仮装大会の面子はほぼ全員はずれであった。
 この紙はある一定以上の力を持つ者は赤くなり、持たなければ何も反応しないように作られていたのだ。

 紙の仕組みを知らない者達からすれば「ただのくじ引き」で失格となったのだ。予想通り、文句を付ける者が出てきた。
 やたらと図体だけはでかいがやはり大した霊力はない。
 問題はないだろうと私はざわめく周囲を無視して妖気を辿りにかかった。
 感覚を研ぎ澄まし、周囲の違和を探す。幽助と同程度の霊力を持つ者が数人——

(……いた)

 選ばれた者達の中に一人確実に、妖気を持つ手練れが紛れ込んでいる。
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