オトモダチ計画
警察からの依頼で紫穏]が来ていることを知っている女将は丁寧に旅館内を案内する。紫穏]が知ったことの全てが警察に報告される。少し緊張した面持ちだった。歩きながら単刀直入に営業停止にしてもらうことはできないかと願い出る。その方が、調査がしやすいのだ。
女将は張り付いていた笑顔をサッと消した。
「うちには何年も続けて利用してくださるお客さんがそれはもうたくさんいらっしゃるんです。悪霊だなんだのと言って営業をお休みするなんて、考えられないことです。それでも営業を休めとおっしゃるなら、わたくし、切腹する覚悟でございます」
この女将、若く見えるが、肝が据わっている。確たる彼女の信念が見えて、紫穏]は頭を下げた。竜泉が「切腹って…」と引いている。
「出過ぎたことを申し上げました。事件が早く解決するよう、尽力いたします」
「取り乱してしまいました。こちらこそ申し訳ございません。あちらがお二人のお部屋でございます。お手洗いはこちらに。御食事は左手の宴会場か、お部屋でとっていただけます」
女将の説明を聞いているフリをしながら、コツ、と肘で竜泉をこづいた。あごを動かし、左斜めを歩く男性に注目するように促す。その男は三体の人形を持っていた。生気がなく、目が虚ろだった。
「竜泉君。あの人、様子が変だ。注意深く見ていて」
「わかりました」
紫穏]が試しに魂を吸引する小瓶を三つ、廊下をすれ違う時に三体の人形に向けてみた。
案の定助けを求め、逃げるように小瓶へと女性三人分の魂魄が小瓶へ入ってきた。気づいた悪霊はとりついた従業員の体を使って胸ポケットから刃物を取り出し、紫穏]に襲ってくる。
「オレのォ…オレの女の子だ!返セェェェェ!」
刃物を持っていた手の甲の方を竜泉が手刀で叩き落とし、紫穏]が従業員の額に札をバチン!と貼った。従業員から悪霊が出てくる。紫穏]は大きめの瓶を取り出し、それを吸収した。男性従業員は目を覚まし、胸元に抱いていた三体の人形を「うわ、なんだこの人形、きも」と言って捨ててしまった。
「ヒェッ…い、今なにが起こりましたの?!どうして私の従業員がお客様に刃物なんかを!寧さま、お怪我は?」
「彼は操られていただけですよ。私たちに怪我はありません」
「あ、操られて…?」
「従業員さん、大丈夫ですか?」
紫穏]が手を差し伸べ、悪霊に取りつかれていた従業員が立ち上がるのを手伝う。
「ええ…あ、あれ?かなり暑い、女将さん、今何月ですか?」
「何月って…八月だけど?アンタ何やってんだい!お客様に刃物なんか向けてッ!」
「は、刃物?八月?」
男性は何が何だかわからないようで、廊下に落ちている短刀を見つけて「ワッ」と驚いていた。
話を聞くと、従業員は五月から記憶が抜け落ちているようだった。おそらくそのあたりで悪霊に取りつかれてしまったのだろう。
あとは女将の心身のケアをしてあげて、銀行の振込先を教えればいいだけだ。そのあたりは雪音が女将に電話をしてやってくれるので、今から雪音と警察に事情と結果を伝えたら仕事はこれで全て終わりだ。
残るはさっき回収した魂魄の一部をあとから来る警察系列の陰陽師に渡して、病院で意識不明状態になっている彼女たちの体に戻してもらえば一件落着となる。
「解決しちゃったね。帰る?」
「……」
それはそれで竜泉は困ってしまう。社長のあの言い方は何か知っている風だった。この巻物のこともだ。ここに来れば、巻物に記された一人目の魔物、清姫を捕縛できると思っていた。しかし実際は清姫の事件ではなかった。騙された気分だ。
「いえ、帰ったら貴方はほかの仕事に着手するでしょう。社長からは温泉で体を治して来いと言われていますし、せめて一泊だけしていきませんか?」
ワーカーホリック気味の紫穏]は帰る気マンマンだったが、竜泉と共に温泉で一泊できるなんて大イベントを断るはずもなく、元気いっぱいに「そうだね!そうしよう」と賛同したのだった。
もろもろの処理を終わらせ、案内部屋でやっと落ち着くことができた。
そなえつけの急須でお茶を入れ、一服する。
「竜泉君、浴衣があるよ。着替えよう。たくさん汗をかいただろう?はい、君の分」
「ありがとうございます」
慣れたてつきで腰帯を巻き、竜泉は思い出したようにカバンの中で眠っている猫をゆすって起こした。
もう出てきてもいいぞと竜泉に言われたのに、白猫は竜泉のおなかを数回押したあと、すぐにショルダーバッグに戻ってしまった。
「その子、おとなしくて偉いね。列車の中でもじっとカバンの中にいて、つらくならないのかな?」
あごを撫でると、白猫ののどからグルグルと気持ちよさそうにする音が聞こえた。
「ごろごろするのが好きなんです。こいつ。あと腹が減ってるから、元気が無いだけ」
「猫缶持ってきた?」
「いえ。猫缶より普通の飯の方が喜ぶので。もうすぐ昼食時でしょう。その時に食べさせます」
「それはよくないよ。ちゃんと猫用のごはんをあげないと、寿命が短くなるらしいよ。ここに来る途中に売店があったはずだ。そこに猫用のごはんが置いてないか見に行こう」
「……そうですね。行きましょうか」
砂利道を歩きながら、紫穏]は大変なことに気づいてしまった。
(これってデートでは?!)
完全な二人きりではなく、間に猫が歩いているが、これはまごうとなくデートだと紫穏]は感動していた。仕事は終わったし、恋バナとかに花を咲かせたっていいんじゃないかと期待を膨らませる。
「い…、良い天気だね~」
「そうですね」
「竜泉君って恋人いる?」
(あっ しまった 単刀直入すぎた)
毎分毎秒こればかり気になっていた。IQが10ぐらい落ちてしまったんじゃないかとおもうぐらいバカな質問をしてしまった。
「いません」
「い、いないの?!」
「なんでそんなに驚くんですか」
「驚くよ、だって、君…か、かっこいい…から」
急に恥ずかしくなってしまった。顔を上げられない。
「あ、紫穏]さん前…」
竜泉が電柱に直進していく上司を呼び止めたが、気づかずそのまま歩いて行ってしまい、ゴツンと電柱にぶち当たった。
「痛ッ」
「何してるんです…」
あきれた顔で紫穏]の額にかかる前髪をかき上げ、たんこぶができていないか確認する。
「こんな怪我の仕方してたら、ほんとに明日死んだって不思議じゃないですよ」
「…ッ」
至近距離に竜泉の顔があり、しかも額に触れられている。バクバクと心臓がうるさくなり、ギュウと自分の胸元の衣服を両手で握りしめたまま動けなくなってしまった。
(だ、だめだ、またこんな反応したら、竜泉に気があることがバレて…何かしらのナニナニハラスメントとか言われてしまう....!何か、何か言わねば…ッ)
「りゅっ、竜泉君の好きな女の子のタイプ教えて…」
「タイプ?」
狭くなった喉からなんとかふり絞った質問だった。言ったそばから後悔が始まる。頭が真っ白になっているとはいえ、ほかに適当な質問はあったはずだ。穴があったら入りたい。
「そうですね……きれいな人…かな」
サラサラと草木のこすれる音と共に涼しい風が頬を撫でていく。木陰がひんやりとした空気を生み出してくれていた。新緑の葉が紫穏]の耳に落ちてきて、それを竜泉がとってやる。
「あなたみたいに」
「‥‥!」
紫穏]はヘタリとその場に腰を抜かした。
「俺なりの冗談のつもりだったんですけど」
「じょ、冗談かぁ‥‥はは、びっくりしちゃったよ」
昔の、紫穏]を愛おしそうに見つめていた眼差しと、ついさっきの竜泉がかぶったのだ。耳についた葉をとってもらった際に少し触れた場所が熱い。
タタタ…と小さな小学生くらいの男の子が走ってきた。少年が「たっち!」と言って竜泉と紫穏]の足をパン、パンと叩く。
「な、なに?鬼ごっこかい?」
子猫がニャー!と威嚇し、人間の姿になる。猫が竜泉の息子に変化したことに紫穏]は目を見開いた。
「お師匠!あいつ今、魔力使った!魔物だ!」
竜泉は何か言いたそうに一度弟子を睨んだが、それどころではないと判断し、袖から剣を飛び出させ、少年に飛ばす。
白虎が「殺すつもりですか?!」と仰天する。
紫穏は反射的に向かった剣を止めようと”開花十二式”を使おうとしたが、竜泉が「殺すわけないだろ」と返事をしたのでペタンと尻もちをつく。
剣は少年を抜き、切っ先を向ける。
「ヒャア!けけけ、剣?!」
まさか剣が追ってくるとは思っておらず、ベタンと後ろにこけた。竜泉が瞬間移動のような速さで少年の元へ行き、術で出した金色の紐でぐるぐる巻きにする。
「わー!放せよー!何するんだーッ!!」
「何するんだはこっちのセリフだ。俺たちに魔力を使ったんだろう?何をした」
「ちょっとオシャレなタトゥーを入れてあげただけじゃないか。大人気ないぞ!子供にこんなことすんなよ。虐待で訴えてやる!」
「お前、名は」
「人の名前を聞くときは自分から名乗れよ…痛!あっあっ、言います、言います!痛いー!」
少年を拘束する金色の紐がミシミシと音を立てている。竜泉が念じることで自由自在に緩急をつけられる紐だった。紐が緩み、ガクリとうなだれて言った。
「清姫 字五郎(きよひめ じごろう)って言います…」
「清姫だって?!清姫一族って言ったら、エリート中のエリートの一族のことだぞ。もっとましな嘘をつけよ」
白虎がツンツンと少年の頬を指でつついた。
「もう一度聞く。俺たちになんの魔力を使ったんだ」
「へっ、童貞野郎には教えてやらねー」
竜泉は巻物を開いた。カッ!と巻物が青く光る。目を覆ってしまいたくなるほどの強い光だった。そこから六本の腕が現れる。
「えっ わっ あー?!」
しゅるしゅると手が少年の腕や足首を掴む。巻物へと引きずられ、吸い込まれかける。
「わっ、言う!言います!やめて吸い込まないでぇー!」
巻物を閉じると、宙に浮いていた少年はドシャっと落ちる。
「本物の清姫一族の者のようだ」
「巻物の一人目、清姫一族の魔物なんですか?本当?お師匠、巻物見せて!」
”捕縛対象名 清姫 字五郎
趣味 温泉
絶対に殺すな”
「師匠、閻魔様って文章能力無いの?」
情報量の少なさに、己の目を疑う。何度読んでも三行しかない。これで捕まえろと命令するなんて、閻魔様はアホなのかもしれないと白虎は思った。
「閻魔の悪口はあまり言うもんじゃない。死んで転生するときにバレて地獄行きになるぞ」
「あのぅ。これ、解いてくれませんか?なにやったかちゃんと白状するんで」
放置された字五郎がぐねぐねと体を揺らす。
「先に言え」
紫穏]は固唾をのんで様子を見ていた。
「童貞のしるしをつけました」
「今なんて言った?」
竜泉のこめかみあたりの血管がピクリとした。
「あの、だから…童貞のしるしをつけました」
白虎が師の顔を見上げる。
「しるし?あ、お師匠、額に”童”ていう字が浮き出てきましたよ」
「なんだって?」
「ほら、見てください」
白虎はインカメラにしたスマートホンを竜泉に見せる。確かに”童”とあった。こすってみるが変わらない。
「字五郎。これは洗えば消えるのか」
「き、消えないです」
「どうやったら消える?」
「‥‥童貞を捨てたら消えます」
紫穏]は口から魂が出そうになり、竜泉は降参したように上を向き、白虎は童貞ってなに?と師匠に問う。
「もしくは、処女を失えば」と字五郎は付け足した。
[newpage]
………
初めてのキス②
………
「なるほど?お前は童貞かどうかを見分ける能力があり、イタズラ感覚でいたる人間にしるしをつけて遊んでいるというワケか」
少年をいたぶっていると通報されてはかなわないため、紫穏]が常備している封印の瓶の中に字五郎をつめて旅館に戻ってきた。
「ごめんなさい」
「君、どうしてワザワザ人間界に降りてそんな無意味なことをしているんだい」
紫穏]の問いに、字五郎は縛られたまま胸を張ってこたえる。
「無意味なんかじゃない。オイラは童貞のしるしが必要なやつがわかるんだ。なんとなくだけど。わー!わー!オイラの傍でその巻物開くんじゃねぇ~!」
「口に気をつけろ。減らず口をたたくな。子供だからといって容赦はしない」
しゅん、と背を丸め、字五郎はうつぶせになった。反省しているようだ。
もうこの話題にそろそろ飽きてしまいつつある白虎が大きな欠伸をする。師に何度童貞の意味を聞いても教えてくれなかったのでネットで調べた。”異性に接してないその人””肉体関係を持ってない人”と出た。途中で読むのがめんどくさくなり、「なんだよ肉体関係って。肉を食った人のことを言うのか?」と呟いて検索するのをやめた。
結局今も童貞がなんなのかさっぱりだ。
紫穏]を見ると、手鏡を片手にティッシュで顔を懸命にこすっている。
「紫穏]さん、何してるの?」
「消せるかどうか試してるんだ、ちょっと情けない気持ちになるね、このしるし」
「ぜんぜん消えてないよ」
「そうだね。ハハ…。どうしよう」
紫穏]の顎の下に、”童”という文字がハッキリと浮き上がっていた。
「紫穏]さんはまだいい方だよ。お師匠、額の真ん中だから、隠しようがないよ」
紫穏]は何かを思いついたようで、自分のキャリーバッグから伸縮性のある黒いバンダナを取り出す。
「これをつければ額の文字を隠せるよ。よかったら使って」
「ありがとうございます」
イライラしていた様子だったが、バンダナで額を隠すことでいつもの竜泉に戻ったようだった。
「これ以上お前と話しても何も得られそうにない。巻物で眠ってろ」
「そんなー!わー!」
字五郎が巻物に吸い込まれたあと、ちょうど昼食を知らせに女性従業員がやってきた。
白虎は食事のほとんどを食らいつくし、腹を満たしたあと、「夕方になったら戻る」と言って、近所のノラ猫と一緒に外に遊びに行ってしまった。
白虎がいなくなると、突然部屋がシン…と静まり返った気がする。竹でできた鹿威し(ししおどし)から流れる水音が部屋を包んでいた。
「……」
「……」
この沈黙を先に破ったのは紫穏]だった。
「竜泉君、もしかしたらなんだけど、同じことを考えてるんじゃないかな」
「さあ、どうでしょうね。道徳に反することは考えていましたが」
「どんなことだい…?」
正座させていた足をすり合わせ、紫穏]はもじもじと背を丸めた。
「しるしをつけたあの少年、殺そうかと」
紫穏]とはまったく別の考えだった。
「それはダメ!」
「…冗談です」
「子どものイタズラなんだ。私たちが…その…ど、童貞…か、処女を捨てればいい話なんだから…」
「簡単に言いますね」
童貞を捨てる―――。それが簡単なことならこんなにも悩んでいない。
「竜泉君、君さえよければ…その、」
(うう…言えない)
肝心な部分になると上下の唇が石のように固まってしまうのだ。くるくると両手の親指を回して下を向くことしかできなくなってしまった
紫穏]は元仙人で、竜泉は現役の仙人。
ということは、お互いに似た貞操観念を有しているというのはなんとなく言葉にしなくても理解しあえる。適当な女性を見つけ出し、相手をさせるような行為を強いることなど、この二人にはぜったいに出来ない。
フ――…と長い息を吐くのが聞こえて、ビクリと紫穏]の背は跳ねる。
「たぶん、俺も同じこと考えてますよ。どっちが下で、どっちが上がいいか…とか」
「わ、わわ…私は下でいい…どう、だろうか」
明確に意思表示ができた。よくやった!私!と紫穏]は自分を褒める。
竜泉が立ち上がり、部屋の入口や窓を閉め、鍵を閉める。術までかけている。
「なぜ防音の術まで…?」
パチ、と竜泉が電気を消し、術で淡い光を出して部屋の中央に置く。
「白虎が早く帰ってくる可能性もあるので。声が漏れないように」
紫穏]はいっきに全身が熱くなるのを感じた。
[newpage]
………
初めてのキス③
………
紫穏]が正座の上に置いた両手の拳をぎゅっと握りしめ、何か言おうと口を開けたり閉めたりしたあと、「わ、わわ…私は下でいい…どう、だろうか」。と言った。顔を真っ赤にして。かなりの勇気をふりしぼって提案しているのがわかる。
誰も入ってこられないよう鍵をかけ、防音の術までかけた。あとはお互いの心持ちだけで始められる。
竜泉はあぐらをかき、両腕を組んで紫穏]を観察する。こちらの様子をうかがってはすぐに下を向き、もじもじとしている。
紫穏]を見ていると、これまでに感じたことのない、”いけない気持ち”がわいてくるのを感じた。
(いや、これはいわば治療だ。何もしなければこの童貞のしるしはいつまでたっても消えないから、やるだけであって、特に好きだとか、そういった気持ちからではないんだ。勘違いをするな、俺)
「紫穏]さん、キス、しませんか」
はじかれたように紫穏]は顔をあげ、しばらく竜泉を見つめる。
「う…うん…っ」
竜泉にも師がいた。一時期修行に身が入らない時期があり、以前から興味があった師の故郷、東和国の大学に入ってみた時期がある。その期間である程度は人間の営みというものを知り得た。友人が出来、自然と男同士でどの子が可愛い、どの子と付き合いたい、といった話に盛り上がる。その流れで、男性が女性を組み敷く動画を見せられたこともあった。
竜泉の”そういった類”の知識はその程度だが、紫穏]だって無知ではないはずだ。始めれば、なんとかなるだろうと腰を上げ、紫穏]に近づく。
そっと左ほほに手を添えると、ビクゥ!と大きく体をゆらす。竜泉は困ったように笑う。