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小さな命と、ふたりの時間

夕柊ゆうひ!今日はパパと一緒に寝るか?」

「ねゆー!」
 嬉しそうに父――柊吾しゅうごの胸に元気よく幼児が飛び込んだ。そんな二人の様子に驚いて、紅葉はびっくりして固まってしまった。

「ぱ、ぱぱ……!?」
「俺の子なんだ。当たり前だろう?」
「え、えっと……そ、その子には……パパはいないって教えていて……そ、それに、まだ再婚とかしてないですし……」
「再婚してないからってなんだ。俺の血が流れてるんだから、今からパパと呼ばせても問題は無いはずだろ」
「それは……そうですけど」

(それでいいのかな……?)

あまりに唐突な展開で、正直理解が追い付いていない。
つい先ほどプロポーズを受けて、柊吾の家にやってきたところなのだ。

少し、頭の中を整理する時間がほしかった。

「夕柊、今日は疲れたよな?いつもよりちょっとだけ早く寝たいんだ。一緒に寝てくれるよな?」
「うん!」

両手をばんざいとして、OKの意を体全体を使って2歳児は主張した。

「良い子だ!」

その時、機械音の「お風呂が沸きました」というのが聞こえて、二人は風呂場へと向かった。

「紅葉!なにしてるんだ?」
「え?」
「子どもを風呂に入れるのは初めてなんだ。一緒に入って教えてくれ」
「……!!」

「何を恥ずかしそうに。今さらだろ?」
「まま、はずかちー?」
「恥ずかしいみたいだ。夕柊、ままを引っ張ってきてくれ」
「あい!」

しっかり理解できているようだ。頼まれた夕柊は紅葉のズボンをしっかり持ち、「ふお!」と行った。風呂のことを言いたいのだろう。今まで「ふお!」なんていう単語、使ったことが無かったのに。感動する間もなく、柊吾に腰に手を回され、風呂に連行されることになってしまった。

「紅葉、そんなに恥ずかしがってどうする?そんな調子じゃ、夕柊が人前で服を脱ぐことは恥ずかしいことだって勘違いしてしまうぞ。銭湯で服が抜げない男になってもいいのか?」
「それは、だめです……」

すでに柊吾も夕柊も裸だ。

「えくちゅっ」
「あっ……」

夕柊がくしゃみをした。紅葉は急いで服を脱ぎ、浴室へと入った。
シャワーを丁度良い温度にした状態で、手足からゆっくりとかけていく。

「夕柊、あったかい?」
「あっちゃあいねー」

丁度いい温度のようだ。安心した紅葉は慣れた様子で手早く息子を洗う。風呂場は広く、その横で、柊吾も頭や体を洗って待っていた。

「よし、じゃあお風呂入ろっか……うん、お風呂の温度もちょうどいいね」
「かしてみろ、俺がいれてやる。その間、紅葉は体を洗えばいい」
「はい、お願いしま……す」

夕柊を洗うのに夢中になっていたが、そういえば、柊吾も裸だったのだということを思い出してしまった。久しぶりに見た柊吾の腹筋は、数年前よりも鍛え抜かれており、体も少し大きくなっていた。

「じゃ、じゃあ……頼みます。おなかまで浸かったら、夕柊は自分のペースで肩まで自分で浸かれるので、様子をみてあげてください」
「わかった」

ササッと自分も洗ってしまって、お風呂を出ようと決意した。
が、「どこに行くんだ?風呂に入れ」と呼び止められてしまった。

なるべく股間が見えないように隠しながら、ゆっくりと風呂に浸かる。

思いのほか心地よく、柊吾と裸で向き合っていることをしばし忘れ、ほっと一息つくことができた。

風呂に入っている時、誰かに子どもを見てもらう事などできなかった。風呂場は下手をすると夕柊を溺れさせてしまう危険があるので、いつも気を張っていたのだ。このようにゆっくり湯舟で落ち着くのは、二年ぶりになる。

5分くらいすると、夕柊が「あちゅい」と言い出したので、3人で風呂から出ることになった。

「紅葉はゆっくり浸かっていろ。久しぶりだろう?ゆっくり風呂に入るのは」

見透かされていたようだ。だが、そこまで甘えるわけにもいかない。
「いえ、僕はもう充分なので。一緒に出ます」

今日はよく遊び、よく食べ、よく笑ったこともあり、ドライヤーで頭を乾かすころにはすでに半分夕柊は夢の中にいた。

「夕柊、がんばれー」と応援しつつ、歯磨きまで終わらせた頃にはもうぐったりと眠ってしまっていた。

ここは柊吾の家だ。もちろんベビーベッドなんて無いため、毛布を何枚か重ね、簡易的に夕柊専用のベッドをつくる。

ぽんぽんと優しく息子のお腹をたたいたあと、時間を見る。
まだ、19時だった。いつもより1時間早く寝かせたことになる。

チラリと柊吾を見ると、彼も紅葉を見ていた。
夜はまだ、長い。

チクタクと時計の針だけが聞こえる。

「紅葉、おいで」
「……っ」

行かないのも変だと思い、紅葉は人一人分のスペースをあけて、隣に座った。

「遠い」
「あ……っ」

隙間なく、ほぼ体がぴったりと柊吾と合わさるくらいになった。

「俺の隣は嫌なのか?」
「ち、ちが……今はまだ、心の準備が……」

うつむいて返事をしたら、彼からフッと息を吐くような気配があった。
すると、こぶし一個分だけのスペースを置いて、彼が離れて座った。

「これならどうだ」
「だ、大丈夫です……」
「ん」
「!?」

ちゅ、と耳元に近い頬にキスをされた。カチコチンといっきに紅葉の体が固まる。嬉しいやら恥ずかしいやら。せっかく風呂に入ったというのに、紅葉の首元からはすでに滝のように汗がふきだしていた。

「リラックスできそうにないか?」
「善処します……」

彼がもう少し離れ、リモコンを持ってピッとテレビをつけた。

慣れ親しんだ声が聞こえてくる。

「この笑ってはいけないシリーズ、好きだろ」
「あ……!」

家にはテレビが無いため、この番組を見るのは久しぶりだった。

「好きです。ありがとうございます」

なぜか彼はウンともスンとも言わず、ジッと見つめてくる。そしてハァァァと大きなため息をしてから、紅葉の頭をグリグリと撫でまわした。

「22時に寝よう。それまで、一緒にテレビでも見てダラダラするか」
「はい」

22時までたくさん笑ったあと、柊吾はキングサイズのベッドに夕柊を移動させた。

「3人で寝よう」

紅葉に手を出すことはなく、ただただ、頬に一つだけ優しいキスだけをして、横になる。

「おやすみ、紅葉」
「はい。おやすみなさい、柊吾さん」

頬が、熱い。キスをしてもらった箇所にソッと手を当てる。きゅっと唇を引き締めた。

(これくらいで、ふわふわしちゃだめだ。今後、嫌われないように、気をつけなくちゃ)

紅葉は幸せをかみしめた。



◇◇◇



あれから毎週金曜日と土曜日だけは柊吾の家で外泊するようになった。

「引っ越しはいつするんだ?」
「えっ 引っ越し?」

夕柊を寝かせて、二人でテレビを見ていた時だった。

「まさか、別居婚を考えてるわけじゃないよな」

じとりと見られ、紅葉は背筋が伸びた。

「……!」

なんとなく今の状況がこれからもずっと続くものだと思っていた。十分、今が幸せだったからだ。これ以上のものは何ももとめていなかった。

同居、という選択について考えたことも無かったため、まさに今、金づちで頭を打たれたかのような衝撃を受けていたのだ。

(柊吾さんと、一緒に住む?)

以前結婚していた時も別居だったので、今後もそういう過ごし方になるものだと当然のように思っていた。

返答にためらっていると、柊吾が何かを察したようで「すぐに返事をしなくてもいい。これからは、お前のペースに合わせるって決めたから」と言ってくれた。

「すみません……」
「謝らなくていい」

そっと腰を抱き寄せられた。今ではもう慣れてきたので、以前のように体が固まることはない。嬉しさで心が満たされる。

頭に唇を落としてから、柊吾は紅葉に聞く。

「今夜、いいか?」
「えっ」

◇◇◇
準備中…。
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