目が痛くなるほど真っ青に染まる空。

随時攻撃を仕掛けてくる仕事熱心な太陽。

引いたそばから何かが足元に這うような感覚をお見舞いする波。

裸足で歩くと足の裏がいい感じに焼け上がりそうなほど熱された砂浜。

少し過ごしただけでも髪をバリッバリに痛めつけるほどの威力を持つ潮風。



……マイナスな言い方はしてるが、決して嫌いなわけじゃねえ。

ただ、少しばかり楽しみにしちまってる調子のいい自分を平常心に戻そうとしてるだけだ。



それら全てを堪能できる夏の風物詩と言えば――

そう、海だ。




「わあ！　僕、今年初めての海だ～！」

「海開きしたばっかりなんだから大体はそうだろ」

「空も快晴だし、いい海日和ね」

「早速泳ぐぞセナ！　全力MA～X！」

「脱ぐの早っ！　待ってよモン太～」



夏も本番に入ってきた頃、俺らアメフト部は海に繰り出すことにした。

もちろん遊びに来たわけじゃねえ。練習目的だ。

だが一刻も早く海に飛び込みたいのか、糞チビ共はそわそわを通り越して痙攣し始め、ひとまず遊んでもいいという通告を出さざるを得なかった。

練習すんのに集中出来てなけりゃ意味ねえからな。

ガキみてえに次々と海に飛び込む姿を、俺は呆れ気味に眺める。


ん？　沙樹がいねえ。


何気なく辺りを見回すと、海の家が作り出した日陰の下で仲良さそうにしている女二人が目に入る。


アイツらは海入らねえのか？

沙樹に至っては水着姿ですらねえ。



「沙樹ちゃん、パーカーは脱がないの？」

「は、はい！　日焼けすると後から肌荒れちゃうので、予防のために着ておこうかな～って」

「そう、じゃあ肌出てるところはこまめに日焼け止め塗り直さないとね。無理しないですぐに日陰行くのよ？」

「はは……ありがとうございます。まもり先輩」



『日焼けをすると肌が荒れるから脱がない』、俺の地獄耳にははっきりとそう聞こえた。


なるほど、沙樹の肌が白すぎるほど白い理由はそこにあったのか。

……俺の憶測だが、理由はそれだけじゃねえ気がする。

極度の照れ屋である沙樹が、海に来たからっつってそこらの女共みてえに急に開放的になるわけがねえ。

大方露出すんのが恥ずかしい、ってとこだろうな。

ま、俺としちゃその方がありがてえが。

沙樹の水着姿なんてあってもらっちゃ集中できねえ……って、まるで本当は興味あるみてえじゃねえか！


妙に意識しちまってる俺のポンコツ脳の気を逸らすため、今日の目的を幾度となく口に出さずに唱えた。




ついには般若心経まで唱え始めちまった俺の思考は、満足気な糞チビ共の回帰によって止められた。


時間は思いの外、経っているようで経っていなかった。

もう帰り際かと思うほどに疲労困ぱいのガキ共が時間の経過を錯覚させたようだ。

だがここで休ませてやるという選択肢を用意するほど、俺はお優しくはねえ。

ぐったりした面々など歯牙にもかけず、全員を自分の元に呼びつけた。



まずは鬼ごっこだ。

……遊んでるわけじゃねえ。練習だ、一応。

砂浜は足が取られやすいため、その分踏ん張る力がかかり筋力がつきやすい。

海に来たらこれ、っつうほど定番の練習法だ。

ヒマそうなマネ共も巻き込むため、あえて緩さを醸し出して誘うことにした。

沙樹と遊びたかったからだとか、断じてそんな腑抜けた理由なんかじゃねえ。



「筋トレの一環だが半分遊びみてえなもんだ。っつうわけでテメーらマネコンビも強制参加な」

「鬼ごっこなら楽しそうね。沙樹ちゃん、頑張りましょう！」

「は、はあ……」




――鬼ごっこと称した練習は、やや失敗気味だったらしい。

沙樹が鬼になってから一向に交代しねえ。

アイツの足の遅さは完全に盲点だった。



「って、さっきから私ずっと鬼やってるー！」

「甘川って意外に足遅かったんだな……」

「半分遊びって言ってたのに！　誰も捕まってくれない！」

「大丈夫だよ、全力でやればきっとすぐ捕まるよ」

「じゃあセナくん捕まってくれる？」

「それはちょっと……」



糞チビ、その発言は酷ってもんだ。

部内一速いテメーが言っても何の説得力もねえ。

それに、おそらく沙樹はもう全力を出してる。

切なくなるほど遅いがな……。


やめてやりゃあよかったかと多少なりとも後悔している俺に、沙樹は恨みがましい視線をぶつけてきた。


そんなに睨むなよ。

俺だって、お前がそんなに遅いって知ってたら誘わなかったぞ。多分。


沙樹の言わんとしていることをひしひしと感じ、俺にしか叶えてやれないであろうその悲願を想って、頭を掻きながら口を開いた。



「このまま続けても多分鬼は変わんねえな。ならそろそろやめ――」

「す、隙ありーっ！」



激しく砂を蹴りつける音が聞こえてぱっと顔を向けると、沙樹がイノシシみてえな勢いですぐ目の前に迫っていた。


そういうことか。

アイツ的には、油断した一瞬を狙ったってこったな。

……ここはひとつ、避けとくか。


俺はすっと身を翻して突進を交わす。

それで捕まえられると思ってんなら、俺もなめられたもんだ。

俺の中で、鬼になりっぱなしな沙樹への不憫さよりも、俺を甘く見たことに対する戒めの方が勝った。



避けられた沙樹はというと、空中をトビウオのように滑り抜けながら、その勢いを殺すことのないままいい角度で海に入射した。

激しい水しぶきが上がり、俺は思わず目を細める。

避けた自分のせいだとは言え、これほど芸術的に飛び込まれたんじゃ笑うほかねえ。

トビウオ選手権だとかがあれば、きっとコイツが大差をつけて一位の座に着くだろう。



「――っぷは！　げほっ、げほ……しょっぱ！」

「ケケケケケ！　見事なダイビングじゃねえか沙樹！　テメーらもコイツ見習え！」

「「「いや笑ってないで立たせてあげて……」」」



一見心配するようだが実は笑いを隠し切れていない外野に内心ツッコミを入れつつ、俺は濡れそぼった沙樹の腕を掴んだ。

またもやいじましい視線が俺に向けられる。



「もう、先輩笑いすぎですよ……」

「まさかお前があんなに綺麗に飛び込むなんざ思っても見なかったからな。海に帰るくらいの勢いだったぞ」

「お願いですから忘れてください」

「そりゃ無理なお願いだ。俺の頭にはしっかりインプットされちまったからな、もう手遅れ――」



引き上げた沙樹を前にして、俺は不覚にも固まっちまった。



……おい。

お前、下に水着着てたのか。

いやそりゃ当然かもしれねえが。

つうか腰細えな。

だからってまさか、お前がそんなタイプの水着着てると思わねえだろ。

精々ワンピースとかそういう……。

つうか胸が意外と。

いやそれよりお前、そのパーカーそんなに薄かったのか。

なんつうかもうそれ無意味っつうか、むしろ……。

ん？　水着って何だ？



ひと笑い後の油断に予想外の光景が刺さり、俺の思考回路を否応なしに混乱状態にさせた。

今の脳内は改装前の部室並みにあれやこれやと散らかっている。

文脈すらもままならねえ。

とにかく、今の状況を簡単に説明すると。



『水で濡れたパーカーが沙樹の身体にぴったりと張り付き、下に着ていた水着(それもビキニ)の線と身体のラインが浮き彫りになっている』



何が言いたいかっつうと。



『水着姿よりも逆にエロい』



俺は沙樹のその姿に、

欲望のままに鼻の下を伸ばすでもなく、

硬派ぶって目を逸らすでもなく、

水着着てたのかと淡々と声を掛けるでもなく、


まず頭をよぎったのは『他のヤツらに見せるわけにいかねえ』だった。



「……テメーら全員海に入れ！　糞チビ、あっちに置いてある浮き輪全部持って来い！　三秒以内だ、とっとと行け！」

「三秒なんて無……はいいいいぃぃっ！」



前言撤回だ。

脱がなきゃありがてえってのは間違いだった。

むしろ着たままの方が破壊力がありやがる。

……とりあえず、もっかい水中に戻そう。



やっと脳内の復旧作業が波に乗ってきたみてえだ。

冷静に判断出来るようになったことにわずかな安堵を覚え、何かしら問おうとするような沙樹の視線をかいくぐって乱暴に手を引く。

目を合わせちまったらボロが出るかもしれねえ、そんないつもの自分じゃ考えられねえ可能性に危惧しながら。



彼氏でもねえのに彼氏面して、周りに「じろじろ見んな」なんて言えねえだろ。

だったらお前を隠すだけだ。

それが許されるくらいには、俺らはそう遠くねえとこにいる。

……そう思ってんのは俺だけかもしれねえがな。




誰が聞いているわけでもねえのに、なんとか理屈に沿うように自分の中で正当性を説きながら、俺は沙樹共々水中に沈んだ。