魔法のランプ
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サキが現れてから早くも三ヶ月が経った。
すっかり学校を気に入ったらしく、恰好がいつの間にか泥門高校の制服に変化している。
本音をいえば以前のヘソ出しアラビアン風の方が良か……いや、みなまで言うまい。
ヒル魔はヒル魔で監視付き生活にも慣れ、望まずともサキの扱いが上達した。
もはや隣にサキがいることが当たり前のようにも思えてきたある日──確かな違和感を覚えた。
「……おいサキ、お前小さくなってやがんじゃねえか?」
「え、ほんと?」
自身の身体をきょろきょろと見回し、「そうかも」とサキが肯定した。
これまではヒル魔と同じだったのに、今ではその七割ほどの体積になっている。
サキが意識してその大きさにしたのではないとすれば、他に何か理由があるはずだ。
「こんなに長く人間界に留まったの初めてだもんなあ……ほら、願いって大抵すぐ終わるから」
あ、妖一が悪いって言ってるわけじゃないよ、とサキが焦った様子ですぐさま付け足す。
ここでの生活が楽しくて使命を後回しにしてたのは自分だから、とも。
わざわざそんなことを言わずとも、サキが嫌味をぶつけるような性格ではないことはこの数ヶ月で十分に分かっている。
分かっているが……それでも、自分のせいだと罪悪感が込み上げる。
「もしかしたら願いを叶えられないことで、精神体が弱くなってるのかも」
「弱くなってったらどうなんだ」
「多分…………消滅」
消滅。
──突然の不穏なワードに眉がぴくりと反応した。
このまま願いを叶えられずにいると、サキが消滅してしまう。
さすがにそんなことにはさせられない。……想像もしたくない。
しばし一考したヒル魔は顔を上げて尋ねた。
「初めに『役目を終えたらすぐ消える』っつってたが、そりゃどういうこった?」
「私たちは叶え終わったら精の王のところに戻って、力が溜まるまでまた長い眠りにつくんだよ」
「消滅よかマシってことか」
「うん、でも……妖一とは、二度と会えなくなっちゃうね」
うつむいたサキは、「せっかく仲良くなれたのに」とわずかに震える声でこぼした。
泣いていないのに泣いているように見える切なげなその姿。
学校も自然も、話し相手も──何もかもない世界に戻らなくてはならないなんて酷だ。
だが、叶えても叶えなくてもサキはいなくなる。どうしたらいい……。
そのとき、ある案が頭に浮かんだ。
「どんな願いでも構わねえのか」
「え? ……うん、地球滅亡とか宇宙爆発とかそんなのじゃない限り」
「なら、──お前を人間にしてえ」
え、と小さく感嘆詞をもらしたサキが目を丸くさせたが、それに構わず続ける。
「できんのか?」
「できる……かどうかは聞いてみるけど、でも、なんで自分のために使わないの?」
「最初に言っただろうが、自分の願いは自分で叶えるってな。けど、お前の願いは誰も叶えちゃくれねえだろ。だから俺が叶えてやる」
「……私の、願い……」
人の願いを叶えるばかりで自分の願いは叶わない。
『うらやましい』、『私も毎日こういう風に過ごしたい』、──これほど強い想いがあるのに。
自分の努力だけではどうにもならないこともあるという事実を、ヒル魔は痛いほど知っている。
サキはしばらく呆けた後、突然我に返ったように取り乱し、──そして少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「……自分じゃない誰かのために願うなんて、そんなご主人様初めてだよ。そんなの考えたこともなかった」
「……俺もだ」
「え、今なんて?」
「何でもねえよ。それよか、お前が人間になるこたあ精の王とやらは許してくれんのか?」
「──ちょっと聞いてみる」
そう言い残してサキはするりとランプの中に入っていった。
どのようにして精の王と話すのかは知らないが、ランプの中でならばできるということだろう。
変に落ち着かない気持ちでヒル魔は待つことにした。
ランプの中、サキは思念で交信を試みる。
「王よ、王よ、返答願います……」
「──久方ぶりじゃな、サキ」
繋がった。
わずかに安心したのち、サキは決死の覚悟で切り出した。
「今回の主人の願いなのですが、ただひとつ──この私を人間にすること、のようです」
「……それはお前自身も望むことなのか?」
核心めいた問いに一瞬答えを迷う。
人間になりたい。人間になって妖一と同じように日々過ごしたい。この気持ちは変わらない。
ただそれは同時に──ランプの精としての生き方を終えることにもなる。
人々に夢や希望を与える尊い天命よりも、自分の浅ましい願望を優先するなど。そんなことが許されるのだろうか。
……でも。
サキはゆっくりと、力強く頷いた。
「──ようやくお前の未来が見付かったのじゃな」
「え……?」
儂は常々考えていた。
いつまでも古いしきたりに囚われず、お前たちには自由に未来を選んで欲しいと。
実は他にも、自然と同化したものや動植物になったもの、お前のように人間になったものもいる。
それは人のために願うことができる、心優しき人間に出会えたからこそだ。
そんな慈しむべき存在を大切に、共に生きて欲しい。
──それが儂の、唯一の『願い』じゃ。
静かに紡がれたその言葉たちが、サキの張っていた肩肘を解いた。
王は見守ってくれていた。
自分たちの幸せを、誰よりも願ってくれていた。
ならばその『願い』を全うすることが──自分にできる一番の恩返しだ。
「ありがとう……ございます……」
思念が消えゆく中、そっと背中を押された気がした。
いつサキが戻ってくるかと落ち着かない様子でヒル魔は待っていた。
時計とランプを交互に見やっていたそのとき、ランプが突如まばゆく発光し──光の塊が人型になった。
それは紛れもない、サキの姿。
「……私……」
「──王サマにゃ聞き届けてもらえたみてえだな」
制服をまとった透き通らない身体を確認した後、サキははらはらと泣き出した。
「な、おい!? なんで泣いてやがんだよ!」
「……王が、見守って……私の幸せ、願っ、てくれ……」
「何だって?」
「ふぇ……ふええええん!」
「ちょ、おいサキ!」
サキが真っ直ぐにヒル魔の胸に飛び込む。
「ありがとう……妖一、ありがとお!」
泣きじゃくりながら何度も繰り返される感謝の言葉。
こんな風に言われることなど日頃ありはしないため、適切な返答と対応が分からない。
加えてどうにも拭えない面映ゆさもあったが……この際いいかと流れに任せて優しく包み込んだ。
ゆらゆらと漂う実体のない彼女ではなく、形も色も香りもまとった人間のサキが今、腕の中にいる。
『情が移った』──そんなありきたりな言葉で片付けるには、色彩鮮やかなこの感情の存在は確か過ぎた。