魔法のランプ
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小鳥の心地良い歌声で目を覚ます。
自然と夢の世界から戻ったその時刻は、まだアラームすら鳴っていない。
何も変わらない、いつもの朝──
「おっはよ、ご主人様!」
「なっ……!!」
突如視界を占めたのは薄らぼんやり浮かんでいるサキの顔面。
あまりの心臓の悪さにベッドから転げ落ちそうになったところをなんとか耐える。
前言撤回。
昨日から一変した──最悪の朝だ。
「朝っぱらから急に目の前に出てくんじゃねえ!」
「急じゃないよ、起きる前からずっといたよ!」
「それはそれでやめやがれ気持ち悪い!」
「酷いっ!」
朝から妙にテンションが高いサキにつられる形でつい大声になる。
サキがいるということは、昨日の非現実的な出来事は夢でもなんでもない。現実だ。
柄じゃないが、夢であって欲しかった。
とりあえず無視して出掛ける準備を進めると、サキはきょとんとした顔でこちらを見つめた。
「どこか行くの?」
「学校」
「がっこう……」
あ、やべえ、と言ってしまった後に思う。
もしかしたら付いてくるんじゃないか。四六時中という宣言通り。
コーヒーを淹れながら横目でちらりとサキの胴体の根本を確かめる。
サキの出どころがランプの注ぎ口であることは、出現してから全く変わりないようだ。
おそらく本体はランプだろう。ならランプを移動させない限りサキは移動することができない。
つまり、外出している間は付きまとわれることもない。
絶望の中に小さな救いを見付けてほっとしたのも束の間、サキが興味津々に話し掛けてきた。
「その、がっこうって、どんなとこ!?」
「ンな面白えとこ他にあんのかねっつうくらい面白えとこだ」
「そ、そんなに!?」
「好きなこと自由にできんだろ、面白えヤツらもいんだろ。何よりアメフトができっからなァ~」
「へええ……!」
サキが行けないのをいいことに、学校の魅力(あくまでヒル魔基準だが)をつらつらと並べる。
迷惑をかけられている仕返しだ。どうせサキは行けないのだから。
すると案の定、サキは身を乗り出してきた。
「私も行く! がっこう!」
「テメーは本体であるランプから離れらんねえんだろ」
「そこはご主人様に……」
「おっと、俺に持ってってもらおうなんて虫のいいこと考えんじゃねえぞ。誰が自らストーカー被害に遭うかってんだ」
「むうう…………」
「ケケケ、残念だったなァ~あんな面白えとこに行けねえなんてなァ~!」
寝起きのときとは打って変わって最高の気分だ。
悔しそうに顔を歪めるサキに、「とっとと帰った方が身のためだぞ」と言わんばかりの視線を投げる。
そうだ、ランプから移動できないのであれば。
自分はこの場所でなくても生活なんてしていけるのだから、ランプを置き去りにして別の場所にこっそり引っ越してしまえば……
「ふんっっっっ!!」
「あ?」
何やら力むような声と共に、しゅぽん、という開栓したワインばりの小気味良い音が鳴った。
見ればなんと──サキの身体がランプから完全に抜け出ている。
まさかの……分離。
「……おい、テメーそれ……」
「わああできたっ! やればできるんだ私! これでがっこう行ける、やったー!」
「………………」
「てことで宣言通り付いてくからね、ご主人様!」
完全に墓穴を掘ってしまった。
出られるなんて知っていたら、『学校ほど面白いところなんてない説』など口にしなかったのに。
優越感が気持ち良過ぎてついやってしまった。
言うべきは『学校ほど面白くないところなんてない説』だった。
サキの存在自体がすでに非科学的なのだ、ランプから独立できる可能性があったって十分おかしくはない。
本人も出られたことが予想外だったみたいだが──これはヒル魔の作戦負けだ。
回避する手立てはなく、できることは観念することのみ。
あっという間にどん底に叩き落され気落ちするが、せめてこれだけはと提案する。
「……そのご主人様ってのやめろ」
「いいけど、じゃあ名前教えて?」
「ヒル魔妖一だ」
「ヒル魔様? 妖一様?」
「様を付けんな気持ち悪い!」
「そんなに!?」
ランプの魔神の癖なのか、どうしても敬称を付けたがるらしい。
だが四六時中そんな呼び方をされるのはごめんだ。鳥肌が立ってしまう。
そんな場面を想像するだけで無意識にうなだれ溜め息すら出る。
「……妖一でいい。いいっつうか、そう呼べ」
「うーん、ほんとはあんまり良くないんだけど……分かった、じゃあ妖一ね! 私のことはサキって呼んでね!」
「気持ち悪い」
「それ今日三回目! 言うほど気持ち悪くないよ私!?」
「テメーの身体がだ」
サキは思い出したように自身の身体に視線を落とした。
ランプから出たはいいが、半分から下が尻すぼみになっているその姿は魔神というより幽霊のようだ。
「それどうにかなんねえのか」
「ちょっとやってみる!」
サキがまたもや力んだかと思えば、すぐさましゅるっと長い脚が生えた。
生えたという表現が正しいのかは分からないが。
なんか意外と自由にできそう、と上機嫌で口にしたサキは、味を占めたのかまた力みだした。
するとそれまでおぼろげだった姿が鮮明な輪郭になり、更には……
「見れこれ! 可愛いでしょ~!」
サキがこれ見よがしに見せ付けてきたのは服装だ。
とはいえ全てが気体であるために色合いは同じなのだが、デザインははっきりと浮かび上がっている。
それは映画にでも出てきそうな魅惑的なアラビアンナイトの格好。……しかもヘソ出し。
見慣れないその格好に不覚にも──不覚にも、いっとき胸が跳ねる。
思わず目を逸らして話題を変えた。
「テメーは一体何でできてやがんだよ」
「何だろねー、精神体っていうのが一番近いなのかなあ。よく分かんないけど」
「自分の身体のことくらい勉強しろ」
「おっしゃる通りです」
サキがしょぼくれたのも意に介さずふと時計を見ると、もうそろそろいい時間だった。
今日も今日とてアメフトの朝練がある。
適当に準備を済ませて玄関に向かうと、サキが後ろからふわふわと付いてきた。当然といえば当然だが。
──いや、だがよく考えるとサキを他の人間に見られてはまずい。まずいというより面倒なことになりそうだ。
靴を履きながら視線だけを寄越して問い掛ける。
「おい、テメーの姿は他のヤツらにも見えんのか?」
「ううん、妖一だけだよ」
「……ならまあ問題ねえか」
とりあえずの混乱は防げる。あとは人のいるところでサキと話さなければいいだけだ。
必要なときはスマホの文面で伝えれば問題ない。
学校でいかに安全に過ごすか考えていたとき、サキが隣でいじけたように呟いた。
「他の人にもこの可愛い恰好見せたかったけどな~」
「調子に乗んな糞魔神が気持ち悪い」
「地味に傷付くよそれ!? あと名前で呼んでってば!」
「気持ち悪い」
「相づちみたいに使わないでよお願いだからあ!」
なんだかんだで、サキを従えて学校に行く羽目になってしまった不運なヒル魔だった。