魔法のランプ
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「……見りゃあ見るほど、きったねえランプだな」
苦い顔でそれに対する印象を呟いたヒル魔は、さびてすっかり変色してしまっているランプの取っ手をつまみ上げた。
さびているのは取っ手だけではない。
本来見えるはずの輝く地肌を探す方が困難なほどの見た目だ。
ここまで年季の入った代物がなぜ手元にあるのか──事の発端は、ヒル魔特有のあの場所。
泥門高校の地下には愛用の武器倉庫がひっそりと存在する。
銃にランチャー、ナパーム弾など、この世のありとあらゆる兵器が取り揃えられたその場所に、いつしか見慣れないものが混ざっていた。
自分以外に倉庫を出入りする人間などいないはず。ならばどうして。
不審に思ったがそのまま置いておくわけにもいかず、結局自宅に持ち帰るほかなかったのだ。
ざらついた取っ手をつまんだまま軽く揺らすと、中から少量の砂らしきものがこぼれた。
「それにしちゃ、一体どっから紛れ込みやがったんだ?」
改めて両手に持ち直し、光も反射しない鈍色の表面を親指で何気なくなぞった瞬間──わずかに、ランプが震えた。
振動は徐々に大きくなり、ついに手のひらから転がり落ちそうなくらいに激しくなったそのとき……
「っ、……ぷは──────っ!!」
ボワンと音を立てて煙が──いや、煙ではない何かが勢い良く飛び出てきた。
とはいえどもそれの向こう側は透けて見える上に、ランプの口から繋がってふわふわ浮いている状態なため、煙っぽさはあるのだが。
だが決定的に煙ではないといえるのは……それが人をかたどっており、更にはぷはーという仕事終わりのご褒美ビールを一気飲みしたサラリーマンよろしく盛大な擬音語を発したからだ。
今までに出くわしたことのない非現実的な目の前の事態に、あっけにとられた。
「……ンだこりゃ……」
「やあっと狭い中から解放されたー! 久しぶりの人間界、懐かしい~! 今回はどんなとこなのかな~?」
ぽかんと見上げるヒル魔に気付いていないのか、その煙もどきのひとり言は止まらない。
興味深そうにきょろきょろと室内を見渡していたかと思えば、ふと目が合った。
半透過するそれはゆっくりと目と鼻の先まで迫り、そして──にかっと屈託のない笑みをこぼした。
「あなたが今回のご主人様だねっ、よろしく!」
「ご主人様ァ?」
「そう、ご主人様! ……あれ、分かんない感じ?」
分かるはずもない。
見知らぬランプが武器庫に置いてあっただけでも謎だというのに、その上人型のしゃべる煙が出現、更には自分をご主人様と呼んでくる事態など。
何かのドッキリにしては手が込んでいる。現実離れしすぎている。
返事をせずに疑いの眼差しを向けたことを肯定だと取ったのか、それはやけにご機嫌な調子で説明を始めた。
「まずは初めまして、私はランプの魔神のサキ! これは魔法のランプでね、私を呼び出したご主人様の願いを三つ叶えられるんだよ! すごいでしょ!」
「……俺は呼び出したつもりはねえんだが」
「ランプの表面こすったでしょ? あれが合図なんだよね~」
言われてみればこすった……というよりもなぞった。
汚ねえなあと思いながら何となくした仕草だったが、まさかそれが呼び出す合図だったとは。
にしても、サキが口にした『魔神』という単語……そんなものが本当に存在するのか。
実際に眼前に存在してしまうのだから否定はできないが、かといってすんなり信じるわけもない。
なんだこの非科学的過ぎる夢物語は。
改めて小汚いランプをまじまじと眺めていると、サキは待ちきれないとばかりに身体を揺らした。
「ではご主人様、早速願いを叶えて差し上げましょう! はい一つ目は~!?」
「いらねえ」
「…………えっ」
サキにとって想定外の展開だったのか、若干のライムラグ発生後に反応が返ってきた。
「え、いらないって……え? あの、願いは……?」
「いらねえっつってんだ」
「なんで!? いらないなんてことないでしょ、きっと何かしらあるよ!」
「だからいらねえんだよ。そもそもテメーのこた信じてねえし、願いなんざ自分で叶えりゃいいだけだ」
「ええっ!? 信じてもくれないの!?」
身振り手振りを大袈裟にするサキは、今にもオーノーとでも言い出しそうなリアクションだ。
今の状況になればおそらくほとんどの人間が浮足立ち、頭をひねりにひねって泣く泣く三つに絞り込んでいざ、と叶えてもらうだろう。
だがヒル魔は違う。
何のペナルティもなくただ叶えてもらえるという旨すぎる話を信じるほど純粋な性格でもないし、そんなものに頼って叶えたところで一体何になるのか、とも思う。
自分の力で叶えるから達成感があるのだというのに。
「つうわけでテメーは用なしだ。とっとと別のヤツのとこにでも行きやがれ」
「それはできないの! 一度呼び出されたら、そのご主人様の願いを叶えるまでどこにも行けないから」
「ありがた迷惑なシステムだな」
「役目を終えたらすぐに消えるから! だから叶えさせて!」
「しつけえな、いらねえっつってんだろ!」
「そこをなんとかあ~~っ!!」
袖を掴んで泣き付く素振りをするものの、実体がないからか実際に掴まれている感覚はない。
見れば見るほど不可思議なその現象は、サイエンス方向に興味がある人間なら多分一発で虜になる──が、言わずもがなヒル魔は全く興味がない。
この面倒なやつをどうしようかと考えを巡らしていると、知らない間にサキが何かを決心した風な顔付きになっていた。
「だったら……四六時中付きまとっちゃうからね!」
「何だその呪い! ふざけんじゃねえ!」
「呼び出したのはご主人様なんだからちゃんと責任取ってもらいます! 願いを言ってくれるまで諦めないんだから!」
「──っ、こんの糞ストーカーが……!」
「すとーかーはよく分かんないけどそれで結構です~!」
一般的には、『好きな願いを何でも三つ叶えてくれる夢のような魔法のランプ』。
だがヒル魔にとっては、『不審な叶え押し売り業者に二十四時間付きまとわれる悪夢のような呪いのランプ』。
持ち主が違うとこうも違う展開になるものか。
とにもかくにも、ヒル魔の絶望生活が今まさに幕を開けた。