かぐや姫
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「――あ、忘れておった」
「何だ、沙樹?」
沙樹姫とヒル魔が婚姻関係を結んでから早一ヵ月。
相も変わらず屋敷改造や某格闘ゲームに明け暮れていたとある日、沙樹姫が何かに気付いた。
「そういえば帰って来いと言われておるのだった」
「帰ってって、誰に?」
「親に」
聞いたはいいものの予想外の返答に鈴音は固まった。
その隣で個包装のお菓子を一つ一つ開けて皿に盛っていたセナも例外ではない。
唯一何ともなさそうだったヒル魔が更に突っ込む。
「沙樹の親はどこにいんだ」
「月」
予想外の返答第二弾。
『月に沙樹姫の親がいる』というなんとも理解しがたい内容に、鈴音もセナも眉間に深いしわを寄せて考え込む。
だが沙樹姫のことだ。
誰もが疑うような分かりやすい嘘など吐くわけがない(逆にいえば沙樹姫が嘘を吐くときは事実か嘘か判断しづらいギリギリのラインを攻めてくる)。
ということはこの話は事実であって――沙樹姫に親がいたんだ、しかも月に、という二重の衝撃。
そして「まさか前●社長じゃないよね?」という自然な疑問が浮かび上がったが、いやいやさすがに若過ぎるか、と自ら払拭する。
「ならせっかくだ、二人で行くか」
「そうじゃな。向こうも待ちわびていることだろうし」
早速準備開始じゃ、と付け加えた沙樹姫は残り少ないラテを飲み干してすくっと立ち上がった。
突然の話にも関わらず随分と乗り気なその様子に、高齢者二人は戸惑った。
だが当事者二人の間で話はどんどん進んでいく。
「行く当てはあんのか?」
「十五夜の夜に月から迎えが来るはずじゃ」
「次の十五夜っていやあ――今日か」
え、と単純な感嘆詞が鈴音の口をついて出た。
「今日って……今日? 沙樹姫、今日いなくなっちゃうの?」
「そうじゃな」
あまりにもあっけらかんとした態度に、形のない不安が鈴音とセナを襲う。
今日、こんな急に、沙樹姫がいなくなるだなんて。
月に帰ってしまうなんて。
そうしたらこの先ずっと、きっと二度と会えない。
もしかしたら――ここでお別れになってしまうんじゃないか。
想像した未来に耐えきれなくなったセナは、とっさに沙樹姫の着物の裾にしがみ付いた。
「やだよ沙樹姫、行かないで! こんな急にお別れなんて……僕、嫌だからね! もっと僕にお世話させてよ!」
「そ、そうだよ! 私だって、私だって沙樹姫ともっと一緒に過ごしたいんだから……!」
抱き付き涙する鈴音、鼻水であふれ返るセナを交互に見やった沙樹姫は、今までにない柔らかな微笑みを浮かべた。
それはまさに、絶世の美女、傾国の美女と称されても差し支えないほどの美しさ。
そして、ふわりとした優しい声色で心からの言葉を掛ける。
「――何を言うておる。主らは死ぬまで妾たちの世話係であろうが」
……ん?
聞き間違いかな?
ほんの一瞬だけ、すがる二人の液体排出器官が働きを止める。
「とはいえ、そこまで妾に尽くしたいと思っているとは思わなんだ。主らは奴隷の鏡じゃ」
今奴隷って言った? 奴隷って言ったよね?
仮にも育ての親を奴隷呼ばわりしたよね?
液体排出器官は固唾を飲んで成り行きを見守っている。
「妾も安心して出発できるぞ。ほれ、これは置き土産じゃ」
そう言って沙樹姫が二人に手渡したのは――機械類のメンテナンスセット。
あれ、これってもしかして?
液体排出器官は完全に仕事を取り止めアフターファイブに入った。
「妾たちが月で過ごす三日間、我がからくり屋敷のメンテナンスを頼んだぞ」
「――え、三日間? 向こうに永住するんじゃないの?」
「ばかなことを申すな。妾たちの世話は一体誰がすると言うのじゃ」
「ケケケ、テメーらしかいねえだろうな」
さも当然のように言い渡す姫とその婿に、またもや後期高齢者二人は頭がついていかず固まった。
何何? 私たちの理解力が欠如してるの?
それとも沙樹姫とヒル魔の話が数歩先を行ってるの?
「月へ行っても両親がそれなりの世話をするじゃろうが、やはり長く一緒に過ごした者の方が勝手を分かっておるからな」
「違いねえ。そう考えりゃ三日間っつう期間は妥当だな」
「というわけじゃ。夕餉を食べたら行ってくる」
「…………あ、うん。行ってらっしゃい」
あっけにとられる爺婆をよそに、若者たちはもうすでにあれやこれやと観光計画を立てていた。
今生の別れどころか、むしろ短めともいえるたった三日間の旅行。
すがって涙した痛い勘違いはいいとして――。
見過ごせないのは、結果的に奴隷としての地位を揺るぎないものにしてしまったということ。
これでもう鈴音とセナは自他共に認める『沙樹姫とヒル魔のお世話係(未来永劫)』というわけだ。
自ら墓穴を掘りこれ以上ないほど後悔する鈴音を知ってか知らずか、沙樹姫とヒル魔は二人で盛り上がっている。
「引っ越しは億劫なくせに、旅行はそうじゃねえんだな」
「準備やら片付けやらは面倒ではあるが、ハネムーンの一種だと思えばまあ悪くはない」
行き先が月なだけにな、と沙樹姫がドヤ顔で渾身のギャグを放った。