かぐや姫
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沙樹姫の改造した我が家が巷で悪魔の要塞と称されるようになってからひと月が経った。
変わったのは変な機械音が絶えない家の中だけで、沙樹姫のわがまま怠惰っぷりやセナのパシリ奴隷っぷりは今でも通常運転だ。
――いや、変わったことがもうひとつあった。
あの一件以来、ヒル魔が毎日ここに出入りするようになったことだ。
沙樹姫は日夜からくり屋敷をグレードアップさせているらしく、ヒル魔はそれを更に毎回軽々と突破してやって来る。
まるで殺し屋とターゲットの間柄にも見えるが、なんだかんだお互い楽しそう(爽やかとは程遠い邪悪な感じで)なので、やはり悪友という呼び名がしっくりくる。
「――やはり最強はカ●ビィであろう。コピー能力が多彩で格闘術にも優れておる。万一の場合も飛べるから初心者でも安心じゃ」
「最強はどう考えてもファ●コンだろ。あの強烈なコンボは他に類を見ねえ。それにダッシュも最速とくりゃ文句なしだ」
「まあだが確実に言えることは、『ド●キーは目障り』じゃな」
「そこは同感だ」
いつものようにオタク話(今日はスマ●ラ64についての談議らしい。まあドン●ーがうざいことは確かだけど)に花を咲かせている二人を尻目に、鈴音は小さく溜め息を吐いた。
以前あれだけ果敢に挑戦していた若者たちはすっかり諦めてしまったのか、最近はヒル魔以外に屋敷に挑むものは皆無だ。
唯一の友達ができたのはいいが、これでは沙樹姫が結婚してくれるのも遠い未来のように思える。
このままではいけない、鈴音は胸に決めた。
「ねえ沙樹姫、そろそろ本格的に結婚のこと考えようよ」
「いやいや待って鈴音! 沙樹姫に結婚なんてまだいいって!」
「もう、セナは黙ってて! この子のためでもあるんだからね」
途端におろおろし始めた情けない顔付きの旦那を一蹴し、「人に何でもしてもらえるって思ってちゃだめなんだから」と更に上乗せする。
そう、今のままじゃいけない。
セナも私もずっと沙樹姫のお世話し続けられるわけじゃないんだし、与えられてばっかりじゃ生きていけないんだから。
「結婚して自分のことはもちろん、相手のことも考えられるようにならないと」
「う……うん、それは確かに……大事だ、ね」
綺麗に説き伏せられたセナはしゅんとしつつも真面目な面持ちだ。
セナがどれだけ沙樹姫のことを好きで、どれだけ沙樹姫のお世話をしたいのかなんてことは十分分かっている。
それでもやっぱり、育ての親として立派な大人になってほしいと思うのはごく自然な感情であって――。
鈴音とセナが期待のこもった眼差しを向けると、沙樹姫は不機嫌そうに漏らした。
「妾に籠の鳥になれと申すのか。結婚なぞつまらぬ。第一、妾の性格を含めて気に入る男なぞおるわけがなかろう」
器量よしとはいえこんなトチ狂った女なぞ、と沙樹姫は鼻を鳴らして付け足す。
あ、性格の異常さに自覚はあったんだ。セナと鈴音の胸中はシンクロした。
すると、「なら」と明後日の方向から声が上がり、そちらに注目が集まる。
「俺と結婚するか、沙樹?」
「「……はい?」」
「……ほう」
それまで押し黙っていた金髪の男が急に口を開いたかと思えば、誰もが予想だにしなかった言葉を放った。
ぽかんと口を開けっ放しにしている保護者二人に対し、沙樹姫は眉をピクリと動かすのみ。
初めてこの屋敷を突破したときにすら求婚しなかったのに、今更? このタイミングで?
いや、もしかしたらずっと機を狙っていたのかもしれない。
でも普段の彼の態度から考えると、実は沙樹姫をからかっているだけなのかもしれない。
にやりと人が悪そうな笑顔を浮かべているその様子からは、冗談なのか本気なのか鈴音は判断が付かなかった。
「……ふむ、悪くないな。ならばそうしようぞ。ヒル魔、お主となら楽しめそうじゃ」
「だとよ糞ジジババ。コイツもらうぞ」
「「え……ええええええっ!?」」
そんな簡単に決めちゃっていいの!?
生涯共にする伴侶だよ!?
ご飯もお風呂も寝るのもティータイムも一緒だよ!?
しかもちゃんとしたプロポーズですらないよ!?
――いや結婚考えたらって言ったのはこっちだけどさあ!
驚くべき展開の早さに紀元前生まれの爺婆二人はついていけない。
最近の若者は、という若者に嫌われる台詞ワーストワンに輝く台詞がつい口からこぼれそうになるのを慌てて抑える。
「だが妾は引っ越しなどしとうない」
面倒だから、と言わずとも顔に書いてあるのを鈴音ははっきりと目にした。
「だから婿に来い、ヒル魔」
「まあ構わねえが」
「いやこっちが構うんだけど!?」
何もかも流されそうになる寸前で鈴音が思わず突っ込んだ。
それじゃ意味ない! 今までと何も変わらないじゃん!
結婚して家を出て、相手と二人だけで生活を共にすることに意味があるのに……!
「まあまあ鈴音、二人が決めたことだし。僕らは口出ししないでおこうよ」
「でもセナ……!」
口論になりそうな二人をよそに、すでに終えた話し合いには興味がないらしい沙樹姫が大きなあくびをした。
「おい爺、小腹が空いた。チョコパイ蔵出し熟成濃厚抹茶味持って参れ。あと茶豆きな粉の焦がさない醤油風味ソイラテもな」
「ケケケ、ついでにコーヒーもだ。俺はコピ・ルアクしか認めねえぞ」
「ハァァイ只今ァァァッ!!」
コピ・ルアクなんて高級豆どこに売ってるの、という突っ込みも間に合わずにセナは爆速で飛び出して行った。
顔が気持ち悪いくらいとろけていたのは、きっと引き続き沙樹姫のそばにいられることに喜びを隠せないからだろう。
世話をしなければいけない存在がひとつ増えたことなど、きっと彼にとっては些細なことに違いない。
彼はこれからも専属パシリとして働き続け、そして沙樹姫とヒル魔はこれからも人に何でもしてもらい続けるのだろう。
この絶対的な主従関係は、きっとこの先も永遠に変わることなどないのだから。
理想どころか最も望まぬ結果に終わった鈴音は、がっくりとうなだれることしかできなかった。
めでたし、めでたし――。
……と言いたいところですが、おまけ後日談がちょろっとあります。
良ければついでにどうぞ。