かぐや姫
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「……なんでこんなことに」
目の前で繰り広げられる光景に鈴音は呆然とした。
今眼前には、まきびしを踏んで飛び上がっていたり、トリモチがくっ付いて身動きが取れなくなっていたり、落とし穴に落ちて暗闇に消えて行ったりする若者たちが映し出されているいくつものモニター。
それと。
たくさんのボタンを操りながらゲス顔でモニターを眺める沙樹姫。
そして相変わらず、食事やおやつを運んだりティッシュを取ったりペットボトルのふたを開けたり閉めたりするセナ。
異様だ。異様過ぎる。この光景どうかしてる。
え何これ? なんでこんなことになってるの?
私の人生いつから狂っちゃった?
ていうか出だしとか構成とか前のページと全く同じじゃない? 手抜き?
「……これはいくら回想しても思い当たる節は一切ないなあ……」
だって昨日の今日だからね。
ひと晩で普通こんなことにならないよね。
こんな悪役司令官の秘密基地みたいなことにならないよね普通。
鈴音はとりあえず現実に目を向けて、真相を聞いてみることにした。
「えっと……沙樹姫? これ一体どういうこと……?」
引きつり顔の鈴音に、キィと椅子を回して沙樹姫が向き直る。
そして平然と言い放った。
「気付いたらからくり屋敷に改造しておった」
「…………からくり……ああ……からくりね……」
いや何言ってんの?
「起きたら家中変わってて僕もびっくりしたけど、でもすぐに慣れたよ! ほんとすごいよね沙樹姫は!」
いやアンタはいい笑顔で何言ってんの?
順応性高過ぎじゃない?
「求婚するやつらのことを考えてみよと、昨日婆が言うたであろう。妾なりに考えたのじゃ」
「はあ」
「いかようにすべきか考えておったら、いつの間にかこの手でからくり屋敷を完成させてしまっておった」
「はあ」
「その結果、何を考えようにもまずは最低限この屋敷を突破してからだという結論に至った」
「はあ」
「というわけじゃ」
「……はあ」
いや何が『というわけ』? 流れおかしくない?
気付いたらからくり屋敷できてましたってところからもう意味不明だよね。
無意識に完成させられるもんかな、これ?
そしてそれを突破した人だけってことは……つまり沙樹姫は、最低でも数々の仕掛けを突破できるようなSAS●KEばりの人じゃないと考える気も起きないってこと?
じゃあもうミスターS●SUKE呼ぶしかないじゃん。
もしくは黒虎とかいう軍団の誰かじゃん。
どうやってアポ取ろう、そんなことを考えていると、沙樹姫は椅子に背を預けて溜め息をひとつこぼした。
「だがの……先程から中間地点にすらたどり着けない者ばかりじゃ。そんなに難しい仕掛けではないというに」
つまらぬ、とおもちゃに飽きたように呟いた沙樹姫だが、鈴音にしてみればどこが難しくないの、と思うくらいの難易度だ。
まきびし床を上手く抜けたと思えば上下左右から竹槍が飛び出し、ぎりぎりでかわしたかと思えば、足元をトリモチで封じられつつの温度感知式レーザー攻撃。
運良く避けた後には油まみれのぬるぬる斜面、その先には底の見えない無慈悲な落とし穴……。
誰がこんなの突破できるんだろうか。SASUK●の数千倍難しいよきっと。
モニター見るに怪我人と行方不明者続出だもん。もう絵面が放送禁止だもん。
そんな中、無表情で黒豆きな粉の焦がし醤油風味ソイクッキーをかじりながらモニターを見回す沙樹姫。
これはあれだ。ただの好奇心だ。
きっと彼女は結婚のけの字も考えていない。
沙樹姫は純粋にゲームとして楽しんでるんだ。
……性格歪み過ぎじゃない? 一体誰に似たの?
突如、途切れなくクッキーを口に運んでいた沙樹姫の手がぴたりと止まった。
視線はひとつのモニターに釘付けになっている。
そこに映し出されていたのは――金髪の目立つ男性。
「……ふむ。一人、骨のあるやつがおるな」
男性はまきびしも竹槍もレーザーもことごとくかわし、その表情からは余裕さえ垣間見える。
沙樹姫が新たに罠を繰り出そうともそれも難なくクリア、気付けばとっくに中間地点を越えている。
ふと男性が足を止め、何をするかと思えば――監視カメラに向かって、悪そうな顔で中指を立てた。
この人すごい(いろんな意味で)、鈴音が感嘆の溜め息をもらす中、沙樹姫は何やら至極楽しげにニヤついた。
「面白い――ここまで来られるものなら来てみよ、金髪の輩よ!」
それ完全に悪役の台詞、という鈴音の心の声は沙樹姫に伝わることはなかった。
***
男性はついに最終地点にたどり着いた。
あと一つ部屋をクリアすれば、この司令部らしき場所に届く――だが、一筋縄ではいかぬまい。
なぜなら、相手はこの最狂変人ドS猟奇的沙樹姫なのだから。
緊迫した空気の中、鈴音もセナも緊張の面持ちで沙樹姫とモニターを見つめる。
「本当にここまでたどり着くとは……よもや思うまいよ。金髪、主には敬意を表する」
モニターに向かってクククと低い笑いを沙樹姫が贈る。
もはや姫のかけらもないその姿は、ぜひ求婚者たちに見せてあげたい。
「いでよ! 妾のスペシャル最終兵器!」
沙樹姫は大きく振りかぶってバツ印のボタンを叩き付けた。
その瞬間――
セナの真下の床がぱかりと口を開けた。
「あ、ボタン間違えた」
あ、今日燃えるごみの日だ、くらいの軽さで沙樹姫が呟いた後、セナ爺(齢七十二)はスローモーションで落ち始めた。
「ワアアアアァァァァァッ!!」
「セナァァァァァァァァァッ!」
「アアアアでも沙樹姫に落とされるなら本望オオォォォォッ!!」
「セナァァァァァァァァァッ!?」
遺言が引くレベルのM具合で今後どう接していこうと困惑した鈴音だったが、今はそれどころじゃない。
全てはこの一戦に懸かっている……そんな気がする。
闇穴に両手を合わせたのち、モニターに目線を戻し固唾を飲んで行く末を見守った。
「今度こそいでよ! 妾のスペシャルグレートリーサルウェポン!」
沙樹姫が勢い良くドクロマークのボタンを押し付けた直後、地響きが鳴った。
ウイーン、ガシャーン、ドスン。ウイーン、ガシャーン、ドスン。
妙な機械音が鳴り響く。これはもしかして……
「いけェェェ! 地球殲滅ロボ、殺助!」
「コ●助はダメェェェ! ちょんまげ付けてるあの子はダメェェェ!」
「発進ナリ!」
「絶対わざとじゃんそれ! 確信犯じゃんそれェェェ!」
有名な団体に訴えられそうな名前と語尾を高らかに叫んだ沙樹姫は、スー●ァミのコントローラーで機体を巧みに操った。
殺助という巨大ちょんまげロボの身体からは、火炎が放射されたり毒らしきものがまき散らされたり、果てには高圧ウォータージェットで壁を一刀両断したりしている。
地球殲滅、というのは冗談ではなさそうだ。
反政府軍としていつ捕まってもおかしくない。
だがそんな怒涛の攻撃が繰り出されるも、金髪の男性はひらりひらりとかわし続ける。
かれこれ三十分の激闘が続き――徐々に殺助の動きが鈍ってきた。
「くっ、小腹が空いて力が出ぬ……爺はどこじゃ! 爺を呼べ!」
「いやさっき落としたじゃん穴に」
「このままでは――負けてしまう!」
沙樹姫のお腹からウシガエルの鳴き声のような音が放たれたと同時に、殺助が膝を付いた。
するとすかさず金髪の男性が構えたのは、
「……え、待って待って。あれってもしかして……ロケットランチャー?」
大当たりだ。
鋭利なロケット砲が飛び出し、殺助のどてっぱらに命中。
ドォォォォンと激しい爆発音が鳴り、特撮の映像のごとく綺麗なキノコ雲が発生した。
全ての部屋は耐火耐震性だったために被害はなかったが――巨大ロボは跡形もなく木っ端微塵になってしまった。
ロケットランチャーなんてどこに隠し持ってたの、という鈴音の疑問もその光景の前には綺麗さっぱり吹き飛んだ。
鈍い音を響かせ、指令室の扉が開く。
そこには口の端を上げた金髪の男が立っていた。
「テメーが親玉か」
「――いかにも」
席を立った沙樹姫が神妙な面持ちでゆっくりと男に近付く。
ぴりついた空気はまさに一触即発。
なんか危なそう、止めなきゃ、と鈴音が近付こうとしたその瞬間――
パァン、と小気味良い音が鳴った。
それはまさかのハイタッチ。
「お主、やるではないか。最終防壁を突破できるやつが現れるとは思わなんだぞ」
「テメーもな。愛用のロケットランチャーまで使うことになるなんざ想定外だった」
清々しい雰囲気を醸し出しながら笑い声を上げる二人。
あれ、これもしかして気が合っちゃってる感じ?
「妾は沙樹じゃ。主の名は?」
「ヒル魔だ」
「ではヒル魔、突破した祝いじゃ。共に盃でも交わそうぞ!」
「ケケケ、悪くねえ!」
一瞬で距離が近くなったらしい沙樹姫とヒル魔は肩を組み、わいわいと出て行った。
一人ぽつんと取り残された鈴音。
「……えーっと……」
口振りからすると、ヒル魔はどうやらこのからくり屋敷を娯楽のひとつとして見なしているようだ。
求婚もしていないし、沙樹姫に心を奪われている様子もない。
あの二人の感じは結婚相手というより友達――それも悪友に近い。
ということは、結局他の求婚者を待つしかないということで……
「期待し損じゃん……」
思いもよらない方向の結末に、胸に果てしない虚無感が広がった鈴音だった。