かぐや姫
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昔々、セナという名の虚弱で貧弱で脆弱で最弱な竹取りがいた。
最弱なため、近所の子供たちや野生動物からはバカにされ、いつも使いっぱしりをさせられたり鼻で笑われたりしていた。
気も弱いせいで言い返すことはおろか、ナタを持つ手も震えるという弱腰っぷりだ。
だが驚くべきことに、そんな彼にも配偶者がいる。
名前は鈴音。行動力抜群、ちゃきちゃきのデキる女だ。
なぜそんな彼女が生物ヒエラルキー最底辺のセナと結婚したかといえば、理由は一つ。
『放っておくと死にそうだったから』
結婚して数十年、鈴音がいなければセナはきっととっくの昔にミジンコの群れにやられていただろう。
セナの日課はもちろん竹を取ること。
生活は苦しく、竹を売ったり加工したりして毎日やっとかっとで暮らしている。
日々我慢しているであろう鈴音に、たまには贅沢をさせてやりたい。
いい着物を着せてあげたい。人気ブランドコスメをプレゼントしたい。
クルーザーで高級フレンチに舌鼓を打ちつつ世界一周の旅をしたい。
「いつか叶えてあげたいな……」
そんな儚い希望を未来に馳せながら、セナは今日も山に竹を取りに来ていた。
すると、一瞬遠くの方できらりと何かが光った。
セナが近寄ってみると――
「え……竹が、光ってる?」
そこには煌々と輝く一本の竹が伸びていた。
竹全体が光っているのではなく、ある一節のみ光っている。
どうしよう、何これ、竹って光るんだっけ、電気通ってるのかな、といろんな感情がごちゃ混ぜになる。
しばらくしてセナは決断した。
見なかったことにしよう。そうだそうしよう。
触らぬ神に祟りなしって言うよね。平和が一番。帰ろ帰ろ。
小心者らしい選択を決めたセナがくるりと踵を返したそのとき、
「だして……」
確かに聞こえた、か弱い声。
だが周りには誰もいない。いるのはセナだけ、あるのは光る竹だけ。
――まさかこの竹の中から?
セナはおそるおそる竹に耳を寄せてみた。
「……だしてください。わたしを、ここから……」
間違いない。小さな声はこの竹の中から聞こえる。
お願いされてしまったら、もう迷っている場合じゃない。
最弱な自分にもできることがあるのなら。
セナは持っていたナタを固く握り締め、大きく振り下ろした。
綺麗に斜めに割れた竹の中を覗き込むと――まさか。
「……お、女の子……!?」
中には小さな小さな女の子がちょこんと座っていた。
艶のある黒い髪は真っすぐに伸び、やや切れ長の瞳はまだあどけなさを残している。
上目遣いでこちらを見るその仕草は小動物に通ずるものがある。
恰好や髪型は市松人形と同じなのに、市松人形とは程遠い可愛さだ。
というか市松人形はどうしてあんなに怖いんだろう。
夜はもちろん、昼間見てもぞっとする。
なんか目合ってない? って思っちゃう。
髪伸びてない? てか絶対伸びてるよね? 成長してるよね? って思っちゃう。
子供のおもちゃというよりかは、悪いことをしたときに罰として枕元に置かれそうな、そんな人形……
「って今それどうでもいい!」
うっかり市松人形に対する憤りで頭がいっぱいになりそうだったところを、なんとか引き戻す。
もう一度ちらりと竹に目をやると、女の子は疑問符を浮かべるように少しだけ頭を傾げていた。
――あああああ可愛いいいいいいい!!
セナは決心した。
この子を育てよう、と。
こんな小さな女の子が誰の頼りもなしで生きていけるはずがない。
自分がここに居合わせたのが運命だ。
この子を立派な女性に……いや、世界一美しい姫に育てるんだ!
いやもうすでにこの時点で世界一美しいし可愛いけど! それは揺るがぬ事実だけど!
世間に知らしめるんだ、この子が世界一だってことを!
自分にしかできない、自分にしか成し遂げられない、これは自分に課せられた天啓だ!!
ちょっとよく分からないテンションで心を決めたセナは、丁寧に女の子を抱え、目を見張るほどの爆速で山を下り始めた。
中腹に差し掛かったときにふと気付く。
そういえば名前はどうしよう。
世界一になるのにふさわしい名前じゃないと……そうだ。
「今日から君は沙樹だ! 沙樹姫と呼ぼう!」
太陽にかざすように沙樹姫を高く掲げ、満面の笑みを向けた。
名付けが気に入ったのか、沙樹姫もにこにこと屈託のない笑みで返す。
勇気を出して竹を切ってみて良かった、セナは大満足で山を駆けて行った。
大事な商売道具のナタを山中に置きっ放しにしていることにはもはや突っ込むまい。