12話 11月8日
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「というわけで、いざ! 舞妓体験です!」
沙樹がスマホのマップとにらみ合い続け、何度も同じ光景を見送り続け、無駄に曲がらなけりゃ五分で着いたんじゃねえかと思うほど迷いに迷ってたどり着いた先がここだ。
上り階段の手前には、『舞妓体験できます! すっぴんでもお気軽に!』と分かりやすさ第一に書かれた糞デカ看板がある。
実際沙樹はこの糞デカ看板に目もくれずノンストップで過ぎ去ろうとしていたため、ご自慢の特注サイズも形無しだ。
俺が「ここじゃねえか?」と足を止めなけりゃ、きっと追加で二十分はさまよう羽目になってただろう。
「何がというわけでなのかは知んねえが、気合入ってんじゃねえか」
「女性は誰しも一度は自分ではない誰かに変身してみたいと思うものです! きっと! 多分! おそらく!」
「勢いだけで自信のなさが如実に表れてんな」
根拠もなく「絶対!」と言い切られるよりかはまだ信憑性あるけどな、とコイツの正直さに変に納得しつつ足を進める。
外観のひなび具合から期待値は低かったが……中は意外とそうでもねえ。
風情満載の装飾品や照明は、沙樹の意識をかけらも残さず奪うには十分過ぎた。
何かに引き寄せられるように危なげな足取りの沙樹がスタッフに声を掛けられ(危険人物と見なされたからじゃねえ、ただの受付としてだ)、軽く会話をした後、すぐに取り掛かることになった。
「じゃあ先輩、私着替えてきますね」
そう口にした沙樹は今にもスキップし始めそうなほど上機嫌だ。
あんだけ迷っても諦めようとしなかったってこたあ、相当楽しみにしてたんだろう。
ンなら、こっちとしてもぼーっと待ってるわけにゃいかねえよな。
「おう行ってこい。ケケケ、安心しろ。カメラの準備は抜かりねえ」
「……! い、行ってきます」
撮られることを意識しちまったせいか、打って変わってこわばった面持ちになった沙樹。
脳の信号が途中で切れちまったのかっつうほどギクシャクしたその動きは、──あれだ。初陣に臨まんとする若武将だ。
文化祭ンときもそうだったが、なんでお前は素で勇ましくなっちまうんだよ。
まかり間違っても落ち武者なんかにゃなりそうにねえ凛々しくも華奢な武将は、扉の向こうへと消えていった。
舞妓に特段興味があるわけじゃねえ。
ただ舞妓になったときの沙樹の反応は、今この瞬間の気になるランキング堂々の第一位だ。
ガッチガチ武将がしとやか舞妓に変身するのかと思うと、想像のしづらさに自然とのどが鳴った。
***
沙樹が『自分ではない誰かに変身』しに行ってから三十分が経過した。
一から変身すんだ、そりゃ時間もかかる。
待つ間に難易度高めの想像でもと思ったが、どうしても壁が超えられねえ。
何度思い描いてもマロ眉の困り顔白塗り武将になっちまう。何の呪いだ。
これはこれで一生忘れられなくなりそうだが、これが見たいっつうわけでもなくてだな。
意識半分で外の風景を眺めていたところに、かすかにきしんだ音が聞こえて、半分反射で振り返る。
──な。
視線の先には、沙樹。
もちろん、『変身後』の沙樹。
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マロ眉、ではねえ。
困り顔、ではある。やや。
白塗り、でもある。
……いや、違え。
そういうことじゃねえ。
そ……………………、
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パン、と少し離れた場所から音が響き、俺のフリーズしていた思考が息を吹き返した。
「ほら、彼氏はん! 思ったことは口に出して伝えはらんと、あんぐりしてるだけじゃ分かりまへんえ!」
彼氏なんざ、ンな大それた立場じゃねえ──いや、今はこの際どうでもいい。
『思ったことは口に出して伝えねえと分からねえ』、それは真理だ。
鶴や松の花がところせましと広がり、赤地と黒地がバランス良く合わせられた着物。おくれ毛ひとつなく結われた髪の上ではかんざしが揺れている。
学祭でのメイド服も似合ってたが、和服もここまで着こなすなんざ。
なんつうかこう、──その時代に生きてそうな……。
「沙樹」
「えっ、はい!」
名を呼んだ直後、やっと取り戻せたはずの意識がまたもや奪われ始める。
俺の目が沙樹の姿を焼き付けようとくまなく動く。──っつうより、目が離せねえ。
離したくねえと目が駄々をこねてやがる。
不純物を混ぜるなと言わんばかりに隙間なく広がるこれは、
脳がメインコンピューターごと乗っ取られちまったこれは、
『綺麗だ』
おそらく今までもこれからも、沙樹にしか使わねえだろう形容動詞。
思うと同時に口が動いていた。
「あり……がとう、ございます……っ」
良くも悪くも現代に存在していなさそうで、
それゆえに消えていきそうで、
──俺は気付けば、真っ直ぐに腕を差し出していた。
『来いよ、沙樹』
からかうためなら簡単に口にできそうな自信過剰の言葉も、今は脳内限定で静かに再生されるだけだ。
今は冗談でも言えねえ。
冗談にできねえからこそ、──言えねえんだ。
沙樹がゆっくりと近付く。年に合わねえ品と艶をまといながら。
聞こえるはずのねえ俺の言葉が聞こえたかのように。
一歩。また一歩。
……あと少し。
「わあっ!」
叫び声と共に沙樹が視界から消えた。
「いたた……おでこ……おでこが」
ついさっきの妖艶な雰囲気なんざまるでなかったみてえに、うずくまって「おでこ」を繰り返すエセ舞妓。
白塗りの額がうっすらとピンクがかり、うっすらと畳の跡が付いている。
コイツ、ンな狙ったように……!
そうなっちまったらもう吹き出さざるを得ねえだろうが!
「ケケケ! また派手にすっ転んだな!」
ひとしきり笑いで腹筋を鍛えたあと、優美な空気から文字通り一転した沙樹に手を貸してやる。
「着物なんざ慣れちゃいねえんだから、気付けやがれ」
「あ、ありがとうございます」
「そのうち額擦り減んぞ」
「はは……畳の上でまだ良かったです」
「コンクリだったら抉れてんな確実に」
「全部持ってかれてますねきっと」
いつもと変わらねえ距離感の、他愛もねえ会話。
中身はそのままの沙樹だ。当然だ、姿カッコが変わったくらいで中身まで変わるわけがねえ。
分かりきっちゃいるが……なんでか妙に安心した。
「甘酸っぱい青春もええけど、そろそろお写真撮りますえ~」
野暮な言葉でせっつかれて微妙そうな沙樹が急き気味に立ち上がり、軽く額を直された。
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