12話 11月8日
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「活気がすごい……!」
ぽろりとこぼした沙樹のひと言が瞬時に消え入っちまうほどざわついているここは、京都でも指折りの市場だ。
沙樹の言葉通り、どこかしこに威勢の良い声が飛び交っている。
平日でもこれだ。休みに来た日にゃ、ごった返しちまってろくに見回ることすらできねえだろう。
妙に静かだなと隣に目をやると、沙樹はもげちまいそうなほどにせわしなく頭を振り乱していた。
貪欲に視覚情報を得ようとしてんだろうが、その挙動不審な動きにはもはや「さすがだな」っつう感想しか出てこねえ。
「一本道だから迷子にゃならねえだろうが、念のため繋いどくか」
またもや人混みを利用し、文字通り沙樹の手を手中に収める。
なんだかんだで京都に来てから手を繋いだのは初めてだ。
文化祭のときは、理由なんざ必要ねえのかもしんねえだとかで自然に繋げてたくせによ……ちょっと日が経ちゃすぐに口実を作る癖が戻っちまう。
たった十日だぞ。情けねえにもほどがあんだろ。
むしろ『自然に手を繋ぐ癖』を付けなきゃなんねえなと改めて温もりの箇所に視線を落とそうとした矢先、沙樹と目が合った。
浮かべられた緩い笑顔は、つい理由付けした俺のばつの悪さに更に拍車を掛けた。
ここに来た時点で……いや、京都にこの市場があるっつう時点で、どうなるかは知ってた。
──お約束の大食いレース開始だ。
「ハモ! ハモの天ぷらを塩でいきたいです先輩!」
「お、食うか」
「たこ焼き! 熱々のたこ焼きを頬張りたいです先輩!」
「なら食うか」
「お豆腐! 京都ならではの滑らかさを体験したいです先輩!」
「おう食うか」
「お餅! 焼き餅とお雑煮を全力で伸ばしたいです先輩!」
「ああ食うか」
「お漬物! お漬物で一旦さっぱりさせたいです先輩!」
「そうだな食うか」
「肉寿司! メインで胃を大喜びさせたいです先輩!」
「いいな食うか」
「湯葉! 上品で上質な湯葉にとろけたいです先輩!」
「それも食うか」
「抹茶パフェ! やっぱり締めは抹茶パフェです先輩!」
「最後に食うか」
怒涛のフードファイトはここでようやく終わ
「だし巻き! 京都に代々伝わる秘伝のお出汁を……」
「待て待て待て」
「何ですか、先輩?」
「さっきの抹茶パフェが締めだったんじゃねえのか」
「お兄ちゃん曰く、締めにもいろんな種類がありましてですね。一次締め、二次締め、最終締めなど段階があって……」
「そりゃお前と糞デブだけの常識だな」
「えっ」
……今度こそ怒涛のフードファイトはここでようやく終わりを迎えた。
食いまくる前とまったく変わりゃしねえ軽いステップの沙樹がふと足を止める。
その熱い視線の先には、数々の和柄の雑貨が並んでいた。
吸い寄せられるように歩を進める沙樹に手を引かれる形で入店する。
「──先輩、ヒル魔先輩!」
「ん、どうした沙樹?」
しばらく無言で品定めに夢中だった沙樹が弾かれたように顔を上げた。
繋いだ手をやや強引に揺らすほどだ、そのお眼鏡にかなう物が見付かったに違いねえ。
「これ、すっごく可愛いと思うんですが……私に似合うと思いますか?」
沙樹が指差し見つめるのは、和素材の花の飾りが付いたヘアゴムだった。
ほんのわずか前のはしゃぎっぷりから一転、良品に出会った割には声色に不安がにじんでいる。
──ンなこたあ。
あまりの愚問につい糞デブJrよろしく鼻先で笑いそうになっちまう。
俺にとっちゃ脊髄反射レベルで答えられるような問いでも、沙樹は本気で疑問に思ってんだよな。
そんなお前に、説得力を上乗せして返してやるよ。
まぶたを下ろし何やら考え込んでいる風の沙樹の手からするりと抜け出る。
こうなっちまってるときのコイツは、思考を終えるまで大体何しても気付かねえ。言うなりゃ無防備タイムだな。
やんならそのうちに、だ。
沙樹の焼けるような視線をたっぷり浴びたそれを掴み、奥まったレジへ直行。
戻る頃には無防備タイムは終了していた。
「ほら」
「え?」
沙樹の手を取り、説得力の塊を載せる。
「えっ、先輩……いつの間に!?」
「今の間に」
「いやそれは分かりますが、でも……」
ケケケ。
『言葉』だけならいざ知らず、『モノ』がありゃ疑いようもねえだろ?
「質問の返答は『聞くまでもねえ』、だ。俺はお前に絶対似合うと思った、だから買った。そんだけのこった」
「そ、そうかもですけど……」
「慎重なお前のこった、俺のひと声で買うか買わねえか決めるつもりだったんだろ。けどな、結局買うこたあ決定事項だったんだよ。お前に似合わねえはずがねえからな」
ここぞとばかりに畳みかけ、戸惑いぶりが下がり眉に表れている沙樹にとどめのひと言。
「言っとくが代金なんざ受け取るつもりはねえぞ、大人しく受け取っとけ」──これでもう、納得するしかねえよな?
逃げ道を完璧に塞いだ追い込み漁に、沙樹は声にならない声で唸っている。
そしてようやく観念したのか、
「──ありがとうございます、ヒル魔先輩」
「おう」
「……すっごく、嬉しいです」
「……ああ」
最後はコイツらしく締めた。
物を贈ることの価値は──沙樹、お前が俺に教えてくれたんだぞ。
男の見栄だとか、気を引くためだとか、ンな単純なもんじゃねえ。
以前一緒に行ったコーヒー店でそれを実感したんだ。
満たされるのは貰った側だけじゃねえ、贈る側もだってな。
『お前のために』、ンな恩着せがましい頭なんざありゃしねえ。
じゃあなんでか。ンなこた決まってる。
沙樹を笑顔にさせてえ。
──俺自身が、な。
追い込み中どさくさに紛れて取った沙樹の右手──そこから伝わってきた力の強さが、更に俺の満足度を引き上げた。
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