12話 11月8日
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「……はああああやっぱり美味しい、美味し過ぎる~! お肉最高! 京野菜最高!」
「ほぼ完全に一緒じゃねえか昼間と」
食べ物を前にすると機嫌バロメーターうなぎ登り確定の食欲の権化・沙樹と、今は夕食を共にしている。
あの後コイツは二個目のパフェを(今度は落とさずに)平らげ、続けて数店舗にわたり計六個のパフェを食い尽くした。
それに伴って俺は全店舗でコーヒーを飲み干したため、さすがにカフェインの過剰摂取だ。
時間潰しに適当に街を散策したが、コイツあんだけ食っといてよく平気で歩き回れたな。
それどころか今も肉を掴む手が止まらねえ満足げな沙樹の表情に、なぜかじわじわくる。
「京都のグルメっていろいろありますけど、その中でも一番食べたかったんですよね。すき焼き」
「肉は大食いファイターにゃ欠かせ」
「その通りです!」
『カッ!』という効果音が飛び出しそうなほどの圧で言い放った沙樹に、俺はもう笑わずにはいられなかった。
しばらく他愛のない話を続けていると、沙樹がおもむろに箸を置いた。
何とも言いがたい表情に神妙な雰囲気を醸し出している。
昼間みてえに食いもんを落としたわけじゃねえし、まだ全部食べ切ってもいねえ。
何かあったのか?
「ヒル魔先輩……ここだけの話なんですが」
「──何だ?」
中腰になった沙樹が声を抑えてそうこぼし、ちらりと周りの視線を気にする素振りを見せた。
コイツにとって箸を置いてまで伝えたいなんざよっぽどのこった。
まさか、王城のヤツらがスパイとしてこの店に潜んでやがるとでも言うのか……!?
店内を索敵しようとやや前のめりになった瞬間、沙樹が音もなく距離を詰めた。
「──実は京野菜の堀川ごぼうって、中が空洞になってるんです……!」
……ん?
「しかも、味や香りは普通のごぼうとケタ違いらしいんですよ!」
「……いや待て待て待て」
「え? 何ですか?」
何ですかはむしろこっちの台詞だろ。
身構えていた身体から空気が一気に抜けていくのが分かった。
再び座布団に身を預け、持ち上げる気力すら失せた首もそのままに一応聞いた内容を反芻する。
『京野菜の堀川ごぼうの中は空洞になっている』。
『味や香りは普通のごぼうとケタ違い』。
なるほどな。
……いやいるか? その情報。
完全に肩すかしを食って無気力状態に陥ったが、空回りした重い頭を何とか根気で持ち上げた。
「何だそりゃ」
「京野菜の豆知識です!」
「いやそりゃ分かんだが」
「せっかく京都グルメ食べるならと思って、事前に命懸けて調べておいたんです! 他の野菜の名前やルーツ、主な調理法までばっちりですよ!」
「どこに命懸けてやがんだお前は」
アメコミのヒーローかっつうくらい清々しい笑顔で言い放つ沙樹が眩しい。
だがどう考えても懸けどころがおかしい。
まあこれはこれで、コイツの良いところの一つだ……とか何とか、結局容認しちまう俺ももはや毒されちまってんだよな。
アクの強いいつものやり取りがひと段落したところで、不意に浮かんだ。
その命を懸けて調べたっつう豆知識とやらは、本来沙樹の『オトモダチ』に披露されるはずだった。
修学旅行を楽しみにしていたからこそ、そいつらのために得た知識であって。
本当なら、ここに座っているのは俺じゃなくて──。
「──ところで沙樹」
「何ですか?」
「今回の修学旅行、本当は他のヤツらと回りたかったんじゃねえのか」
高校の友人とやらとも普通に楽しみたかったに違いねえ。
……俺は自分のためにコイツを巻き込んじまったんじゃねえか?
望んだのは俺だけで、沙樹はそれを望んじゃいなかったかもしれねえのに。
──珍しく、気弱な悪魔が思考を乗っ取る。
今更ンなこと聞いたって、事態が変わるわけじゃあるまいし。
そもそも沙樹がどう答えようが……変える気もねえくせに。
「……私は、ヒル魔先輩と一緒で楽しいです」
少なからず自虐が混ざった問いだったために、沙樹からの返事が予想を超えて胸に刺さる。
思わず声の主の様子を尻目でうかがったが、視界に入ったのはこげ茶色の中に納まるつむじだけだ。
読みが甘かった。
『今更ンなこと聞いたって、事態が変わるわけじゃあるまいし』
さっきの思考は訂正だ。正しくは、
『答えによっちゃ、俺の中の事態がすっかり好転しちまうこともある』──だな。
思った以上に長く残りそうな余韻に流されねえように、あくまでも普段通りの体で、ならいいがと返した。