12話 11月8日
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「……はああああやっぱり美味しい、美味し過ぎる~! 抹茶最高! 白玉最高!」
「んっとにいい笑顔しやがんなお前は」
京都の地に降り立ち、さあまず何からおっ始めるか──そう思っていた矢先に沙樹から提案があった。
邪悪なものを一切退けそうなほどの純真な笑顔と共に放たれた言葉は、「抹茶パフェ食べたいです」。
歴史的建造物やら風情があるとされる街並みやらには全く触れず、真っ先に出てきたのは食いもんのこと。
沙樹らしいっちゃ沙樹らしいが……エンゲル係数異常な振り切り方してんじゃねえか?
宣言通りパフェを頬張り満足げにしている眼前の沙樹を何の気なしに眺める。
するとあることに気付き、注視すると──咀嚼している沙樹がアハ体験レベルの速度でいつの間にか白目になっていた。
いや、ンなことあるか普通?
「沙樹、おい沙樹」
「んはっ!?」
そのまま放置して本人が気付くのかどうかっつう好奇心はあったが、長時間の白目はともすりゃ勝手に救急車案件にされそうだったため、咀嚼物を飲み込んだ段階で起こした。
それだけじゃねえ、長時間の白目は俺の笑いも誘う。現に若干笑っちまってる。
咀嚼は意識してるはずなのに白目だけが無意識下にされてるっつう謎理論過ぎてな。
撮れた映像を糞科学部に回しゃ解明されっかもしんねえ。
沙樹が我に返って連続瞬きしているところを、カメラ越しにからかう。
「また食いもんの世界に飛んでっちまってたぞ。唐揚げのときと一緒だな」
「はは……美味しいもの食べてると、なぜかこうなっちゃうんですよねえ」
「直さねえでもいいぞ、ちゃんと収めてっから」
「手帳ネタですか」
「ケケケ、ご名答」
もちろん脅しなんかにゃ使わねえがな、そう頭ン中でこぼし、構えていた腕を下ろして代わりにコーヒーを引き寄せる。
にしても改めて、沙樹は本当に甘いもん好きだな。
好きなのはそれだけじゃねえだろうが、特に甘いもんに対する情熱が並じゃねえ。
何よりも先に、それも『抹茶パフェ』と具体的に指定したくらいだしな。
緑やら白やらでくっきりと層になっている沙樹の好物に目を向ける。
「沙樹はこれのどんなとこが好きなんだ?」
思うと同時に口に出した。
ギラリ、──ンな効果音が付きそうなほど、沙樹の眼光が瞬間的に鋭くなる。待ってましたと言わんばかりに。
さながらスコープ無しじゃ目視すらできねえ赤外線で侵入者を容赦無く細切れにするどっかの城の銅像みてえだ。
「えっとまずは厳選に厳選を重ねた最高級抹茶粉に、天使のほっぺだねってくらいモチモチふわふわな食べても良し触っても良しの高品質白玉ですよね! でも忘れちゃいけない栗とあんこの見計らって出てくるタイミングが抜群のアクセントコンビ、それら全てを分け隔てなく包み込む母親いやマザーテレサ的存在ホイップクリーム! そして濃厚な抹茶アイスの芯の強い京美人を思わせる上品だけどしっかり主張してくれる苦みとこの世のアイスの原点であり全人類に愛されるバニラアイスのオールマイティプレイヤーたる癖の無い甘みが絶妙なハーモニーを奏でたかと思ったら、そこに舌だけじゃなく目も満足させてくれる形も色も美しい抹茶ゼリーと寒天ののどごしさっぱり姉妹がとどめを刺す圧倒的強者感!」
コイツ壊れたのか?
あまりの熱量の大洪水に、そのきっかけとなった一分前の自分の発言をやや後悔する。
「一周回ってわけ分かんねえことになってんぞ」
「分かりやすく言うと、助っ人の抹茶パフェさんがキックオフ早々に300%逆転されないほど連続タッチダウン決めてくれたって感じですね」
さっきの怒涛の勢いは俺の指摘で全消しになり、どうやってやがんだと思うほど素早く切り替えられた冷静な微笑で簡潔にまとめられた。
コントロール上手過ぎだろ。お前ンな芸達者だったか?
急に分かりやすくなったな、と呟くと今度は自然な笑顔を向けてきた沙樹。
俺に伝わったことが嬉しいのか上手くまとめられたことが嬉しいのか──何にせよ、感情を表したいままに表すコイツは本当に面白え。
……まあパフェに対する思いの共感は全くできねえけどな。何言ってるかっつう理解はできねえこともねえが。
そもそも天使のほっぺなんざ触ったことねえだろ。んでもってさっぱり姉妹って一体どういう
「あっ!!?」
突然空を切り裂くような沙樹の短い一文字に思考も止められた。
近くの店員も客もわずかに振り返る。
見ればついさっきまでノンストップでスプーンを運んでいた手は固まり、沙樹は絶望中の絶望に染まった面持ちを浮かべている。
一体どうしちまったんだ、と沙樹の視線をたどると……答えはそこにあった。
「落ちたな。見事に」
床には崩れた寒天らしきものが横たわっている。
沙樹にとっちゃ相当な衝撃だったらしい。
明日どころか数秒後に世界が終わるっつうくらいの、むしろもう終わっちまってんのかもしれねえと思わせるほどのオーラがにじみ出てやがる。
沙樹は無言のまま紙製おしぼりで拾い、「私の……寒天さん……私の……」とぶつぶつ繰り返している。
その気の毒過ぎる表情とそこはかとなく漂う哀愁に、俺は思わず吹き出した。
すると沙樹は見たこともねえ顔で──いや、見たことあんな。あれだ、般若面ってヤツにそっくりだ。
般若モードの沙樹がじっ……とこっちを見つめてきた。
目に光なんざ一切灯ってなく、代わりに広がってやがんのはまるでブラックホールのような底無しの闇。
こりゃどうやら、──やっちまったみてえだ。
「……先輩、なんで笑うんですか? こんな大事件を前に……」
「……悪い。笑うつもりじゃなかった」
前代未聞だ。沙樹のヤツ本気で怒ってやがる。
やべえな……どうすっか。
壊れた人形のごとく不自然に傾いた首と一向に剥がれないじっとりした視線に、背中が冷やりとするような緊張感が走る。
試合の最中ですら、ンな息苦しさ感じるこたねえってのによ……。
脳内対応リストから不正解の選択肢をしらみつぶしに弾いていると、突如視界に店員が映り込んできた。
「お客様、よろしければ新しいおしぼ」
「黒蜜抹茶パフェください」
いや二個目いくのかよ!
しばらく続くかもしれねえと半ば覚悟していた空気がころっと覆り、待ち遠しそうに上半身を揺らしながら次のパフェを待つ沙樹。
心なしか鼻歌まで聞こえてきそうな雰囲気だ。
おそらく店員の気遣いからきたであろうおしぼりの提案も虚しく無に還る。
沙樹の行動は本当に予測できねえ。
俺よりトリッキーなことするヤツなんざ、日本でコイツしかいねえんじゃねえか。
「ヒル魔先輩、もう一杯飲みます?」
不気味さしかなかった静かすぎる怒髪天ぶりは0コンマ数秒で水に流されでもしたのか、沙樹は普通のテンションで聞いてきた。
怒ってはねえらしい。仮に怒ってたとしたら、こんだけ爽やかな笑顔で二杯目勧めることなんざきっとねえ。
……正直、安心した。
「あー……いや、大丈夫だ」
多少の償う意味も込めてそう返すと、沙樹は「そうですかあ」と気の抜けた反応を見せた。