12話 11月8日
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良くも悪くも心臓に悪い出来事だらけだった文化祭は、アメフト部の宣伝という点においても快挙を遂げた。
グラウンドが使用不可になる迷惑イベントだと思っていたが、人が集まることを考えりゃ十分利用価値はある。
物陰から獲物を狙う糞変態男共の熱視線にサバンナの草食動物並みに怯えきった様子がしばらく続いた糞チビだったが、まあそのうち慣れんだろ。
快挙を遂げたのはアメフト部のことだけじゃねえ。沙樹とのこともだ。
想像以上に距離を縮められた、──来年の約束までしちまうほどに。
沙樹といると今まで味わったことのねえ思いが次々に湧き出てくる。
イベントがあるたびに浮かれやがる糞脳内花畑共の気持ちが、今なら五ミリ程度分からんでもねえ。
──そういやあ、十日後にもう一つあんな。
去年は練習優先でサボった記憶しかねえ、遠方で羽目を外したいヤツら向けの修学旅行っつうイベントが。
泥門では一年目のこの時期に行われるから沙樹が該当する。
興味のねえイベント事でも、上手く使えば沙樹との距離が縮まるこた立証済みだ。
よし、行くか。
脳内会議満場一致の回答ですぐさま愛用のパソコンを閉じ、最短距離で校長室に向かう。
野太い絶叫が聞こえりゃ、後はお察しの通りだ。
***
新幹線内の座席は当然沙樹の隣を確保済み。
そして当然沙樹にゃ何も伝えてねえ。
だからチェック柄のトランクを荷台に上げようと苦労している沙樹に「持ってやるよ」と背後から声を掛けると、
「あ、ありがとう──ヒル魔先輩!?」
振り返りざまに人相が変わるほど驚愕するこたあ織り込み済みだ。
ついでに他のヤツらが声になったりならなかったりする悲鳴を上げることもな。
「な、なんでヒル魔先輩がここに!?」
「なんでも何も、中学んとき修学旅行で迷子になったっつってたろ。だから俺がお前の引率を請け負ってやった」
ついでに、「もちろん校長は快諾してくれたぞ」と取って付けた。もはやンなこと気にしちゃいねえかもしんねえが。
沙樹ともっと近付くためにっつう目的もあるが、実はそれだけじゃねえ。
どうやらコイツは筋金入りの方向音痴らしい。
中学の修学旅行、集団でいたはずがなぜか一人だけはぐれて警察までもが動いたっつうエピソードを聞いたときにゃ笑いを抑えきれなかった。
どんだけ自由を謳歌してたんだコイツは。
引率するっつう理由は、まあ半分は沙樹向けの口実ってとこだな。
黒歴史を思い出しでもしたのか、さっきの勢いがすっかり消え失せた沙樹は微妙な顔付きになっている。
「──じゃあ、引率よろしくお願いします」
「おう。迷子になんざさせねえから、お前は好きなだけ羽目外せ」
「っ、……あ、りがとうございます……」
若干からかいを含んだセリフを浴びせると、殊更微妙さが増した風に見えた。
停止位置からほぼずれることなく新幹線は止まり、沙樹といることで思いの外短く感じた三時間も終わった。
二人で過ごすために他のヤツらを追い払わなきゃなんねえ……なんつう心配はいらねえ。
俺が沙樹と一緒にいりゃあ自動的に逃げて行くからだ。睨みを利かせる間もなくな。
シナリオ通りの展開を迎え、隣の沙樹を尻目にはっきり自覚できるほど心がはやる。
「ケケケ、なら早速行くか。京都満喫すんだろ? 沙樹」
「──はい、もちろんです!」
上機嫌さを隠しもせずに投げ掛けると、その上を行く上機嫌さたっぷりの笑顔で返された。
冒頭のこんな些細な瞬間だけで、この数日間でまた沙樹との距離が縮まる、と妙に確信しちまう。
まだ序盤も序盤だ。今からンなこと思ってりゃきりがねえ。だが……
──この旅行を終えたら、おそらくもっとコイツとの時間を過ごしたくなっちまうんだろうな。
そんな予想を抱きつつ、波乱万丈必至の二泊三日の旅が始まった。