11話 10月29日
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「あ、もうこんな時間! ヒル魔先輩、ステージ観に行きましょう!」
「なんかやってんのか?」
「なんと……特殊なイベントがあるんです」
したり顔の沙樹に連れて来られた場所は、本来俺らがアメフトの練習をするはずだったグラウンド。
色の統一感もねえ幼稚さ満載の装飾がそこかしこにあふれ返っていやがる。
だが沙樹の言った『特殊なイベント』やらがよほど注目されてんのか、ほぼ満席に近い状態だ。
うまく空席を見付けた沙樹を先導にし、ようやく腰を下ろした。
にしても人多過ぎんだろ……コイツら全員暇なのか?
たかがいち出し物にこんなに集まるなんざどうかしてんだろ。
沙樹と一緒じゃなけりゃ絶対見るこたなかったな。
隣との距離が近いせいもあってか、人いきれにむせ返りそうになりながら足を組み替えた。
「んで、沙樹。特殊なイベントってのは何なんだ」
「それはですね――あ、もう始まりますよ!」
やっと自分が連れて来られた理由が分かる、と思った矢先に爆音の音楽が流れ出した。
ややあって身軽そうにステージに上った糞男はおそらく司会者だろう。
丸過ぎる眼鏡と青い蝶ネクタイが妙に鼻につく。
その糞ネクタイが頭を下げると、客席からは大きな拍手が湧き起こった。
「レディースアンドジェントルメン、長らくお待たせいたしました! これより本日のメインイベント――女装男装コンテストを開催いたします!」
あ? 今なんつった?
「わあああ始まった! 始まりましたよヒル魔先輩、待ちに待った女装男装コンテストが!」
「……女装男装……」
無意識に俺はぽつりと繰り返した。
聞き間違いじゃあなかったらしい。
今からここで盛大に行われるイベントは、暇なヤツらがこぞって集まるイベントは、沙樹が俺を誘うほど心待ちにしていたイベントは――女装男装コンテストだった。
……おい、完っ璧イロモノじゃねえか。
見る方も見る方だが出る方も出る方じゃねえか。
そうは思ったが、周りの熱とは真逆の血気急降下な俺が、糞観客共と息を合わせて目を輝かせている沙樹に言えることなんざ何もなかった。
くだらねえ、と脳が自然とスリープ状態に遷移しようとしていたところに、
「先輩……」
突然、沙樹の吐息交じりの甘い囁きが鼓膜に響いた。
それにより油断していた脳が一瞬にして叩き起こされる。
――な、何だ急に!?
「実はこのイベント、アメフト部員が何人か参加してるんです」
真っ先に言葉の内容に衝撃を受けた俺は、思わず吹き出してむせた。
ンな糞イベントに参加する糞バカ共は一体どいつだ……!
「委員の人たちから直々に誘われたんですって」
……何やってんだうちの糞部員共は。
誘われたからって出るか、普通?
まあ考えようによっちゃアメフト部の宣伝になるかもしんねえし、脅迫ネタの一つにすんのも悪くねえ。
だが、どう考えてもクオリティは事故レベルになんじゃねえか……。
メリットは見出したものの、何ともいえねえ複雑な状況に俺は呆れ返るしかなかった。
――ま、沙樹がこんなに楽しみにしてんだったら見てやらなくもねえが。
別に興味が湧いたとかそんなんじゃねえけどな。
ンなくだらねえもんに興味なんざ湧くわきゃねえかんな。
また相手のいねえ無意味な反抗を脳内で繰り広げていると、ふとこの手のイベントにおあつらえ向きそうなキャストがステージ袖じゃなく隣にいることに疑問を感じた。
さっき自分にされたのと同じように、気付かれねえよう沙樹の耳元へ近付く。
「お前は誘われなかったのか?」
不意を突かれたらしい沙樹はぴくりと強張った後、少し気まずそうに笑った。
「えっと私は……誘われましたけど、断りました」
「…………そうか」
いや、そりゃそうだよな。
よっぽどの自信家かネタキャラでもなきゃ断るのが大体だろ。
沙樹の性格なら尚更そうだ。
……なのになんで俺は当てが外れたような気持ちになってやがんだ。
もしかして俺は、沙樹が男装するところを見たかったってのか?
偶然にも拝めたメイド服姿とは違い、この先おそらく訪れねえだろう沙樹の男装姿を想像してみた。
……コイツが男装すりゃかなり似合うんじゃねえか。
目鼻立ち整ってんだし身長も高え方だし、スーツやら白衣やらタブリエやら何でも着こなしそうだな。
まあ可愛いっつうより老若男女問わず好かれる美形になりそうな……いや、やっぱ却下だ。
――男装姿すらも俺以外のヤツらに見せたくねえ、なんざ一体どこまで俺のメーターはぶっ壊れちまってんだ。
お遊びの想像も結果的に独占欲の顕在化で終わっちまうイカれた思考を強制終了させる。
余計な考えを取っ払った後に残ったものは、なんだかんだでスルーしちまってた数分前の沙樹の行動。
そういやさっきの耳打ち、沙樹のヤツわざとやったのか?
沙樹のこった、おおかた周りが騒がしいから聞こえやすいようにっつう気遣いからだろうってのは推測できるが。
にしてもあんな声でしゃべる必要あったのか?
一瞬背筋が震えるような、なんつうか――色っぽい、っつうか……。
……何考えてやがんだ俺! イカれんのも大概にしやがれ俺! 今すぐ捨てろその考えを俺!
脳内のクリーンアップに全力を注ぎようやく更地に戻ったところで、すでに例のイベントが進行中だったことに気付いた。
まあ、別にさらっさら興味ねえから問題ねえんだけどな。
「エントリーナンバー四番、いつでもどこでも仲良し三兄弟! アメフト部の十文字一輝、黒木浩二、戸叶庄三~!」
「「「俺らは兄弟じゃねーーー!」」」
「あ、十文字くんたち……ぶっ!!」
ツッコミの内容に説得力が全くない仲良し糞三兄弟が見事に足並みを揃えて登場した。
柄は悪いが見た目は一応『女装』っつうルールに則っているらしく、髪型も巻き髪とストレートと……なんだありゃ、一人頭上に塔みてえなのそびえたってんぞ。
にしても、あの化け物かってほど濃過ぎる化粧に今にもはち切れそうな服が……服が……
「……びっくりするくらい似合ってない……っ!」
沙樹の的確なひと言がツボにハマった。
それは俺の言いたいことと完璧にシンクロしていた。
アイツら――酷過ぎんだろ!
「…………っ、……っ!」
どうしたってせり上がる笑いはこらえきれず、ろくに呼吸もできねえままステージから目を背ける。
だが一度見ちまったもんはもうだめだ。
これは脳裏から離れねえタイプのやつだ。
やっとかっとで呼吸を規則的に整え精神を平坦に保つと、ちょうど糞ネクタイが声を上げた。
「エントリーナンバー五番、人語を話す奇跡の猿! アメフト部、雷門太郎~!」
「誰が猿だムキャアーーーっ!!」
「あ、モン太く……ぶふっ!!」
猿と紹介された野性的な動きの糞猿がステージに躍り出た途端、ついさっき元通りにした俺の呼吸とメンタルが一瞬で崩れ落ちた。
これはだめだ。ほぼ、っつうか完全に反則だ。
野太い金色の眉は普段の五割増しの太さ、誰が惹かれるのか全く予想もできねえどぎつい赤の唇。
これは否応なしに脳裏に刻まれるタイプのやつだ。
すると暴れていた糞猿は注目を浴びていることに気付いたのか、突然ふにゃりと女らしさ(あくまで本人的にはだろうが)を醸し出し始めた。
イメージでいうとおそらく京都の舞妓あたりだろう。
おい、やめろ今すぐ。今すぐやめろ。
観客席の笑い声と俺の中の酸素濃度が異常をきたしてやがんだよ。
もう人間から妙な知識を得たメス猿にしか見えねえんだよ……!
「……先、輩、ほら……見に来て、良かったで、しょう……っ」
「……ああ……大、正解だった、な……っ」
沙樹の途切れ途切れの言葉を聞く限り、俺の状態と同じらしい。
当然っちゃ当然だ。
悪夢が現実になっちまったような光景なんざ見ちまったら、誰だろうとこうなんだろ。
他の糞観客共ものたうち回りながら痙攣しちまってんじゃねえか。
もはや最終兵器だな。
「エントリーナンバー六番、大和撫子風清楚系女子! アメフト部、小早川瀬那~!」
「あ、先輩、次セナくんで…………え?」
完全にお笑いモードだった空気が、『大和撫子風清楚系女子』の登場でがらりと変わるのを感じた。
黄金の脚でフィールドを引っ掻き回す普段の糞チビの姿からは想像もできねえほど、女にしか見えねえ女。
見た目も含め確かに清楚系って文句は合っちゃいるが……。
やけにまごまごしてやがんのは、本来の臆病気質やら照れやらだろうな。
「セナく……いやセナちゃん、可愛い……本物の女の子みたい……」
「……ケケケ! 意外な才能発見だな」
可愛いを連発している沙樹のかたわら、ようやくこのイベントの確実なメリットを取得できそうで上機嫌の俺。
こりゃいいネタになる――どころか、この方面のマニアに売り付けりゃそこそこの儲けになんじゃねえか。
糞三兄弟や糞猿のは使えそうにねえが、『セナちゃん』……イケるな。
「……僕、もう無理だよお! 棄権しまああすっ!」
だがセナはこれまたマニア受けしそうな震え声を上げ、風のように逃げて行った。
その後を追う数人の糞男共。
つうこたあ、アイツらに売り付けりゃ儲かる上に従順な奴隷にもなる……と。
「……ええと、一人が棄権しましたが大会は続行します! エントリーナンバー七番、空を駆ける麗人! アメフト部、姉崎まもり~!」
さっきのカモの個人情報を脳内記憶装置に記録していた最中、刃物で刺されたんじゃねえかっつうほどの金切り声が耳をつんざいた。
うるっせえな、誰だンな馬鹿でかい喚き声上げてるヤツは!
俺の怒りに触れた犯人を見付け出してやろうと思ったが、その必要性はなかった。
なぜなら発狂してやがるヤツは一人じゃねえ――どころか、客席にいやがるほとんどのヤツらがそうだったからだ。
うちわやら弾幕やら掲げて……どこのライブ会場だここは。
会場がいまだかつてない盛り上がりを見せる中、俺は一人場違いに冷める中、渦中の人物がステージに姿を現した。
ただでさえ耳に痛え声が数倍に膨れ上がる。
「まもり先輩、かっっっっっこいい……!」
隣の沙樹は目を輝かせながら一心不乱に見つめている。
視線の先にいやがる糞マネは爽やか推しのパイロット姿で敬礼もどきのポーズだ。
一体何気取りだよテメーはよ、とは思いつつも脅迫ネタ兼マニアへの売れ筋商品になりそうな動画は抜かりなく撮る。
すると、控えめな黄色い声を上げていた沙樹がおもむろにこっちを向いた。
「――ヒル魔先輩、ビデオ回してますよね?」
「ああ。脅迫用にな」
「それ……まもり先輩とセナちゃんのところだけ後で私にも分けてください!」
「ケケケ、見事にハマったな」
まさかマニアがンな近くにいやがったとは。
まあ沙樹から金ぶんどるつもりはねえけどな。
いいネタ取得できた礼も兼ねてだ、プレゼントしてやれ。
***
その後続々と参加者が出場し、最終的に糞マネがグランプリに輝いた。
あんだけ盲目的な信者がいりゃまあ当然の流れか。
どうでも良かったイベント事だったが、脅迫ネタ獲得、売上見込確定、部の宣伝とそれなりの恩恵を受ける結果に終わった。
「――それにしても、審査員特別賞がモン太ちゃんだなんてびっくりですね」
「特別にも程があんだろ」
十分満喫したからか足取りが軽い沙樹のひと言に、率直な意見を返した。
コンテストのくせに一番似合ってねえヤツが特別賞だなんざ、もはや何でもアリじゃねえか。
盛り上がりっつう点に置いちゃダントツだったがな。
「なんでも一番会場を沸かせたかららしいですよ。そういう意味では納得ですね」
「なら『セナちゃん』と『まもり先輩』コレクションに『モン太ちゃん』も加えといてやるよ」
「それは本気で結構です」
半ば冗談のつもりだったが食い気味でぴしゃりと言い放たれ思わず吹き出す。
せっかくだ、おまけでこっそり付け足しといてやれ。
腹を抱える沙樹の姿が目に浮かび、もう一度笑いが込み上げた。