11話 10月29日
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周りのヤツらの目線の流れは大体こうだ。
まず沙樹の奇抜な格好に目を引かれその容姿端麗さに見惚れた直後、隣の悪魔(俺)に気付いて二度見し恐怖や戸惑いや妬みを持ちつつも、最後にゃ意気消沈して地面とご対面。
どいつもこいつも分かりやすいったらありゃしねえ。
まあ、沙樹と並んで歩いてる様を見せびらかしてご満悦状態になっちまってる俺も人のこたあ言えたもんじゃねえけどな。
道行く糞共の視線の向く先を余念なく確認していると、沙樹が振り仰いだのに気付いた。
「あの、先輩……何か食べませんか?」
「随分早えな。まだ昼時でもねえっつうのに」
体感の時間から反射でそう答えた。
時計に目をやると案の定まだ十時。
行く先行く先食いもん屋ばっかだかんな、匂いにつられて食欲が湧くのも沙樹ならあり得る。
そうでなくてもメイドカフェの配膳やってたコイツだ。
食べたくても食べらんねえジレンマをずっと持ってたとしても不思議じゃねえ。
「カフェで食べ物運んでたら、お腹空いちゃいまして」
予想通りの答えを沙樹が苦笑いしながら口にした。
その照れくささがこっちにまで伝わって不意に自分の口角が上がる。
つまり俺は今、沙樹と顔を突き合わせている状態っつうわけで――客観的に見りゃ平気そうに見えるが、実はそうでもねえ。
全力で顔逸らしたり脳内大混乱に陥ったりするほど魅惑的な沙樹の姿が、一瞬にして平気になるようなマジックなんざありゃしねえ。
だから何とか対処法をひねり出した。
顔面、それも主に目だけを見て服装および全体像は視界に入れねえことだ。
これでだいぶ軽減される。
必死こいて何やってやがんだ俺、と突っ込みたくもなるが今は否応なしの状況だ。
悩んでんのか照れ隠しなのか、両手の指を合わせてくるくる回している沙樹の様子を何とはなしに眺めた。
つうか文化祭に二人で食べ歩き、なんざ。
――ちょっとしたデート気分じゃねえか。
いや、この程度をデート枠に分類しちまったら後がつかえちまうか?
それなら以前行ったコーヒー専門店での方がよっぽどそれらしい。
だが沙樹以外のヤツと過ごすなんざ考えもできねえかんな、俺としてはデートの一つに数えても問題ねえくらいだ。
沙樹はンなこと思ってもねえだろうが。
『デート』なんつう数ヶ月前までの俺じゃかすめもしなかっただろう甘過ぎる語句に、一人含み笑いを漏らした。
「なら適当に食べ歩くか。知らねえとこでつまみ食いされちゃ敵わねえかんな――どっかの誰かサンみてえに」
「なっ! 私はまもり先輩みたいなことはしませ…………あ」
「ケケケケケ! よく分かってんじゃねえか!」
分かりやすい引っかけに見事にはまってくれた沙樹は、しまったとでも言いたげに口元を覆った。
ばつの悪いその表情が何ともおかしい。
普段から仲の良い糞マネをうっかりこき下ろしちまったことは本人にとっちゃ謝罪案件だろうが――俺にとっちゃ笑いの種にしかならねえ。
笑い過ぎて腹がつりそうになっていると、頬を膨らませた沙樹に軽く睨まれた。
「……先輩、意地悪です」
「そりゃ今更だな。ま、腹満たせることになったんだからいいじゃねえか」
「……そうですけどー」
肯定しつつも納得のいってねえトーンと面持ちに、また笑いが込み上げる。
おかしい、っつうより――可愛い。
俺のたったひと言で簡単に表情が変わるコイツが。
……まあからかうのはここら辺にして、本題に入っか。
「なら沙樹の食いてえもん片っ端からいくぞ。何がいいんだ?」
「えーっと、じゃあ最初は唐揚げ食べたいです!」
「唐揚げだな。お、丁度そこにいいのがあんじゃねえか」
周りを見渡すとすぐそこにうってつけの店があった。
看板にはうさんくさくも『世界一(自称)の塩昆布唐揚げ』とあるせいかすでに数人並んでいたが、例によってンなもん俺には関係ねえ。
店の真横に行きわざとらしく脅迫手帳をめくってみせると、案の定糞店員共は血の気の引いた顔で唐揚げを詰め始めやがったし、並んでいる糞共は我関せずの態度を見せ始めた。
容器に山盛りになった唐揚げを手渡され、最後にレジ代わりの箱を一瞥すりゃあ――代金はいらないと全力で首と腕を振られるとこまで読み通りだ。
これが正しい奴隷のあり方ってもんだな。
シンプルかつスマートに押収品を手に入れた俺は沙樹の元へと戻った。
「ほらよ。唐揚げ」
「あ……りがとうございます」
どもった風に見えた沙樹だったが、すぐに刺された爪楊枝に手を伸ばす。
その瞬間――『何かありそうだ』。そうよぎった俺の直感に従いこっそりカメラを回した。
「…………ん! これは!」
沙樹は期待に満ちた表情でかぶり付いたかと思えば、一変して驚愕の顔付きになった。
眉を寄せているその顔はさながら名探偵が難事件の証拠をようやく発見したときみてえだ。
かと思いきや、とろんととろけるような目元に早変わりする。
何かもごもご言ってやがるが如何せん咀嚼しながらだから全てが「ん~」としか聞こえねえ。
そのうち催眠にかかったみてえにまぶたを閉じ、完全にコイツの世界に入っちまった。
……なんだこのろくにしゃべってもねえのに面白さがにじみ出てやがる絵面は。
俺の直感大正解じゃねえか。
「………………沙樹」
「んっ!?」
唐揚げの海に浸ってたらしい沙樹がようやく目を覚ました。
俺のことなんざ一切忘れて至福に溺れていたことがはっきり分かる。
「お前……どんだけ美味そうに食うんだよ。そのまま昇ってきそうだったぞ」
「いや、あのこれは……」
唐揚げに負けたことより、あまりにも幸せそうに食べる沙樹の表情に引き込まれたことのが勝った。
何でコイツはいちいち面白えし可愛いのか。
何でこんなにも俺のツボを的確に突いてきやがるのか。
そう考えりゃ、改めてすごいヤツだなコイツは。
唐揚げなんざに沙樹のポテンシャルの高さを再確認させられていると、その当事者が赤面したまま勢い良く頭を持ち上げた。
「先輩、もっと一緒にいろんなもの食べましょう! 目指すは全制覇です!」
大食い会場ならともかく文化祭で聞くような言葉じゃねえ言葉に、またじりじりと笑いが押し寄せてくる。
コイツは一体何と闘ってんだ。
まあでも楽しんでるみてえだしな、ここは乗るっきゃねえ。
「そうこなきゃな。安心しろ、お前の幸せそうな顔は全部撮っといてやる。もちろんさっきの唐揚げ食ってるときの顔もな」
「え、いつの間に!?」
本気で驚いた風の沙樹がひときわ大きな声を張った。
俺がすっぱ抜くときは脅迫のネタになるっつうのが定例だが、今回のは違え。
そもそも沙樹に脅迫なんざするつもりはねえかんな。
今回のはまあ……コレクションってことにしとく。
「……脅迫するのはいいですけど、どうせならもっとマシなネタにしてください!」
「ケケケ、さすが並のヤツとは考え方がひと味違えな! よし次行くぞ!」
予期せぬ反応を見せた沙樹はやっぱり俺を飽きさせねえ。
――どこ探してもこんなヤツ、他じゃきっと見付かんねえな。
無意識に鼻歌が出そうになるのを抑えつつ、次の店へと進んだ。
***
「どれもこれも美味しい~!」
「お前の腹はブラックホールか何かか?」
最初の唐揚げからわずか一時間、今はさすがに素で突っ込まざるを得ねえ状況だ。
なぜならコイツがこの短時間で食ったものは、唐揚げ、フランクフルト、たこ焼き、フライドポテト、コロッケ、肉まん、唐揚げ。
なんですでに食った最初の唐揚げを最後の締めとしても持ってきたのか分かんねえ。いくら美味かったとしてもだ。
なんつうか……とにかく圧巻なその食いっぷりのせいで、いろんな感情を飛び越えて笑う以外ねえ。
「ケケケ、そんだけ食やあお前が糞デブの妹だって誰も疑わねえな」
驚くべきは糞デブみてえに食ったもん全部が脂肪に変わるわけじゃなく、痩せの大食いだってこった。
普通はこんだけ食や太るはずだが……その遺伝子は似なくて良かったな。
「先輩、最後にクレープ食べたいです!」
さすがにもう終わりだろうと思い込んでいたところにとどめのひと言が投げられる。
しかも若干鼻息荒く、あれだけ食ったのにまだ心から楽しみな風で。
その言葉と様子が俺の好奇心を揺さぶった。
「まだ食えんのか?」
このフードファイターばりの食いっぷりがどこまで続くのか見てみてえ。
そう思った俺は面白半分にふっかけるような聞き方で返した。
「もちろんです! デザートは別腹ですし!」
頼りがいのある自信たっぷりの笑顔を見せ付けられ、殊更期待値に拍車がかかった。
その後休憩がてらとしても寄った糞三年らが営む欧風カフェ。
いかにも学生の文化祭っつうような他の店に比べて、ここはどことなく高級感が漂ってやがる。
落ち着いた風体の糞店員の中には、俺を見るなり立ったまま気絶しちまったヤツもいるみてえだが。
俺の脅迫手帳は年上だろうが校長だろうがどうでもいいヤツら相手にゃ例外なんざねえ。
今後もこの調子でどんどん拡大して――お、やっと運んできやがった。
テーブルに静かに置かれたのは十分前に注文した俺のコーヒー。そして沙樹のハーブティーと――
「……クレープシュゼットって初めて聞きましたけど、こんなオシャレなものなんですね……」
「普通のヤツと全然違えんだな」
クレープっつうからには一般的なイメージの持ち運び可能なヤツだと思っていた。
だが実際に出てきたクレープシュゼットとかいう食いもんは生地が巻かれているわけでも、中に果物やクリームが詰まっているわけでもなかった。
たたまれて平になった生地、そして思いの外少なめに盛られたクリームとオレンジの果肉。
皿自体が温まってんのか知らねえが、横たわったバニラアイスはすでに接地面が溶け始めちまっている。
……甘ったるい匂いからして沙樹や糞デブが好きそうな類だ。
しかまっちまいそうな顔を抑えつつ、目の前の沙樹がナイフとフォークを懸命に操っている様を眺める。
「早速ひと口……あ、美味しい~上品な味~」
唐揚げを食ったときの過剰とも言えるリアクションとは全く違い、沙樹はその『上品』な味と同じく優雅な反応を示した。
食いもんによってこんなにも違えのかよ、と内心突っ込んで小さく笑う。
ただ共通してんのは、どちらも本当に美味いんだろうその味の良さがひしひしと伝わってくるってことだ。
「お前の場合はその美味そうな顔だけで食レポになりそうだな」
「ひと言も発しなくても成り立つかもしれませんね、番組」
「違いねえな」
コーヒーを口にしながら表情だけで全てを物語る沙樹の食レポ姿を想像してみる。
新しいスタイルの確立だな、と笑いながらふと沙樹の口元に目をやると、
――おい、嘘だろ?
沙樹のやつ……クリーム付けてやがる。
肝心の沙樹はそれに全く気付いちゃいねえ様子で、失態をさらしちまってることも知らずにひたすら目の前の好物に夢中になっていた。
コイツのこのはしゃぎっぷりは一体どっから来てんだ?
文化祭がそんなに待ち遠しかったのか?
初めての文化祭ってのは普通こうなるもんなのか?
まあ俺も初めてみてえなもんだが――にしても、飛び抜けて浮かれてんなコイツは。
この間抜けな見た目を放置すんのも面白いとは思ったが、後から怒ってむくれんのが目に見えた。
それはそれで良いってもんだが……今は照れさしてやれ。
「沙樹」
「はい?」
沙樹がこっちを向いたタイミングで、腕を伸ばして口元のクリームを拭い取る。
「クリーム付いてんぞ。ケケケ、幼稚園児みてえだな」
本当にコイツは。
何から何まで可愛すぎる。
そんなことを思っていたときに、「せめて小学生にして欲しいです」と沙樹から大人しめの抗議が聞こえた。
そういうずれたところもまた面白えんだよ、お前は。
すると唐突に――長らく味わったことのねえ味覚が舌にまとわり付いた。
「……糞甘……っ!!」
油断してた。完全に。
クリームを指で取ってやったのはいいが。
つい流れで口に運んじまった……!
なんだこの糞甘を糞甘で何重にも包んで糞甘で煮詰めたみてえな甘さは!
誰がこんなもん好き好んで食うってんだ、ハエでも食わねえぞ!
狂的なまでのこの甘さが口全体に広まる前にとすぐさまコーヒーをあおった。
思いの外冷めてなかったことに直前で気付いたが、今は火傷する方がまだマシだ。
舌への刺すような痛みをこらえつつ、明確な殺意を込めて禍根の食いもんを睨み付けた。
……いや、今のは完全に俺が悪い。
浮かれちまってた証拠だ。
別にこの食いもんが悪かったわけでも、もちろん沙樹が悪かったわけでもねえ。
「あ、あの先輩――」
「お前は悪くねえかんな。謝んな」
先回りして沙樹の口から飛び出てくるはずだったろう謝罪を防ぐ。
それでもその性格からか、やや落ち込んだ様子になっちまったみてえだ。
何かしらフォローできねえかと頭を回転させる。
「……まあ、沙樹の好きな食いもんがどんな味かみてやろうと思ってな。――想像以上に暴力的だったが」
これは嘘だ。
いや厳密に言やあ半分嘘で半分本当だ。
沙樹の好きな食いもんを共有してえってのは本当だが、甘いと分かってんのについ口にしちまったのは単なる過失だ。
クリーム付けながらのんきに食い続ける沙樹の姿に気を取られてたなんざ、言い訳にもなりゃしねえ。
すると紅茶のカップを大事そうに抱えた沙樹がクスクスと笑った。
「私はお兄ちゃんと同じく甘党ですから、私のペースに合わせるとヒル魔先輩倒れちゃうかもしれませんよ?」
「みてえだな。金輪際口にゃしねえ」
気落ちムードが去った風なところを見ると、一応フォローとしての役割は果たせたらしい。
……やべえな。思った以上にのぼせ上がっちまってやがる。
今日はまだたっぷり時間あっから、さっきみてえなバカしねえように気付けねえとな。
気を取り直すのと口直しとでもう一杯コーヒーを頼み、二人でもうしばらく他愛ない時間を過ごした。