11話 10月29日
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先週の胸糞悪い悪夢のような日から早十日が過ぎた。
あれ以来糞ゲジ眉は泥門に来ちゃいねえが、あの飄々とした野郎のこった。次またいつ来るか分かりゃしねえ。
だからといってずっと気張ってんのもそれはそれで向こうの思うつぼだろうから、いっそのこと記憶から消し去ることにした。
だが沙樹と口論になったことは完全に消去できず――面と向かってバカたあ言い過ぎたかと若干気掛かりだったが、その後の沙樹はさほど気にしちゃいねえ様子だった。
アイツの元々の切り替えの早さもあるだろうが、敗者復活戦の末に東京代表入りを果たしたことも気に留めなくなった理由の一つになったんじゃねえかと思う。
沙樹のやつ泣いて喜んでたかんな。
とりあえず首の皮一枚は繋がった、と練習に更なる厳しさをはらませようと画策しているうちに――
文化祭なんつう迷惑極まりねえイベントがきやがった。
文化祭なんざ大してクオリティも高くねえ所詮高校レベルの模擬店出したり、自己陶酔したヤツらが調子に乗って余興っつう名の恥をかいたり、誰が興味あんのか分かんねえような面白くも糞もねえ展示物や作品を並べてみたりと、グラウンドが使用禁止になる他にもろくなことはねえ。
――まあ百歩、いや万歩譲って沙樹と見回るってんならまだ有意義に過ごせそうなもんだがな。
図らずもその光景が勝手に脳内で再現され、一瞬キーボードを打つ手が止まる。
……悪くはねえ、が。
俯きっぱなしで血流が悪くなった背を伸ばし、ひと息ついて空を仰いだ。
愛想の良いアイツのこった。友達やら何やらと一緒に回るんだろうよ。
俺は誘われてもねえかんな、こういうイベントにゃ興味ねえからお呼びじゃねえってこったろ。
目線を画面に戻しデータの続きを処理する――が、いつの間にかさっきまで積み上げていた情報が頭からすっぽり抜け落ちちまっていた。
……しまった。うっかり思い描いちまった沙樹との光景が頭から離れねえ。
バカなのは俺じゃねえか、と何となく呪い返しを受けた気分でひとりごちる。
――そういや沙樹のクラスがカフェやるって、糞デブがほざいてたな。
沙樹のこった、調理にしろ配膳にしろそつなくこなしちまうんだろう。
マネージャー業をてきぱきと片付ける沙樹の普段の姿からは、何に対しても(テストのときみてえに忘れさえしなけりゃ)要領が良いだろうことは容易に推測できる。
こっちが爽快になるくらい完璧にさばく場面を見てみてえ、と思う俺はもうアイツの無意識下になせる術中にはまっちまってるような気すらしちまう。
……ま、文化祭なんざに興味はねえが、ここはひとつアイツの勇姿でも拝みに行ってやっか。
自然にのどの奥からケケケと漏れ出た声は、自分が思いのほか楽しみにしちまってることを気付かせた。
***
「……あれか」
模擬店はどこも始まったばかりらしく他の店はまだちらほらとしか客が付いてねえのに対し、沙樹のクラスの前には眼を見張るくらいの行列ができていた。
メニューの書かれた看板は入口付近にあるみてえだが人混みのせいで全く見えねえ。
まあカフェっつうくらいだ、コーヒーの一つや二つはあんだろ。
と、いつの間にか当然のように居座ろうとしていた自分に多少ばつが悪くなる。
……目的は沙樹の仕事っぷりを見ることだかんな。別にのんびりしようなんざ思ってるわけじゃねえ。
変に抵抗心を抱えながら、とりあえず列を無視して一気に入り口へと割り込む。
っつうより列の方が俺を避けたと言ってもいい。
遠巻きにされんのもこういうときにゃ便利だな、そう思いながらずかずかと中へ進むと四方八方から店特有の過剰な挨拶で出迎えられた。
その後にわずかなうめき声や悲鳴が聞こえたのは、おそらく俺の忠実な奴隷のうちの何人かが混じってやがるからだろう。
肝心のアイツは――
「いらっしゃいま――って、え!? ヒル魔先輩!?」
「…………沙樹?」
奥の厨房らしきところに戻ろうとしていた一人が挨拶がてら振り向いたところで――それが沙樹だと分かった。
ケケケ張り切ってんじゃねえかと普段ならからかいつつもねぎらうもんだが、ンなことできもしねえ。
それどころか、分かりきってやがるくせに改めて名前を呼んで本人確認しちまうほど俺の頭は一瞬にして鈍っちまった。
きっと今の俺は糞糞糞バカ以外言いようがねえくらいの間抜け面さらしちまってんだろう。
なぜなら、沙樹のその姿が。
――コスプレ、だと?
沙樹が身を包んでいるのは――
丸く膨らんだ動かしづらそうな袖、
何の意味があんのか分かりゃしねえでかでかと主張したリボン、
そこら中にあしらわれた過剰なまでのフリル。
――そう、つまりはメイド服だ。
これ以上ねえってくらい赤くなった沙樹はトレイで自分を隠しちゃいるがどう頑張っても申し分程度で、隠し切れてねえ生足がすらりと伸びている。
鈍った俺の糞脳がここでようやく動き始めたがどこか様子がおかしい。
……コイツなんでンな格好してやが(可愛い)
一体誰がメイドカ(可愛い)企画しやがっ(可愛い)
そもそも何(可愛い)は(可愛い)(可愛い)(可愛い)(可愛い)
だあああああああうるっせえんだよ俺の糞本音!
分かってんだよ、沙樹が可愛いなんてこた!
メイド服が完璧似合ってやがる上に照れて恥じらわれた日にゃ可愛い以外の感想なんざ出てこねえんだよ!
俺に恨み持ってるヤツが沙樹を刺客として送り込み骨抜きにしたところを一気に陥れる罠でも張ってんのかと疑いたくなるほどの破壊力だなんてこた分かってんだよ!
絶叫真っ只中の脳内とは裏腹に俺の表面は落ち着いていたらしく、自然と口が動いた。
「沙樹……おま、なんつうカッコ」
「いやあああ言わないで、言わないでください先輩! 私十分分かってますから! こんな可愛いの似合わないって分かってますからああ!」
いや違えだろ! 違えにも程があんだろ!
似合い過ぎてんだよその服が!
お前の美人さと服の甘さが妙にマッチしておそるべき相乗効果を発揮してやがんだよ!
しかも顔真っ赤にして照れる仕草も爆発的に破壊力を底上げしてやがんだよ!
よく見やがれ、周りの糞男共の視線独り占めしてんぞ!
脳内では蜂の巣さながらに一斉掃射する俺、ひたすら高笑いしながら全力で壁にボールをぶつけ続ける俺、ドリルで遠慮なく地面を削る俺、火炎放射器で辺りを火の海にする俺共が場を荒らしに荒らし、この世の終わりレベルの混乱を極めている。
そんな中この修羅場にどでかいミサイルを落としケタ違いの衝撃で全てを塵に還したのは――たった一人冷静さを残していた普段の俺。
――落ち着け。とりあえず落ち着け。
今は脳内戦争おっ始めてる場合じゃねえ。
優先すべきは沙樹の魅力を延々と語ることじゃねえはずだ。
沈静化した脳内の気を取り直し、すぐにトップスピードで動かし始める。
そうだ、よく考えりゃコイツが自らンなキワモノみてえな格好するはずがねえ。
誰か元凶がいやがるはずだ。
クラスの出し物をメイドカフェなんざに決定し、ひいては沙樹にこんな格好をさせた輩が。
すべきことが見えた俺はすかさず愛用の銃を構え直し、天井を一発ぶち抜いた。
悲鳴や喚き声が上がった室内を誰とは言わずじろりとねめ回すと瞬間静まり返る。
よし、ひとまず場は整った。
「ここの糞責任者は誰だ」
特定の人物に尋ねるわけでもなく、空間全体に問うた。
と、奥の方から糞男が焦った様子で走り出て来たが……なんとも責任者らしからぬ威厳のなさだな。
この糞ヒョロ男がここをメイドカフェなんつうイロモノにしやがった首謀者か。
いかにもそういうのが好きそうな雰囲気してやがる。
唯一図りかねるのはなんで両手にそれぞれトングを握ってやがるかっつうこったが、まあこの際それはどうでもいい。
てこたあコイツが沙樹にあの服を着させたわけで――、
……上出来だ。
珍しく言葉で他人を褒め、小さく親指を立てた。
当然表に出さねえ脳内だけでの一連の流れだが。
到底見るこた叶わなかったであろう(つうより思いも付かなかっただろう)沙樹のメイド姿を実現させたことは称賛に値する。
ただ――それを着た沙樹を糞男共の群れに放り出したことは罰せられるべき事実だ。
しかも前回の糞ゲジ眉の件で更に浮き彫りになった通り、沙樹自身にはまるで危機感がねえんだから尚更だ。
ここは俺がコントロールするほかねえ。
「コイツは今から宣伝役として外回りさせる。構わねえよなァ?」
今度はイメージじゃなく実際に親指を動かし『コイツ』を差す。
『コイツ』とは言わずもがな沙樹のことだ。
これ以上ここで働かせちまうと余計な糞野次共が見る間に湧いて出やがるかんな。
威力絶大な沙樹のこの姿をのんきに他のヤツらにお披露目してる場合じゃねえ。
小刻みに震えてやがる糞クラス委員に容赦なくふっかけたのは、もちろん提案なんつう生易しいもんじゃねえ。
これは命令だ。
だがあえて口調を命令形じゃなく疑問形にしてやったのは、その功績に対する少しばかりの恩赦だ。
そしてふっかけられた相手が狂ったように何度も頷きたおすのを確認し、
「だとよ。来い沙樹」
この下品な視線だらけの空間から一秒でも早く沙樹を連れ出したかった俺は、すぐさまコイツの手を取った。
「え、え? ヒル魔先ぱ……ええっ!?」
本人の困惑をよそに半ば無理やり引き連れる。
表面上あの糞委員に了承も得たしな、ここでの仕事なんざ知ったこっちゃねえ。
とにかく何を置いても沙樹をここから逃がすことが優先だ。
周りの目をかいくぐり、沙樹の手をしっかりと握ったまま教室を後にした。