10話 10月18日
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
糞ゲジ眉に泥門流の個人練習をたっぷり見せつけた後、全体練習に入った。
むしろヤツにとっちゃこっちのが偵察のメインだろう――って、どこ行きやがったアイツ。
グラウンドのわきにちらりと目線をやると、糞ゲジ眉が突っ立ってやがるはずのそこには誰もいやしなかった。
もしかして俺が考えてたみてえに、こっそり部室にでも忍び込んでいろいろと漁ってやがんじゃねえか。
重要なブツは置いちゃあいねえものの、自分の領域を無断で荒らされんのは気に食わねえ。
一体どこに――
目を凝らしながら素早く周囲を見渡すと、目的のヤツはすぐに見付かった。
……がその瞬間、自分の中の不快度が一秒も経たねえうちに限界直前に達する。
なんでテメーがそこにいやがんだ。
事もあろうに一番いて欲しくねえ――沙樹の隣に。
糞ゲジ眉はあろうことか沙樹と同じベンチに腰掛けてやがった。
しかもどうやら沙樹と話しているらしい。
何となく和やかな空気が流れてるように見えなくもねえ。
「チッ……」
ンな忌々しい光景なんざ見ちまったら、舌打ちの一つや二つ出るってもんだ。
あの糞ゲジ眉野郎――試合のときはあんだけ無情なくせして、沙樹の前じゃ優男気取りやがって。
ここぞとばかりにいいカッコしようとしてんじゃねえよ。
そもそも今日のテメーの目的は泥門の偵察だろうが。
俺らの練習そっちのけで一体何に集中してやがんだあの糞が。
無関係なことしやがるんなら即刻帰りやがれ!
……つうか沙樹も沙樹だ。
あんな性格悪い野郎に愛想良くしてんじゃねえよ。
他校のライバルとは話したくありませんとか何だとか言って突っぱねやがれ。
――ンなこた言える性格じゃねえってのは分かっちゃいるが、それでもニコニコする以外の選択肢くらいあんだろ!
とめどなく湧いてくるぼやきは、アイツらが一緒にいやがることだけじゃなくその会話が全く聞き取れねえことも原因だ。
普段だとこんくらいの距離なら聞き取れるのに、なぜか今日は耳に入ってこねえ。
だから――沙樹が糞ゲジ眉と何の話をしてあんなに楽しそうにしてやがんのか、一切分かんねえ。
今はっきりと分かんのは……糞ゲジ眉をどうやって地獄に落とすかっつう百の方法だけだ。
脳内でありとあらゆる悪どい手法をこねくり回していると、俺の目にまさかの光景が飛び込んで来やがった。
いつの間にかさっきより近くなっていやがったアイツらの距離、それと。
紛れもなく意図的に伸ばされた糞ゲジ眉の片手。
その先にあるのは、沙樹の頬――
考えるより先に身体が動いた。
間髪入れずに放った俺の一発は、今にも影が重なっちまいそうだったあの二人のど真ん中を切り裂いた。
……更に言えば俺の堪忍袋の緒も断ち切った。
見て分かるほどにわざと嫌悪感をばらまきながら最短距離で現場に近付く。
「危ない危ない……今のは本気だったね」
どうせ当たりっこねえくせに、いけしゃあしゃあとそう口にしやがるとこが心底憎らしい。
本気にさせたのはテメーだっつうことくらい分かってやがんだろうが。
「テメー、糞ゲジ眉! うちのマネージャーに何しようとしてやがんだ! 目的が違うだろうが目的が!」
「まあ違わなくもないんだけど」
初めとは明らかに矛盾したことをさらりと言ってのけやがった糞ゲジ眉に、緒どころか堪忍袋の中身までが豪快にぶちまけられた。
フェイクなんかじゃねえ本物の鉛の弾がこめられた物々しい銃を一斉に構える。
「……ぶっ殺されてえらしいな」
どうやっても収まりそうにねえ怒りを短い死刑宣告に乗せ、射殺すくらいの目力で睨み付けた。
明確な殺意が自分の中に充満してやがんのが手に取るように分かる。
単におしゃべりしてえだけならまだ情状酌量の余地はあった。まあそれでもブチ切れ寸前だったけどな。
――だが、沙樹に触れようとした時点で完全にアウトだ。
そいつはぽっと出のテメーなんかが気軽に近付いていい女じゃねえんだよ。
そいつはテメーの汚え手で気安く触れていい女じゃねえんだよ。
緩みなく鋭い視線を刺し続けていると、糞ゲジ眉は趣味の悪いテンガロンハットだか何だかのつばを下げて隠すように笑った。
「マネージャーだから……ってだけじゃないでしょ、それ」
「あ?」
言葉の意味を考えたその刹那、放っていた殺意が途切れる。
言葉の意味を理解した瞬間、少しの焦燥感がこぼれ出た。
――コイツもしや。
些細な自分の動揺すら悟られねえように、目線で更に鋭く射抜く。
「悪魔と呼ばれど、ちゃんと人の子なんだねえ。ヒル魔氏も」
……やっぱりか。
土壇場での俺の悪あがきは通用しなかったらしい。
目ざといことに、コイツは気付いてやがる。
俺の沙樹への気持ちに。
表面上は当然おくびにも出さねえが、内心憤りと焦りとでごちゃまぜになる。
本人はもちろん周りのヤツらにも悟られねえつもりだったが、まさかよりによってこんな最悪の糞野郎に見付かっちまうなんざ。
認めたくはねえが危機感が少しばかり足りなかったか。
――とにかく、この件について糞ゲジ眉にこれ以上くっちゃべられんのはまずい。
どうやって帰すか……。
最善策を考えあぐねている最中に、何を思ったか糞ゲジ眉はアメリカナイズな呆れる仕草を見せた。
「はいはい、分かったよ。退散すればいいんでしょ」
そうだ、退散すりゃいいんだ。そうすりゃ全てが収まるんだよ。
……俺の煮えくり返ったはらわたは収まりゃしねえけどな。
とっとと帰れオーラを放ちながら、少なくとも完全にコイツの姿が見えなくなるまで微塵も下ろすつもりはねえ銃を構え続ける。
「またね、沙樹ちゃん」
「あ……はい、また」
糞ゲジ眉がようやく帰るっつうことでほんの一ミリだけ溜飲が下がりそうだった――が、すぐに元の状態に戻った。
沙樹にだけ挨拶したことや目線を送ったことで、糞ゲジ眉が沙樹を特別扱いしてやがることがはっきりと見て取れたからだ。
しかもあえて全員の前でするってこたあ、隠す気がねえってこった。
……糞、意味ありげな視線送ってんじゃねえよ。何様だよテメーはよ。
のんきに腰の低い挨拶をしてやがる沙樹の前に躊躇なく立ちはだかり、見えないように沙樹を隠す。
「また、とか二度目もある風にほざいてんじゃねえよ糞ゲジ眉が。テメーは金輪際、沙樹にゃ近付かせねえかんな」
コイツ、どうあっても沙樹に印象を刷り込ませてえみてえだな。
大方次の機会を狙ってやがるんだろうが……ンなこと俺が止めねえわけねえがねえ。
沙樹をこの糞ゲジ眉の毒牙にかけるわけにゃいかねえんだ。
普通のヤツならビビって逃げ出しちまうほどの声色でも、この糞ゲジ眉にはそこまでの効果はねえのが悔やまれる。
「必死だねえ、ヒル魔氏も……じゃあね」
捨て台詞らしきものを言い置いて、やっと糞ゲジ眉は泥門を後にした。
だがアイツは最後の最後まで俺を苛つかせてくれやがる。
必死だと? そりゃそうだろうが。
こちとらうっかり『コイ』しちまった相手に四六時中振り回されてんだよ。
アメフトよりも影響力があるもんなんざ初めてなんだよ。
余裕ぶっこいて後で痛い目見るくらいなら、必死だろうが何だろうがあがいてた方が圧倒的にマシなんだよ。
特にテメーみてえな厄介な野郎相手じゃ、傍観者でなんざいらんねえだろうが。
「……チッ、あんの糞糞糞ゲジ眉が――」
心底憎らしげに言い捨てた後、ふと周りのヤツらが俺に視線を集中させてやがることに気付いた。
おそらく俺の怒りにビビってやがんだと思うが、今の俺にはそんな些細なことですら火種になり得る。
「テメーら何ぼさっとしてやがんだ、すぐ練習すんぞ! とっとと持ち場戻りやがれ糞ガキ共!」
糞ゲジ眉に食らわすはずだった銃弾を四方八方に散らし、やつあたり気味に練習を再開した。