9話 10月10日
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来たる十月十日。
今日は体育祭を利用して、糞ガキ共にバンプを教えなきゃなんねえ。
その目的がなけりゃ、こんな面倒な行事なんざ完全無視して今頃とっくに練習に浸ってる。
アイツらに勘付かれねえよういろいろと根回ししとく必要があんな。
――にしても、今日はバカみてえに暑い。
もう十月だってのに残暑どころか真夏みてえな暑さだ。
次から次へと目に入り込もうとしてきやがる汗を腕で拭うと、ふとイメージ的に暑さに弱そうな沙樹のことが頭によぎる。
アイツ、今日の暑さに耐えられんのか?
白い鉢巻軍団の比較的初々しそうなエリアに目をやると、そこに沙樹はいた。
丁度鉢巻を取ったところらしく、タオルで顔やら首やらを押さえていた。
隣の友人らしき女と談笑しているその姿は、他のヤツらと何ら変わらねえように見える。
――だが、『見える』だけだ。
正直、衝撃だった。
沙樹の過去のこと。
あの後糞デブが沙樹を支えてやれなかったことを何度も謝ってきやがったが、アイツのせいじゃねえ。
当時子供だったアイツらには、どうしようもなかったことだ。
……そのとき俺がそれを知ってたとして、何かできたかと言えばきっと何もできやしなかっただろう。
だからこれからは、その分俺が何とかしてやりてえと思うんだ。
沙樹のために。
惚れちまった女のために。
俺は無意識に鼻で笑った。
……惚れちまった、か。
俺は恋愛なんざするような性格じゃねえっつうのに。
誰かを好きになるなんざあり得ねえと断言する自信すらあったのに。
自分にゃ全くの無関係だった土俵に、知らねえ間に引きずり込まれちまってた。
今までは恋愛ごときにうつつを抜かす糞馬鹿共のこたあ心底理解できなかったが、今なら少しくらいは理解してやってもいい。
――きっとソイツらも、今の俺と同じような感覚なんだろう。
ただし俺は腑抜けにゃなんねえけどな、と誰に対してなのかも分かんねえ牽制もちゃっかり付け足しとく。
まあ、俺の恋愛観はどうでもいいとしてだ。
幸せにしてやる、なんざ大きく出たはいいが――
具体的にその先を叶えようとすると、どうあっても『コクハク』なんつう未知の巨大な扉が邪魔をしやがる。
俺が、沙樹に? 好きだって伝えんのか?
……かけらも想像できねえな。自分がンなことしてる図なんざ。
そもそも俺にその気があろうが沙樹はどうだか分かりゃしねえ。
うまくいきゃあそれにこしたこたねえが、最悪アメフト部辞めるほどのショックを受けちまうかもしれねえ。
そうなりゃ今の関係よりもはるかに悪くなっちまう。
成功する可能性は0%じゃねえと信じてえが……
――これについては一旦保留だな。
自分で自分をなじりたおしてやりてえほど弱腰だが、これに関しちゃデータ収集も分析もできたもんじゃねえためにこの件だきゃあ特別だと目をつむる。
そうこうしていると、前の種目が終わった旨の放送が耳に届いた。
……おっと、敵さんらを威嚇しとかねえとな。
負けたら死ぬぞっつう刷り込みを、糞ガキ共に植え付けるためにも。
「ケケケケケ! 白組が勝った暁には……テメーらどうなるか分かってんだろうなァ!?」
「ひえええぇぇ!」
「お助けえええぇぇぇ!」
数度発砲しただけで揃いも揃ってこのザマたあ情けねえにも程があるが、とりあえず効果は抜群だ。
背水の陣に追い込みゃアイツらも必然的に死ぬ気でやんだろ。
――ただ唯一気にくわねえのは、糞マネがやたらとこっちを見ながらニヤニヤしてきやがることだ。
ずっと俺を目の敵にしてガシャガシャ口挟んできてた鬱陶しいヤツが、何をどうすりゃ急に世話焼きババアもどきに転身すんのか。
わけが分かんねえ。
テメーは狂った高笑いマダムに集中してやがれ。
「次の種目は着ぐるみ二人三脚リレーです。参加者は着ぐるみを着用してください」
誰が考えたのか知れねえ趣味の悪い内容の種目を淡々と読み上げる放送が流れる。
チッ……ついに来やがった。
そもそもなんで俺がうさぎの着ぐるみなんざ着なきゃなんねえんだ?
ただでさえ糞暑いのによ……。
用意された真っ白なうさぎの着ぐるみを強引に引ったくり、しぶしぶ袖を通す。
どうせ汚れんのになんで白にしたかも謎だ。
まあ大仏だとかオムツなんざよかはるかにマシだがな。
着ぐるみの上から鉢巻を巻き銃を担いだ途端、後ろの方から甲高い悲鳴が聞こえてきた。
――沙樹がいた方向だ。
瞬間嫌な胸騒ぎが広まり、別のヤツであってくれと願いながら振り返る。
倒れていたのは――
俺の願いも虚しく、一番そうであって欲しくなかった人物。
「沙樹っ!!」
ぐったりと横たわるその姿に一秒でも早くと駆け寄る。
沙樹の身体は熱く、汗も大量にかいていた。
――熱中症か。
まだ南中にはなっちゃいねえが、それでもこの暑さだ。
直射日光の強さに耐えられなかったんだろう。
とにかく、すぐに屋内へ運ばねえと……!
そう判断した俺はすぐさま沙樹を抱きかかえ、保健室へと猛ダッシュした。