1話 3月18日
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校舎裏にある俺らアメフト部の部室は、とにかく狭くて小さくてボロい。
部員は少なく活躍記録が少ないこともあり、およそ部室とは呼びがたいボロ小屋があてがわれていた。
いい加減ここらで部員を増やして、校長に新しい部室を作らせようと俺は目論んでいる。
とにもかくにも今優先すべきなのは部員の確保だ。
校舎の角を曲がりいつものように倉庫と見間違うほどの古い建物へと向かった。
少し近付いたところで、いつにない違和感を覚えて立ち止まる。
……部室の戸が少し開いてやがる。
ありゃ電気もついてんな。
誰か勝手に入ったのか?
もしかしたら、まだ中にいやがるかもしんねえ……。
再び足を進めて部室の前に立ち、壊れそうなほど乱暴に戸を開けた。
――ドゴォンッ!
「ひゃあっ!? なん…………」
悲鳴を上げて振り返ったソイツは。
濃い茶色の流れるようなロングヘア。
形の良い眉に、くっきりとした二重の大きな瞳。
淡い桃色のふっくらした唇。
日焼けとは無縁の白い肌。
いかにも華奢で、どこか儚げな女……。
何とも言いがたい雰囲気をまとったその女に、俺は珍しく目を離せないでいた。
しばらくしてなんとか意識を呼び戻し、本来の目的を思い出す。
何なんだ、コイツは?
見た感じ入部希望者でもあるまいし。
一体何が目当てでここにいやがんだ。
……もしやさっきの糞男共が噂してたヤツか?
目の前で固まっている女を疑いの目でじろりと見つめ、冷たく言い放つ。
「何だ、テメーは」
「えっ……あ、わ、私……」
ソイツはわかりやすく慌て始めた。
言いたいことがまとまらないのか何か口ごもっている。
なんだコイツ、本当に何しに来たんだ?
俺が疑惑を抱いていると、後ろにいた糞デブが突然身を乗り出してきた。
「沙樹ちゃん!」
「お、お兄ちゃん!」
は? お兄ちゃん?
「ダメだよヒル魔、いじめちゃ~」
「俺は何にもしてねえだろうが、糞デブ!」
あらぬ疑いを掛けられて反射的に言い返す。
だが頭の中では、先ほどの会話の意味を理解しかねていた。
この女、糞デブの妹なのか?
糞デブとは中学からの付き合いだが、妹がいるっつー話なんざ一度も聞いたことがねえ。
もしや隠してたのか?
いや、妹がいることをわざわざ隠す理由なんてあんのか?
それを知られたら何か問題でもあんのか?
……意味がわからねえ。
次から次へと疑問が出てくるが、おそらく今は解決されないであろうことを悟る。
とりあえず自分を落ち着かせるために、奥にある椅子にどかっと腰を下ろし愛用のパソコンを開く。
細かくデータの書かれた画面を見るが何も頭に入ってこない。
知らぬ間に糞デブがテーブルと椅子をセットしたらしく、その女と話をし始めた。
「沙樹ちゃん、久しぶりだね! 元気だった?」
「うん、私は元気! お兄ちゃんも元気そうで何よりだよ」
「わざわざ部室まで訪ねてくれるなんて、嬉しいけどどうかしたの?」
「あ、そうそう私、泥門高校に合格したの! 四月から同じ高校なんだよ」
「え、本当!? やったあ、じゃあお祝いしなきゃね!」
「えへへ~、ありがとう」
作業に集中している振りをしながら会話に聞き耳を立てる。
いくつか気になる言い回しはあったが、一番際立ったのは『泥門高校に合格』の一言。
コイツ、ここの合格者なのか?
それが事実なら都合が良い。
背中を向けているその女に再度確かめるようなニュアンスで話し掛ける。
「ふ~ん……テメー、来月から新入生なのか」
「沙樹ちゃん、ヒル魔は僕と同じ二年生で、アメフト部の部長なんだよ」
「そ、そうだったんですか!」
俺の素性を聞いて驚いたのか、ソイツは焦ってこっちに身体を向けてきた。
「ご挨拶が遅れてすみません! 私、栗田良寛の妹の甘川沙樹と言います! 兄がいつもお世話になってます!」
「ケケケ、糞デブの妹にしちゃできたヤツじゃねーか」
「沙樹ちゃんは本当に礼儀正しくて、良い子なんだよ~」
「あの、ぜひともよろしくお願いします!」
甘川はガチガチになりながらお手本のような挨拶をした。
ガタッと音を鳴らして椅子を立ったかと思うと、これまたお手本のようなお辞儀をする。
素直で、従順で、感情が顔に出るタイプ……。
いい奴隷になりそうだ、思わず口角が上がった。
まさかそんなことを考えているとは思いもよらないんだろう、俺の表面上の笑顔につられてへらっと笑っている。
「じゃ、テメーはアメフト部のマネージャーな」
「へっ……あ、は、はい! わかりました!」
ほらな、断らねえ。
俺の見立て通りだ。
マネージャーとしてこいつは使える。
「マネージャーになってくれるの!? ありがとう、助かるよ~!」
糞デブが追い打ちをかけ、甘川は事実上アメフト部のマネージャーになった。
ま、無理矢理捕まえるそこらへんの女よりは役に立つだろ。
糞デブの打たれ強さはお墨付きだしな。
それにしても、こいつら似てなさすぎだろ。
そもそも兄妹なのになんで苗字が違うんだ?
もしかして、それが隠してた理由なのか……?
疑問は残ったままだが、とりあえず労働力を確保できたことでその分練習に集中しやすくなる。
使えそうなマネージャーを捕まえて上機嫌の俺は、引き続き作業を進めた。