5話 6月29日
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ここから沙樹の自宅までは徒歩でほんの三分程度らしい。
たかだか三分なら、送るくらいわけもねえ。
来たときと同じように二人横に並んで足を進める。
違うのは、沙樹が傘を差す代わりに紙袋を抱いていることだ。
雨が止んでいるからか目当ての物を手に入れたからか、その足取りは随分軽やかに見える。
「なんだかんだ全部払ってもらっちゃいましたけど……本当にいいんですか?」
「いいも何も、今更買っちまったもんはどうしようもねえだろ。ありがたく受け取っとけ」
「……ふふっ、そうですね。ありがとうございます」
「何笑ってんだ」
「いや、何て言うか……ヒル魔先輩って、結構素直じゃないなって思って」
「……それも今更だ」
それは自分でも重々承知してんだ。
だが直そうと思って直るもんでもねえ。
だからこそ、沙樹のその純粋さが際立つのかもしれねえな。
自分で気付いてるのか知らねえが、学校出たときから四回は礼聞いたぞ。
すみません、じゃなくありがとうございます、を選ぶのがコイツらしいっちゃらしい。
「――先輩と、また来たいなあ」
……今なんつった?
不意に耳に飛び込んできた呟きに、思わず俺の聴覚がイカれちまったのかと疑う。
ほんの少し間が空いて、自分がなかなかの間抜け顔をしているであろうことに気付いた。
「あ、いやあの、無理にとかそんなんじゃなく、機会があればって意味で……」
「ああ」
わたわたと大袈裟に手を振りながら、困ったような表情で俺を見上げる沙樹。
どうやら聞き間違いじゃなかったらしい。
『俺も、お前とならまた来たい』
そんな台詞はひねくれ者の俺に言えるはずもなく、目を逸らしていつもの如くつれない態度で返事をした。
沙樹の素直なところはもちろん長所だが、それが行き過ぎるときもあんだよな。
上手く転がしてるつもりが、逆に転がされちまってることもある。
おそらくコイツ自身は無自覚だと思うが。
他のヤツだと我慢ならねえが、沙樹相手ならそれも悪くねえと思っちまう俺がいる。
素の自分をさらけ出すなんざ、絶対にしねえって決めてたのに。
本当にコイツは、知らず知らずのうちに人の心にこっそり住み着いてやがる……。
嬉しいような困るような、とらえどころのない思いを感じながら歩を進めた。