5話 6月29日
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すっかり食べ終わって雑談していたそのとき、沙樹が何かに気付いたように薄く笑った。
目線の先をたどると、どうやら雨は上がっていたらしく、地面に反射した光が少し目に痛い。
そろそろいい時間だ、俺たちは店を出ることにした。
余程美味しかったのか、沙樹はさっき飲めたコーヒーの粉を大事そうに手に取った。
それをすかさず気付かれねえように奪った俺は、つかつかとカウンターに持って行く。
この間貰ったコーヒーの礼だ。
そうじゃなくても、後輩でしかも女に出させるなんざ趣味じゃねえ。
バーコードを読み取った音に反応したらしい沙樹が、慌てて駆け寄って来る。
「えっ、先輩! そんな、私の分まで!」
「この前ご褒美だっつったろ」
「確かに言ってましたけど……」
沙樹はもごもごしながら、はにかむように小さく頭を下げた。
「先輩……ありがとうございます」
そんな風に喜んでくれりゃ、こっちだって出した甲斐があるってもんだ。
なんとも言えない満足感を味わっていると、ふとレジ横のハンドメイド風のかごが目に付いた。
中にはシンプルな見た目のフィナンシェ。
いかにも沙樹が好きそうな……いや、絶対好きだ。
なぜならケーキ見て瞬間移動するほどだかんな。
コーヒーのついでに、これも付けといてやれ。
掴もうと腕を伸ばすと、同じく手に取ろうとしたのか、横から伸びてきた沙樹の手にとん、と触れた。
「あ、ご……ごめんなさい!」
ひときわ大きな声で謝った沙樹が素早く手を引く。
俺はというと、一瞬ろうで固められたみてえに動けなくなっちまった。
……たかが手え触れただけで意識してりゃ、俺も世話ねえな。
内心呆れ返りながらそのままそれをつまみ、カウンターに差し出す。
金額が加算された直後、あり得ないものを見るような目付きで沙樹が顔を上げた。
「ヒル魔先輩、それ食べるんですか!? 絶対無糖じゃないですよ!?」
「バーカ、俺が食うかよ。これはお前のだ」
「え、わ、私の?」
「あんまり食べたそうに見つめてたんでな。視線で穴が空く前に買った」
「……そんなに見つめてないですもん」
本日二度目のふてくされ顔。からの、笑顔。
いいんだよ、こんくらい。
こんなことで沙樹の笑った顔が見られんなら安いもんだ。
お前みてえに、素直に言葉には出来ねえけどな。
丁寧に紙袋に詰められていく様を目の当たりにしながら、俺はすぐ隣にいる存在を一人噛み締めた。