いつもは一人でさっさか歩く帰り道を、今日はゆっくり歩いている。

隣に沙樹がいるからだ。


何とはなしにちらりと目をやると、顔にまとわりついた髪を鬱陶しそうに払っていた。

六月末、雨続きのこの季節は湿気が多くて髪の手入れも大変だろう。

今日は早めに練習を終わらせたこともあり、二人でコーヒー専門店に向かうことになった。

テスト勉強のときに約束しちまったからな、一緒に行くって。

そういや肝心の結果はどうなったんだ？



「そういやお前、テストどうだったんだ」

「今まさにそれを伝えようと思ってました。聞いてください、なんと満点取っちゃったんですよ！」

「やったじゃねえか」

「一人で勉強してたら今頃補習だったかと思うと……本当、先輩のおかげです。ありがとうございます」



沙樹は白い歯を覗かせ満足げに俺に笑ってみせた。

能力はもちろん、多少なりとも自信が付いたみてえだな。

今回のことで分かっただろ。お前なら努力すりゃ軽々と超えられるってな。



「俺は大したことしてねえよ。お前の元々の能力が高いってだけだ」

「そんなことないですよ。先輩の教え方、すごく分かりやすかったですもん」

「……そうかよ」

「そうですよ――あ、見えた。あの茶色い屋根のお店です」



持ち上げられて少しばつが悪くなっていたとき、例の店を見つけた沙樹はすぐ先を指差した。



扉を開けた途端、嗅ぎ慣れた匂いが鼻を掠める。

……いい店だ。店内は決して広くはねえが、それにしちゃ種類が豊富だ。

コーヒーといいインテリアといい、色々凝ってる店だっつうのが分かる。

店内にテーブルがあるってこたイートインも出来んだな。

沙樹もいることだし、せっかくだから利用してってもいいか。


レジ付近に目を向けると、そこには小振りなショーケースが……と思った途端、いつの間にか隣にいたはずの沙樹がそこにいた。

アイツ、瞬間移動でもしやがったのか？　今の素早さは絶対エース級だぞ。

……見たこともねえほどうっとりしてやがる。

そりゃそうか、なんせ飲みもんに砂糖二十個も入れるほどの甘党だかんな。


感情ダダ漏れの後輩の姿に、俺は隠れてほくそ笑んだ。



にしても、これだけ種類が揃った店もなかなか珍しい。

定番のもんはもちろん、見たことねえヤツもあるな。

これだけありゃ沙樹が飲めそうなもんも見つかんだろ。



「ここ、選んだコーヒーを店内で飲めるんですよ」



すでに注いだ紙コップに口を付けていた俺は、返事もそぞろに、次々と試していく。

どれもこれも美味い。本来の目的を忘れちまいそうなくらいだ。



「約束だかんな。お前が飲めそうなヤツ選んでやるよ」

「はい、お願いします！　……あの～先輩、せっかくですし、店内でお茶していきませんか？」

「ああ、いいぞ。つうか俺もそのつもりだった」

「そうなんですね、良かった」



アイツから言い出してくれて良かった。

また前みたいにぎこちなく誘うことを考えたら、妙に気恥ずかしくなっちまうからな。

そうと決まりゃとっとと決めちまおう。



気を取り直して、俺はずらりと並んだコーヒー共を眺め回した。