12話 11月8日
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「活気がすごい……!」
遠くからでも耳に入ってくる店員さんの快活な掛け声、日本語に限らずいろんな国の言語を交わす観光客。
開店してまだそんなに時間が経ってないはずなのに、こんなに人集まる? ってくらいの人の波。
東京の人口密度もすごいけど、やっぱり観光地代表の京都はさすが。さすが世界代表の抹茶県(個人の感想)。
──やって来ました、錦市場!
「一本道だから迷子にゃならねえだろうが、念のため繋いどくか」
私の右手がすいっと引かれた。
まだ気恥ずかしさは残るものの、文化祭で何度も繋いだから、もうそんなにぎくしゃくしない──はず。
目を盗んだつもりで先輩を見上げたけど目が合ってしまい、思わずへへ、と締まりのない笑いがこぼれた。
軒並み続くいろんな種類のお店はどこもかしこも満員御礼。
京都らしい抹茶のお菓子屋さんはもちろん、お漬物屋さんや雑貨屋さん、陶器専門店やお箸専門店まである。
店員さんが店先で積極的に試食を勧めていたり、人目を引くのぼりや看板があったりと、片っ端から全部行きたくなっちゃう。
正直ここだけで一日楽しめそうってくらいにどのお店も魅力的。
まあでも一番魅力的なのは──もちろん食べ歩きだよね!
「ハモ! ハモの天ぷらを塩でいきたいです先輩!」
「お、食うか」
「たこ焼き! 熱々のたこ焼きを頬張りたいです先輩!」
「なら食うか」
「お豆腐! 京都ならではの滑らかさを体験したいです先輩!」
「おう食うか」
「お餅! 焼き餅とお雑煮を全力で伸ばしたいです先輩!」
「ああ食うか」
「お漬物! お漬物で一旦さっぱりさせたいです先輩!」
「そうだな食うか」
「肉寿司! メインで胃を大喜びさせたいです先輩!」
「いいな食うか」
「湯葉! 上品で上質な湯葉にとろけたいです先輩!」
「それも食うか」
「抹茶パフェ! やっぱり締めは抹茶パフェです先輩!」
「最後に食うか」
「だし巻き! 京都に代々伝わる秘伝のお出汁を……」
「待て待て待て」
「何ですか、先輩?」
「さっきの抹茶パフェが締めだったんじゃねえのか」
「お兄ちゃん曰く、締めにもいろんな種類がありましてですね。一次締め、二次締め、最終締めなど段階があって……」
「そりゃお前と糞デブだけの常識だな」
「えっ」
そろそろお腹もいい感じに八分目になってきたところで、ふと可愛らしい和雑貨屋さんが目に留まった。
和柄のポーチやお財布、ミニ鏡やブックカバーなんかもある。
和風の花柄って無条件で可愛いって思っちゃうよねえ。やっぱり日本人だからなのかな。
せっかくだから何か一つ、自分へのお土産に買いたいなあ。
何にでも目移りする店内を物色してると、あるものが目に飛び込んできた。
「──先輩、ヒル魔先輩!」
「ん、どうした沙樹?」
繋がった先輩の左手を軽く引っ張り、お目当てのものを指差す。
「これ、すっごく可愛いと思うんですが……私に似合うと思いますか?」
私が心を奪われたのは、ちりめんとシフォン素材をミックスさせて作られたお花のモチーフが華やかなヘアゴム。
赤、紫、黒と何色かあるけど、私が一番気になったのは──白。
甘過ぎず辛過ぎずの丁度良い可愛さ。しかも白なら服の色を選ばない。
ただ結構お花が大きめで目立つだから、学校には付けていけないかもしれないけど。
似合うって言ってくれるといいな、なんて願いながらヒル魔先輩の返事を待つ。
……けど、一向に返ってこない。
あれ? まさか聞こえてなかったのかな?
不思議に思って隣を確認したけど、ヒル魔先輩の姿はそこにはなかった。
そしていつの間にか繋いだ手も離されてた(なんで私気付かなかったんだろう)。
あれ? ヒル魔先輩どこ行ったの?
するとお店の奥からヒル魔先輩がやって来た。何事もなかったような顔付きで。
……これはきっと、私の言葉が聞こえてなかったパターンだよね。まあいっか。
うーんでもこれ、どうしようかなあ。一目惚れだから欲しいけど、万が一似合わなかったら困るし……
「ほら」
「え?」
右手を持ち上げられて手のひらに何か載せられた──それは、ちょっとしたサイズの和柄紙袋。
え? これって……嘘?
変にはやる気持ちで隙間から中を覗き見ると、まさかと言うべきかやっぱりと言うべきか。
そこには、私を射止めたあの白いヘアアクセが綺麗に収まってた。
「えっ、先輩……いつの間に!?」
「今の間に」
「いやそれは分かりますが、でも……」
先輩に似合うかどうか聞いてから、買うか買わないか決めたかったんだけどな。
けどすでに買ってもらってしまった手前、言うに言えずもごもごと口ごもってると、ヒル魔先輩がケケケとひと笑いした。
「質問の返答は『聞くまでもねえ』、だ。俺はお前に絶対似合うと思った、だから買った。そんだけのこった」
「そ、そうかもですけど……」
「慎重なお前のこった、俺のひと声で買うか買わねえか決めるつもりだったんだろ。けどな、結局買うこたあ決定事項だったんだよ。お前に似合わねえはずがねえからな」
言っとくが代金なんざ受け取るつもりはねえぞ、大人しく受け取っとけ、と最後に先輩は釘を刺した。
ばれてた。全部ばれてた。
迷ってたことも、自分じゃ決められずに先輩の鶴のひと声で決めるつもりだったことも。
そこまで見透かされてたなんて、さすがに恥ずかしい……。
──ううん、ちょっと待って。今注目すべきポイントはそこじゃない。
手の上で和柄らしくおしとやかにしてるアクセをもう一度見つめ、その目線をヒル魔先輩の顔に移した。
『私に似合うと思いますか?』
『聞くまでもねえ』
『俺はお前に絶対似合うと思った』
『お前に似合わねえはずがねえ』
文章をいいように繋げた結果、──私の心拍数が跳ね上がった。
「ああ、似合うぞ」とかそんな通常のテンションでの返しじゃなくて。
最上級の返答、三パターン。
似合うって言ってくれるといいなって思ってた。
思ってたけど、まさかここまで言ってもらえるだなんて思ってもみなかった。
それだけじゃなくて、プレゼントもしてもらえるだなんて。
私はなんて安直な質問をして、そして、──なんて贅沢な立場なんだろう。
でも今思うべきは、『申し訳ない』、じゃない。
「──ありがとうございます、ヒル魔先輩」
「おう」
「……すっごく、嬉しいです」
「……ああ」
素直な言葉と精一杯の笑顔で、今の気持ちを表した。
『ありがとう』
──それ以上に、感謝を伝えられる言葉があればいいのに。
私の右手にはヒル魔先輩の左手、私の左手には大事な紙袋。
どっちも離さないようにと、強く握り締めた。
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