12話 11月8日
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「……はああああやっぱり美味しい、美味し過ぎる~! お肉最高! 京野菜最高!」
「ほぼ完全に一緒じゃねえか昼間と」
あれから数軒の抹茶スイーツ店をはしごし、落ち着いた街並みやおしゃれな和風雑貨屋さんをぶらつくこと数時間。
秋だからか陽が落ちるのも早くたちまち夕方になった。
日中の京都も素敵だけど、夕方は夕方で大事なイベントがある。
そう。それはもちろん──夜ご飯。
「京都のグルメっていろいろありますけど、その中でも一番食べたかったんですよね。すき焼き」
「肉は大食いファイターにゃ欠かせ」
「その通りです!」
逃げられないように箸でお肉を締め上げたまま食い気味に同意すると、先輩はのどを鳴らして笑った。
場所が変わっても、ヒル魔先輩と普段通り笑い合ったり話したりできることが本当に嬉しい。
そうだ、今がアレを伝える絶好のチャンスかも。
ヒル魔先輩に伝えたい、大事なあのこと……。
一旦お箸を置いてほんの少し腰を上げ、真面目な空気をまとってゆっくり顔を近付ける。
「ヒル魔先輩……ここだけの話なんですが」
「──何だ?」
私につられたのか真剣みのある顔付きで身を乗り出す先輩。
これを伝えればきっと喜んでくれるはず。
届いて、私の……!
具材が陽気に踊る鍋の湯気の中、そっと耳打ちした。
「──実は京野菜の堀川ごぼうって、中が空洞になってるんです……!」
「………………」
「しかも、味や香りは普通のごぼうとケタ違いらしいんですよ!」
「……いや待て待て待て」
「え? 何ですか?」
ぼふんと分厚い座布団の上に戻った先輩は、右手で顔を覆った。
その姿はさながら『考える人』のような、そうじゃないような。
でもこんなにすごい豆知識、さすがのヒル魔先輩も知らなかったよね?
もっと驚いて感心してくれると思ってたんだけどな!? おかしいな!?
理想と現実のギャップに焦ってるとヒル魔先輩がのそりと頭を上げて、──なんだか微妙なお顔をされている。
「何だそりゃ」
「京野菜の豆知識です!」
「いやそりゃ分かんだが」
「せっかく京都グルメ食べるならと思って、事前に命懸けて調べておいたんです! 他の野菜の名前やルーツ、主な調理法までばっちりですよ!」
「どこに命懸けてやがんだお前は」
冷静に先輩が突っ込む。
フードファイターたるもの、食事に命を懸けないでどこにかけるんですか!
とはまあ言えない。プロのフードファイターじゃない私がそんな大きなこと簡単に口にできないもんね。
「──ところで沙樹」
今度はヒル魔先輩が真顔で真っ直ぐ見つめてきたから、一瞬緊張しつつ「何ですか?」と答えた。
「今回の修学旅行、本当は他のヤツらと回りたかったんじゃねえのか」
先輩の言う『他のヤツら』は、着いた瞬間にそそくさと離れていった『同じ班で見回るはずだった子たち』。
ただの世間話の一つとして聞いたのか、その子たちに逃げられたことに気を遣って聞いてくれたのかは分からない。
確かに、本来ならヒル魔先輩がいなくて、一緒に見学先決めたその子たちと見回る予定だったけど。
でも、私は……。
ひざの上でぎゅっと拳を握った。
自分で自分を奮い立たせるみたいに。
「……私は、ヒル魔先輩と一緒で楽しいです」
改まった台詞の気恥ずかしさが私をうつむかせる。
私の素直な気持ちを、ちゃんと伝えられた。でも……本音はちょっとだけ違う。
──ヒル魔先輩と一緒 『が』 楽しいです。
恋人でもないのに二人きりで京都を回れるなんて、そんな夢みたいな現実。
ついつい時間を忘れちゃうほど幸せに感じるのは、クラスの友達より部活のメンバーより──ヒル魔先輩との時間。
先輩がいてくれるから、目に映る全部の景色が輝いて見えるんです。
悪魔って言われてる先輩だけど、私にとっては平凡な日常を極彩色に塗り変えてくれる魔法使いなんです。
……でも、そんな本音を口にするだけの勇気は、まだ足りない。
ならいいが、といつものトーンで返事をした先輩の顔はしばらくまともに見られなかった。