12話 11月8日
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私が京都で一番したかったこと。
それは、京都タワー観光でもなくパワースポット巡礼でもなく新選組ゆかりの地訪問でもなく。
──生きるために欠かせない、あれ。
「……はああああやっぱり美味しい、美味し過ぎる~! 抹茶最高! 白玉最高!」
「んっとにいい笑顔しやがんなお前は」
京都の朝はこれがなきゃ始まらないって言ってもおかしくない、それはもちろん抹茶パフェ!
中学の修学旅行先も同じく関西方面で、そのときに生まれて初めて京都の抹茶パフェ食べたけど……もう震えたよね。
この世にこんな美味しい食べ物があるなんて。それを知らずに今まで生きてきたなんて。
私の世界はこんなにちっぽけなものだったんだなあ、なんて。
残りの人生も末永く抹茶と白玉と仲良くしていきたいなあ、なんて……
「沙樹、おい沙樹」
「んはっ!?」
肩を揺すられて目を開けると、ヒル魔先輩がにやつきながらこっちを見ていた。
「また食いもんの世界に飛んでっちまってたぞ。唐揚げのときと一緒だな」
「はは……美味しいもの食べてると、なぜかこうなっちゃうんですよねえ」
「直さねえでもいいぞ、ちゃんと収めてっから」
「手帳ネタですか」
「ケケケ、ご名答」
いつの間に構えてたのか(多分私が脳内で抹茶と白玉とスクラム組んでたときだと思う)、性能の良さそうなカメラを先輩は隠そうともしない。
文化祭のときも散々撮られてるだろうから、今更気にすることなんかないけど。
でも今はむしろ私なんかよりも、京都の宝ともいえるこの極上スイーツをデータに残して欲しい。
そして見るたびに幸せな気持ちで私を満たして欲しい。
無糖のお抹茶でも苦みが足りないらしいヒル魔先輩が普通のコーヒー片手に、私の目の前に鎮座するお抹茶おパフェ様をじっと見つめた。
「沙樹はこれのどんなとこが好きなんだ?」
──待ってました、その質問! ナイスパス!
さすが悪魔のクォーターバック!
「えっとまずは厳選に厳選を重ねた最高級抹茶粉に、天使のほっぺだねってくらいモチモチふわふわな食べても良し触っても良しの高品質白玉ですよね! でも忘れちゃいけない栗とあんこの見計らって出てくるタイミングが抜群のアクセントコンビ、それら全てを分け隔てなく包み込む母親いやマザーテレサ的存在ホイップクリーム! そして濃厚な抹茶アイスの芯の強い京美人を思わせる上品だけどしっかり主張してくれる苦みとこの世のアイスの原点であり全人類に愛されるバニラアイスのオールマイティプレイヤーたる癖の無い甘みが絶妙なハーモニーを奏でたかと思ったら、そこに舌だけじゃなく目も満足させてくれる形も色も美しい抹茶ゼリーと寒天ののどごしさっぱり姉妹がとどめを刺す圧倒的強者感!」
「一周回ってわけ分かんねえことになってんぞ」
「分かりやすく言うと、助っ人の抹茶パフェさんがキックオフ早々に300%逆転されないほど連続タッチダウン決めてくれたって感じですね」
「急に分かりやすくなったな」
言いたいことが伝わって上機嫌な私。
少し呆れた風に見えつつも、和やかに笑いながら最後まで話を聞いてくれて理解してくれる優しいヒル魔先輩。
甘いものは共有できなくても、先輩とこうして話ができるだけですごく嬉し
「あっ!!?」
…………私の。
……私の……寒天が……。
よそ見なんかしてたから。
最後のひと口だった、私の寒天が……。
「落ちたな。見事に」
──しかも床。
テーブルですらない、床に。
激動の展開が私の全てを灰に変えてしまいそうな中、ほんのひとかけらだけ残っていた生命力強めの私が紙おしぼりでそっと寒天を拭い上げた。
透明感にあふれた尊い姿は今やぼろぼろに崩れて見る影もなく、なんなら砂やホコリも巻き込んでる。
「私の……寒天さん……私の……」
嘘だよね? 嘘だって言って? これは夢なんだって、誰か言って?
何よりも大事な最後のひと口を落としちゃうなんてそんな世紀末の悪夢みたいなこと誰が信じられるの?
あとわずかで逆転できそうだったのに雷のせいで試合中止かつ強制的に負け決定みたいな最悪の急転直下に誰が納得できるの?
ねえ、お願い……時間よ戻って……?
「ぶふっ!」
「…………え?」
今、笑った? ヒル魔先輩笑った? ねえ、今絶対吹いたよね?
「……先輩、なんで笑うんですか? こんな大事件を前に……」
「……悪い。笑うつもりじゃなかった」
すぐに謝ってくれた珍しい先輩。
ううん、でも、申し訳ないけど今は許せない……だって私の大事な締めのひと口が土に還ってしまったっていうのに、それを笑うだなんていくらヒル魔先輩といえども結構なショッ
「お客様、よろしければ新しいおしぼ」
「黒蜜抹茶パフェください」
運良くそばに来てくれたスタッフさんが何かを言い終わる前に追加注文した。
そうだよ、新しいの注文すれば全部解決じゃん!
私の口に入ってあげられなかったと嘆く寒天さんがきっと、罪滅ぼしにスタッフさんを呼んできてくれたんだね!
ありがとう寒天さん、君のことは忘れないよ……!
ところでさっきなんだかショックな気持ちになった気がするけど何だったっけ?
──まあいっかパフェ食べれるし!
黒蜜と抹茶のハッピーウエディングを想像してると、ふと先輩のカップが空いてることに気付いた。
「ヒル魔先輩、もう一杯飲みます?」
「あー……いや、大丈夫だ」
「そうですかあ」
何もない状態で二個目のパフェタイムを待っててもらうことになるのはちょっと心苦しいけど、でも無理に勧めるのも嫌だし。
何となく許されそうな雰囲気だから、それに甘えて待っててもらおうっと。
空の器と一緒に下げられていった寒天の残骸にこっそり両手を合わせ、浮かれ気分で黒蜜抹茶パフェの到着を待った。