11話 10月29日
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「あ、もうこんな時間! ヒル魔先輩、ステージ観に行きましょう!」
「なんかやってんのか?」
「なんと……特殊なイベントがあるんです」
イベントの内容をわざと濁してヒル魔先輩を連れて来たのは、屋外にあるメインステージ。
広いグラウンドを贅沢に使ってバルーンや花で豪華に飾り付けられているこのステージは、午前中には演劇やバンド演奏なんかをやってたみたい。
想像はしてたけどやっぱり人多いなあ、午前もここまで混んでたのかな?
午後の目玉イベントらしいから当然といえば当然なんだけど――あ、空いてる席見っけ。
開始時間の数分前ということですでに大盛況っぷりを見せていた観客席の中、私たちは奇跡的にもぽつんと空いていた席に滑り込んだ。
後から続々と来る人たちは立ち見状態になってる。
タイミング良く空席見付けられて良かったあ。
周りの人の多さを目の当たりにして胸を撫で下ろしていると、顔をしかめたヒル魔先輩が足を組み直すのが目に入った。
「んで、沙樹。特殊なイベントってのは何なんだ」
「それはですね――あ、もう始まりますよ!」
突然大音量でアップテンポな音楽が流れ始め、司会らしき男の人が舞台に上がって会釈をした。
一気に歓声と拍手が湧き上がり、思わず自分もその波に乗って手を叩く。
初めはちょっと気になるから見てみたいなって程度だったけど……音楽と周りの声量につられて、今ものすごく楽しみになっちゃってる。
会場の熱が高まると、自然とその空気に引き上げられるから不思議だよね。
「レディースアンドジェントルメン、長らくお待たせいたしました! これより本日のメインイベント――女装男装コンテストを開催いたします!」
「わあああ始まった! 始まりましたよヒル魔先輩、待ちに待った女装男装コンテストが!」
「……女装男装……」
司会者の挨拶に精一杯の拍手を贈り興奮気味の私、それに対して冷めた表情のヒル魔先輩。
うん、何となく分かってた。ヒル魔先輩がこういうイベントに興味ゼロだってことは。
でも……実は数%くらい興味を持ってくれそうな切り札があるんだよね!
こっそり企みながら、ヒル魔先輩に声を掛けようと小さく息を吸い込んだ。
先輩。そう口にした瞬間、私の声は周りの人たちの歓声によって掻き消された。
結構ざわざわしてるからなあ……これ、もっと近くでしゃべらないと届かないかも。
気を取り直して先輩の耳元に顔を寄せ、うるさくない程度に耳打ちした。
「先輩……実はこのイベント、アメフト部員が何人か参加してるんです」
そう伝えるやいなや、ヒル魔先輩は分かりやすく吹き出した。
気持ちはすごく分かる。私もそれ聞いたときには同じ反応したから。
とりあえず今飲み物とか飲んでなくて良かった。
「委員の人たちから直々に誘われたんですって」
呆れ顔の先輩に更にひと言付け足すと、呆れ具合が増したように見えた。
きっと大会を勝ち進んでるおかげでみんな顔が知られてきたから、宣伝効果のためもあって誘われたんだろうな。
まあ実は私も誘われたんだけど……。
「お前は誘われなかったのか?」
――わ、急に……!
無防備だった耳元にいきなり落ち着いたトーンの声が走り、一瞬胸が鳴る。
「えっと私は……誘われましたけど、断りました」
「…………そうか」
あれ? そうか、って……。
てっきり「ケケケ、ンな見世物にされるなんざ断って正解だな」とか言われると思ったのに、なんだかちょっと微妙な反応だなあ。
……というか先輩、さっきの声ちょっと危なかった。
少しだけかすれたような、吐息が混じったような、いつも聞くのと違う声。
なんていうか、ちょっと――セクシー、っていうか……。
わああああ何考えてんの私! なんだか変態みたい! やめよやめよ!
全力で頭を振ってよこしまな考えを追い出したところで、もうコンテストが始まっていたことに気付いた。
あ、もう始まっちゃってるじゃん! みんなまだ出てないよね!?
「エントリーナンバー三番、いつでもどこでも仲良し三兄弟! アメフト部の十文字一輝、黒木浩二、戸叶庄三~!」
「「「俺らは兄弟じゃねーーー!」」」
「あ、十文字くんたち……ぶっ!!」
声を揃えてツッコミのポーズをしているのは、ハァハァ三兄弟こと仲良し三人組。
今だけは兄弟じゃなくて姉妹みたいだけど。
一体誰にチョイスされたのか、みんながっつりギャルメイクと盛り盛りヘア、それにミニ過ぎるタイトスカートが似合って……似合……
「……びっくりするくらい似合ってない……っ!」
私がお腹を抱えてやっとの感想を捻り出した直後、小さいけど確かに嗚咽みたいなものが耳に入ってきた。
え、まさか……もしかして、ヒル魔先輩?
おそるおそる隣に目をやるとそこには、
「…………っ、……っ!」
向こうを向いていて顔は見えないけど、小刻みに肩を震わせているヒル魔先輩。
せ、先輩が……先輩が笑ってる……!
しかもこらえてるっぽいけどこらえきれてない!
いやでもこれは無理だよね、これは笑うしかないよね!
だってこんなの道で会っちゃったら通報するレベル……っ!
会場全体が爆笑の渦に包まれるも、一人笑いを耐えているらしい司会者は予定通り次へと進める。
「エントリーナンバー四番、人語を話す奇跡の猿! アメフト部、雷門太郎~!」
「誰が猿だムキャアーーーっ!!」
「あ、モン太く……ぶふっ!!」
怒り叫びながら勢い良く飛び出て来たのはモン太く――もといモン太ちゃん。
極太の眉毛と極厚の真っ赤な唇がとにかく目立って目立って……もう何これ!?
どうして出ようと思ったの!? コアな層にターゲットを絞ったの!?
そのギラギラに輝くシャンソン歌手みたいなドレスは誰の発案なの!?
モン太ちゃんはしばらく地団駄を踏んでいたかと思えば、本来の目的を思い出したらしく急に伏し目がちでしおらしくなってしまった。
精一杯女の子らしくしているみたいだけど――ダメ、それ逆効果!
そう思ったのは私だけじゃなかったらしく、モン太ちゃんがはんなりした途端に会場中の笑いが弾けた。
……もちろんヒル魔先輩も例外じゃなかったみたいで、さっきよりも大きく肩が揺れてる。
「……先、輩、ほら……見に来て、良かったで、しょう……っ」
「……ああ……大、正解だった、な……っ」
息も絶え絶え、もはやまともな会話になんてなっちゃいない。
でもそれはきっと私たちだけじゃないはず。
見れば周りの人たちもお腹を抱えていたりのけぞっていたりで、そこかしこからヒィヒィ聞こえる。
外なのにここら一帯だけ酸素が薄いように感じる。
さすがお笑い担当モン太ちゃん、格が違う。
「エントリーナンバー五番、大和撫子風清楚系女子! アメフト部、小早川瀬那~!」
「あ、先輩、次セナくんで…………え?」
騒がしかった会場が一瞬のどよめきと共に静かになったのがはっきり分かった。
袖から出て来たのは、サラサラの黒いロングヘアー、控えめで上品なメイク、オフホワイトの流れるようなワンピースに淡いピンクのファーボレロ。
どこからどう見ても――女の子。
それも、思わず守ってあげたくなるほど華奢で可愛らしい見た目の。
肝心の本人はどこか恥ずかしそうにもじもじしてるけど、その仕草が女の子らしさを更に後押ししてる。
「セナく……いやセナちゃん、可愛い……本物の女の子みたい……」
「……ケケケ! 意外な才能発見だな」
モン太ちゃんによる笑いがすっかり消え去ったヒル魔先輩は、いつの間にかビデオ撮影をしていた。
言わずもがな、脅迫用なんだろうけど。
きっと三姉妹やモン太ちゃんのも撮ってるんだろうけど。
……それ、セナちゃんのところだけ私にももらえないかなあ。
「……僕、もう無理だよお! 棄権しまああすっ!」
涙声で高らかに棄権を宣言したセナちゃんは、綺麗なワンピースを翻してものすごい速さで走り去って行った。
それと同時に会場にいた男性何人かが意を決したように席を立ち、セナちゃんの名前を叫びながらこれまた走り去って行った。
多分逃げたセナちゃんを追いかけて行ったんだろうな。
ということは、セナちゃんはこの人たちのハートを見事射止めてしまったんだね……なんて罪な女の子……。
「……ええと、一人が棄権しましたが大会は続行します! エントリーナンバー六番、空を駆ける麗人! アメフト部、姉崎まもり~!」
場を繕うように紹介された直後、悲鳴にも似た叫びと割れんばかりの拍手がグラウンド中に轟いた。
今までの空気と比べて熱狂的というか本気というか……とにかく圧が違う。
叫んでいる女の子たちはみんな一様に、まもり先輩の名前やメッセージが書かれたうちわをひたすら振っている。
まるで人気アイドルのライブ会場にいるみたい。
登場前にこんな状態になってたら、登場すると大変なことになっちゃいそうだよ……。
すると荒々しい空気の中、凛々しいパイロットの制服を颯爽と着こなした麗人が現れた。
途端に湧き上がった鼓膜が破れそうなほどの甲高い悲鳴……そしてそれに混ざった勇ましい雄叫び。
もはや会場は動物園並の騒がしさで大混乱。
誰も彼もが席を立ってこれ以上ないほどの興奮状態。
でもこの修羅場には心から納得がいく。なぜなら――
「まもり先輩、かっっっっっこいい……!」
右手で敬礼のポーズを決めて爽やかに笑うまもり先輩は、まさに『麗人』という言葉がぴったり。
男性風のメイクで眉や鼻筋なんかを協調してるけど、元々の女性らしさも相まってどこか中性的な魅力を感じる。
宝塚にハマる人の気持ちが今ものすごく理解できる。
そういえばまもり先輩のお父さんってパイロットだったよね。
もしまもり先輩が男性だったら、同じようにパイロット目指してたのかも。
……男性だろうと女性だろうと、どっちにしろモテモテなんだろうなあ。
私は少し考えた後、ヒル魔先輩の方へゆっくり顔を向けた。
「――ヒル魔先輩、ビデオ回してますよね?」
「ああ。脅迫用にな」
「それ……まもり先輩とセナちゃんのところだけ後で私にも分けてください!」
「ケケケ、見事にハマったな」
先輩が脅迫用のネタ集めてて良かったって、今一番強く思う。
まさかこんなところでおこぼれにあずかることになるなんて。
感謝の気持を込めてヒル魔先輩には後日お礼の品を贈ろう。
これは永久保存版だ、絶対に……!
***
それからコンテストはつつがなく行われ、全ての参加者が出揃った。
結果はもちろん――まもり先輩が圧倒的な票を得て優勝。
優勝が決まった瞬間の会場の盛り上がり具合はもう言わずもがな、てんやわんや状態だったけど。
とにかく女装男装コンテストは大盛況の中幕を引いた。
「――それにしても、審査員特別賞がモン太ちゃんだなんてびっくりですね」
「特別にも程があんだろ」
ヒル魔先輩の発言ももっとも。私だっててっきり途中棄権したセナちゃんが特別賞に選ばれると思ってたから。
それがまさかお笑い担当のモン太ちゃんが受賞するなんて。
本人は理由が理由なだけに微妙な顔してたけど……。
「なんでも一番会場を沸かせたかららしいですよ。そういう意味では納得ですね」
「なら『セナちゃん』と『まもり先輩』ビデオコレクションに『モン太ちゃん』も加えといてやるよ」
「それは本気で結構です」
あれは一度見ただけでもうお腹いっぱい、それ以降は見るたびに胸焼けしそう。
そんな意味を込めてきっぱりと断ると、ヒル魔先輩はまた声高らかに笑った。