1話 3月18日
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校舎の角を曲がると部室らしき建物が見えた。
それにしてもここらへんは人気がない。
泥門高校はマンモス校のはずだけど、こんなに静かな場所もあるんだ。
近寄ってみると、その建物は思いのほかこじんまりとしていてあちこち亀裂が入っていた。
部室と言うより、物置のような。
本当にこれが部室?
疑わしくなって辺りを見回すけど、やっぱり誰もいない。
なにはともあれ入ってみよう……。
少しの恐怖心と少しの好奇心を抱えたまま、私は取っ手に手を掛けた。
「おじゃましまーす……」
戸には鍵はかかってなく、おそるおそる開ける。
一応挨拶はしたものの中には誰もいないらしい。
暗くてよく見えない室内には、汗のようなカビのような何とも言えない匂いが漂っている。
左側にあったスイッチが目に入ったので、すかさず押す。
パッと明るくなり安心したのもつかの間……
「き、汚い……!」
部屋には紙くずや雑誌なんかが散乱していて、お世辞にも綺麗とは言いがたかった。
とにかく中に入ると、鼻に付く匂いとホコリっぽさに思わず咳き込んでしまう。
よくよく見れば防具らしきものやボール、ユニフォームもある。
にしてもこんなに汚い部室ってある?
ここ本当に使ってるのかな?
――ドゴォンッ!
「ひゃあっ!? なん…………」
突然耳をつんざくような大きな音がして、反射的に振り返る。
どうやら戸が開け放たれた音だったみたい。
そこに立っていたのは。
綺麗に染まった金のツンツンヘア。
吊り上がった眉に、肉食獣のような鋭い目つき。
悪魔のように尖った耳、そして重厚なピアス。
すらっとした細長い手足。
威圧感と銃器を携えた、男の人……。
今まで見たこともないような圧倒的存在感を放つその人に、私の目と思考は完全に奪われていた。
「何だ、テメーは」
「えっ……あ、わ、私……」
声を掛けられてハッと我に返る。
……のはいいものの、なんだか焦ってしまってうまく言葉が出てこない。
考えれば考えるほど頭の中がこんがらがっていく。
な、名前とか何か、自己紹介しなきゃ……!
「沙樹ちゃん!」
懐かしい声が聞こえたと思ったら、後ろから見知った顔がひょっこり出てきた。
「お、お兄ちゃん!」
お兄ちゃんだ! 本当にお兄ちゃんだ!
やっと会えた……良かった!
急に緊張の糸が切れてその場にへたりと座り込んでしまった。
「ダメだよヒル魔、いじめちゃ~」
「俺は何にもしてねえだろうが、糞デブ!」
ヒル魔と呼ばれたその人は私を気にするでもなく奥の椅子に腰掛け、ノートパソコンを開いて何かをし始めた。
この人は誰なんだろう?
お兄ちゃんと同じ部活の人、なのかな……。
ガタッと音がした方を見ると、お兄ちゃんがテーブルと椅子をセットしてくれていた。
手招きされて嬉しくなった私は慌てて椅子に座る。
「沙樹ちゃん、久しぶりだね! 元気だった?」
「うん、私は元気! お兄ちゃんも元気そうで何よりだよ」
「わざわざ部室まで訪ねてくれるなんて、嬉しいけどどうかしたの?」
「あ、そうそう私、泥門高校に合格したの! 四月から同じ高校なんだよ」
「え、本当!? やったあ、じゃあお祝いしなきゃね!」
「えへへ~、ありがとう」
お兄ちゃんとこんなに楽しく話せたの、久しぶり……。
やっぱり思い切って泥門にして良かった。
私が良い気分に浸っていると、後ろから声が掛かった。
「ふ~ん……テメー、来月から新入生なのか」
「沙樹ちゃん、ヒル魔は僕と同じ二年生で、アメフト部の部長なんだよ」
「そ、そうだったんですか!」
話に夢中になってて、挨拶するの忘れてた……!
お兄ちゃんもお世話になってる部長さんなのに!
私はわたわたと椅子の向きを変えヒル魔先輩に向き直る。
「ご挨拶が遅れてすみません! 私、栗田 良寛の妹の甘川 沙樹と言います! 兄がいつもお世話になってます!」
「ケケケ、糞デブの妹にしちゃできたヤツじゃねーか」
「沙樹ちゃんは本当に礼儀正しくて、良い子なんだよ~」
「あの、ぜひともよろしくお願いします!」
勢いよく椅子を立って素早くお辞儀をする。
顔を上げるとヒル魔先輩はなんとも楽しそうな表情でこちらを見ていて、理由はわからないけどつられて笑った。
「じゃ、テメーはアメフト部のマネージャーな」
「へっ……あ、は、はい! わかりました!」
上機嫌らしいヒル魔先輩に当たり前のように言い放たれ、思わず肯定してしまう。
「マネージャーになってくれるの!? ありがとう、助かるよ~!」
あれ、なんか勝手に決まっちゃった……。
まぁまだ部活は決めてなかったし、いっか。
それに……
パソコンで作業を再開しているヒル魔先輩をちらりと見る。
なんだか、ヒル魔先輩のことも気になるから……。
自分でもよくわからない気持ちを頭の隅に追いやり、私は来月からの新生活に胸を躍らせていた。