11話 10月29日
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教室を出た後もヒル魔先輩は歩みを止めようとはしなかった。
その長い足でずんずん進んでいくから、私は足がもつれないようについて行くことだけで必死。
普段ならこういうところに気付いてくれそうなものだけど……。
転ばないよう足元に意識を集中させつつ、考えを巡らす。
――先輩、さっきから一言も話してくれないんだよね。
もしかしてこの間のキッド先輩の一件を思い出して、怒りがぶり返したとか……?
いやいくらなんでもここまで尾は引かないよね。
あ、もしかしたら知らない間にまたキッド先輩が来てたとか?
でもそんなことがあれば、誰かしら教えてくれそうだしなあ。
うーん、だとしたらなんでだろう……。
と悩みに悩むけど、やっぱり思い当たる節は見当たらない。
でもこの前みたいにイライラしてると言うより――ちょっとすねてるみたいに見えるのは私の気のせい?
少しだけ違うような雰囲気の先輩の後ろ姿を眺めていたところで、ふと見慣れない光景に気付いた。
……手、繋いでる!
私の右手がヒル魔先輩の左手と繋がってる!
しかも結構強く握られてるからあったかい!
わああああこんなことってこんなことってあっていいのかなんなのかちょっとほんとにこれ――、
『――――――』
……あれ?
一瞬頭によぎった映像に妙な既視感を覚えた。
なんだかこの光景、前にどこかで見た気がする。
誰かが私の手を繋いでくれて、あったかくて……たしか声を掛けてくれたような。
誰が何て言ってくれたんだっけ。
そもそもあれはどこで見たんだっけ。
――もしかして、いつか見た、ゆ
「沙樹」
「はいっ!」
とっさに出た自分の裏返った声がぼんやりしていた頭を呼び起こす。
顔を上げると、ヒル魔先輩は立ち止まってこっちを見ていた――と思いきや、目が合った次の瞬間に逸らされた。
……理由が分からないそれは、ほんの少しショックだなあ。
ついでに手を離されたことも寂しくなった。
「あー……さっきの会話で分かったと思うが、その……今日はお前は宣伝役だ。グラウンドもステージだかなんだかがあって練習できねえし、まあ……俺も宣伝に協力してやるから一緒に校内回んぞ」
先輩は顔を背けつつなぜか若干のしどろもどろ感をにじませながら言葉を続けた。
そういえば私今まで全然違うこと考えてたから、肝心の連れ出された理由はどっかいっちゃってたなあ。
ここが屋上だってことも今やっと気付いたくらいだし。
なるほど、宣伝すれば知らない人に知ってもらえるしもっとお客さん来るだろうし、それはそれでアリだよね。
さすがヒル魔先輩、頭良い。
――え、でもこれ。
ハッとして思わず口元を手で覆った。
たまたま転がった先がしれっと便乗できる便利な口実になるってことに、図らずも気が付いてしまう。
これ考えようによれば、表向きは宣伝役ってことにしといて、実はヒル魔先輩と一緒に堂々と文化祭を見て回れるってことだ……!
もうすっかり諦めてた下心がこんな形で叶うなんて!
そう思ったら急にテンション上がってきた!
「……お前今日、もしかして誰と見回る予定でいたのか?」
舞い上がっていたところに、なんとなく窺う様子のヒル魔先輩の疑問が投げられる。
……先輩がさっきからどもってたり少し弱気に見えたりするのは何でだろう。
すねてる風に見えたのもそうだし、今日は特に感情豊かだなあ。
普段は怒るか挑発するように笑うかが大半だから、それ以外のヒル魔先輩を見れると新しい一面を発見したみたいで得した気分になる。
「今日はほぼ一日中カフェ係の予定だったので、見回る人は決めてなかったんです。友達とは明日一緒に回るつもりで」
本来のお仕事任せることになったのはちょっと申し訳ないですけどね、と負担が回ったクラスメイトたちに思いを馳せながら付け足す。
みんなごめんね。でもその分ちゃんと宣伝係としてのお仕事はこなすから。
言い訳するみたいに心で誓った。
「――そうか」
俯き気味に短くそうこぼしたヒル魔先輩は、またいつもと違う空気をまとっているように見えた。
……やっぱり、今日はなんだか先輩らしくないなあ。
こんなに珍しい面ばっかりだと逆に心配になっちゃうよ。
余計なお世話かもしれないけどと思いつつ、一歩斜めに踏み出して先輩の視界に入り込む。
「先輩、どうかしました?」
いつもとだいぶ違う感じしますけど、と言おうとしたところで今度は逆側に顔を背けられた。
例によって軽くショックを受けたは受けたけど、それよりも金髪がついていけなかったほど凄まじい勢いの背け方だったから思わず首の心配が先にきてしまう。
……いや今ゴキって聞こえた気がしたよ!
「先輩首大丈夫ですか!? 今ゴキって言いませんでしたか!?」
「なんでもねえよ! 大丈夫だからお前は気にすんな!」
慌ててまた一歩踏み出すと、眉間にシワを寄せた先輩に半ば強引に遮られた。
私よく神経痛になるからもしかしてと思ったけど……大丈夫ならいいや。
大事にはならなかったことにほっと胸を撫で下ろしていると、先輩はややばつが悪そうに頭を掻いた。
「……じゃあ、行くぞ」
「――はいっ!」
さっきとは打って変わって大人しくなってしまった先輩の声使い、そしてそれとは真逆な元気の良い返事が私の口から飛び出た。
しまった、ちょっと大き過ぎた。張り切ってるのバレちゃうかも……。
すると私の調子につられたのか、先輩が今日初めての笑顔を浮かべた。
その笑顔に、偶然だったとはいえ丁度いいタイミングで自分の元に転がって来てくれたチャンスに私は改めて感謝させられる。
まさか本当にヒル魔先輩と一緒に見回れるだなんて思ってもみなかった。
一度は諦めたつもりでいたのに、やっぱり残念だなって、一緒に楽しみたかったなって思ってたみたい。
だから――
今、全身で飛び跳ねたいくらいすっごく嬉しいんですよ?
……なんてのはさすがに照れるから言わないでおこうっと。
恥ずかしさもいつの間にか振り切れたロリータ風のリボンを軽く直して、私たちは屋上を後にした。