11話 10月29日
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
先週のキッド事件(事件と言うまでもないんだろうけど、アメフト部内ではこっそりこの呼び方が浸透してる)から約十日。
あれ以降事件を引き起こした張本人からは特に音沙汰はなく、自然とヒル魔先輩の機嫌も元通りになっていった。
そして肝心の秋大会は見事に敗者復活戦を制して東京代表入りが決定した。
涙を飲んだ他チームの人たちのためにも、引き続き頑張らなくちゃ!
と、そんないろいろなことが重なって忘れつつあったけど、迎えた今日この日は──
私にとって高校初めての文化祭。
文化祭のイメージと言えば、仲の良い友達とはしゃぎながら模擬店巡りをしたり、ひたすらステージの余興に盛り上がってみたり、本来の目的らしく展示物や作品をじっくり眺め回してみたり。
──それと、勇気を出して好きな人を誘ってみたり。
ひそかに最後のイメージに期待してたけど、実際はそうもできなかった。
お兄ちゃん曰く、『ヒル魔は文化祭に興味ないみたいで、去年は屋上でサボってた』らしいから。
せっかくの文化祭だとは思ったけど、興味ないの分かってて誘うのも気が引けるし……残念だけど諦めよう。
少しだけテンションを落としながら辺りを見回すと、素朴で俗気のない雰囲気はどこへやら、そこはすっかり素敵空間に様変わりした教室が広がっていた。
机にはストライプのテーブルクロスが敷かれていて、こじんまりとしたお花が中央で揺れている。
壁に張られた暗幕には綺麗な手書きで書かれたメニューのリストが規則正しく並び、アンティークのインテリアもいくつか飾られていた。
おしゃれだなあ。思わずそうこぼしたこの部屋は、今日明日はカフェとして使われることになっている。
ケーキやクッキー、ドリンクなど甘いものの他にも、サンドイッチやサラダといった簡単な軽食も提供するみたい。
学生がやるお店だから値段も手頃だし、メニューも多めで店内もおしゃれでいい感じだなあと思う。
思うんだけど。
……そんな中、私はなんでこんな服を着る羽目になってるんだろう。
私が今袖を通しているのは──
ふわんとした可愛らしいパフスリーブ、
手触りが良く光沢感のある大きなリボン、
至るところに惜しみなく施された女の子らしさ全開のフリル。
──そう、いわゆるメイド服。
秋大会中ということもあって放課後は基本的に部活に参加してたから、文化祭の準備にはあんまり協力できなかったんだけど……。
だから仕方ないと言えば仕方ないんだけど……。
改めてミラーで自分の格好を確認すると、服から際限なくあふれ出る女の子オーラに少し胸焼けしそうになる。
……せめてこの服を着ることくらい、事前に教えて欲しかった……!
うなだれて長い長い溜め息を吐く。
服を渡されるときに『甘川さんなら大丈夫、絶対似合うから!』ってクラスメイトに言われたけど、絶対にその子は甘く見積りすぎだと思う。
メイド服なんてフリフリしたもの、生まれてこの方一度も着たことなんてない。
引き続き今後も着る予定はなかったのに、まさか学校で着ることになるなんて。
……というかもっと似合う人がいるだろうに、どうしてよりによって私!?
いくら考えてもどうしようもないことをキリがないくらいに考えつつ、しゃがみ込んで低くうめく。
「────あっ」
ふと私的最重要人物のことが頭によぎった。
まさか……ヒル魔先輩は来ないよね?
大丈夫だよね。文化祭興味ないらしいし、甘いものも好きじゃないと思うし。
でももし、もし万が一億が一にも来ちゃったら……。
「……恥ずかしくて死んじゃうかも……」
こんなガーリーを極めたような似合わない格好見たら、きっと先輩ドン引きだろうなあ……。
──会いたいのは山々だけど、今日だけは会いたくない!
そんな複雑な気持ちをはびこらせていると、後ろからトントンと軽く肩を叩かれた。
もう開店するよ。そのクラスメイトのひと言が困惑の海でさまよっていた私を一気に現実に引き戻した。
***
「いらっしゃいませー!」
部活で鍛えた大声をここぞとばかりに張り上げてお客さんを迎えた。
まだ始まって間もないのにかなりの大盛況で、続々とお客さんがやって来る。
厨房側も接客側も、早くもてんやわんやになりつつある。
どうしてこんなに繁盛してるんだろう。
委員の人たちのアピールの仕方が上手かったのかなあ。
とにかくミスしないように、慎重にかつ素早く作業をこなす。
飲食店のバイト経験があるクラスメイトに『一番大事なのは笑顔!』とオープン前に言われ、なるべく意識するようにはしてるけど……。
正直忙しすぎてそんなこと考えてる余裕はないよー!
接客業の大変さを痛感していると、周りのクラスメイトたちがまたもやお出迎えの挨拶を口にした。
それにならって自分も振り返る。
「いらっしゃいま──って、え!? ヒル魔先輩!?」
「…………沙樹?」
そこに立っていたのは、今最も会いたくなかった人。
来るはずがないと私がたかをくくっていたその人。
どうして!? 文化祭興味ないんじゃなかったの!?
甘いものも嫌いじゃなかったの!?
──あ、コーヒーとか軽食はあるか……ってそれにしてもまさか先輩が来るなんて思わなかったよお!
この忙しさですっかり忘れていた自分の見た目が途端に蘇り、意識するやいなや顔中に熱が集中した。
手元に空のトレイがあることを思い出して苦し紛れに身体を隠す。
といっても隠れるのは精々胸元やお腹くらいで、頭に乗せたレースのカチューシャや膝上丈のスカートから覗いた足は丸出し。
自分的にはいまだかつてない相当な露出具合。
ああもうメイドカフェにしようなんて言った元凶は誰!?
というかメイド服をこんな無駄に可愛らしく作った元凶は誰!?
いっそのこと割烹着でよくない!?
いやそもそもメイドって存在は必要!?
身の回りのことは全部自分でやるっていうルールでよくない!?
模擬店も持ってけドロボー状態にして全部セルフでよくない!?
もおおおあまりの恥ずかしさに脳内毒舌オンパレードだよおお!
「沙樹……おま、なんつうカッコ」
「いやあああ言わないで、言わないでください先輩! 私十分分かってますから! こんな可愛いの似合わないって分かってますからああ!」
右手を全力で伸ばして途中だった言葉を制す──けど、顔を合わせる勇気はさすがになくて足元に下げた。
先輩がぽかんとした表情で私を見ているだろうことは顔を上げなくても分かる。
どうせ私は耳まで真っ赤だろうから下向いてもバレバレだと思うけど!
というかどうしようこれ!?
このままヒル魔先輩がいたら私、係の仕事なんて続けらんないよ……!
すると、一発の銃声が部屋中に轟いた。
ざわついていた室内が一瞬で静まって、軽快なBGMだけが何事もないように流れる。
撃ったのは言わずもがな──常に銃を携帯してる例の方。
「ここの糞責任者は誰だ」
ヒル魔先輩が真顔で口火を切ると、キッチンの奥からクラス委員の男子が右手にトング左手にもトングという出で立ちで(どんな使い方してたの?)慌てて出てきた。
分かりやすいくらいの顔面蒼白で今にも倒れそう。
何を言われるのかは私にも分からないけど……でも何を言われても泣きそうな顔をしてる。
「コイツは今から宣伝役として外回りさせる。構わねえよなァ?」
『コイツ』、と親指で差されたのは私。
……え? 外回りってどういうこと?
私の疑問をよそに、ヒル魔先輩の圧力を正面から受けた哀れなクラス委員は、ライブとかでいそうな観客の如く激しく頭を振って──もとい頷いた。
「だとよ。来い沙樹」
「え、え? ヒル魔先ぱ……ええっ!?」
意味がよく分からない状況に混乱してると、先輩に手を掴まれて強引に引っ張られた。
そのままお客さんを押しのけてあっという間に入り口まで連れられる。
いや、でも私まだ仕事が……!
どうしよう、そんな戸惑いを込めてクラスメイトの方に目線を送ると、こぞって諦めたような生暖かい眼差しを送り返された。