10話 10月18日
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ひやりとした夕暮れの中、私は部室の前で一人待っていた。
着替えは男女交互にするから、みんなが終わるまで私は外で待ってなきゃいけない。
夏はよかったけどこの季節になるとそろそろ寒いなあ……。
季節の移り変わりを肌で感じながら冷えた指を組んで待機してると、ついさっき中から聞こえてきた物騒な発言が頭の中で自動再生された。
『あの糞ゲジ眉なんざ出禁だ! 一歩でも泥門に足踏み入れたらぶっ殺す!』
……その台詞を放ったのは考えるまでもなくヒル魔先輩。
キッド先輩、来ないといいな。
来たら今度こそ銃撃戦は免れなさそうだよ。
日本らしからぬ血なまぐさい光景が浮かんだところで、中からすごい勢いでセナくんたちが飛び出して来た。
みんな一様に青い顔をしてる。
きっと、いや確実にヒル魔先輩の怖オーラに怯えちゃったんだろうな。
ああ、凄まじい速さで走り去っていく……。
最後に着替え終わったらしいヒル魔先輩が大きく戸を開け放って出てきた。
無言で眉をしかめているところを見る限り、まだイライラは続いてるみたい。
その様子を気にしつつ、交代で私が中に入って早速着替えを始める。
――ん? 何か落ちた。
ポケットに入っていたのか分からないけど、小さく折り畳まれたメモらしきものが床に落っこちた。
私こんな紙持ってたっけな、不思議に思いながらそれを開くと――
『困ったことがあれば連絡しておいで キッド』
やや右上がりの走り書きで、その下には電話番号とアドレスが書いてあった。
え、何これ? キッド先輩の連絡先!?
もしかして先輩、こっそり私のポケットに潜ませてたの!?
いつのまにこんなという驚きよりも、感心の方がちょっとだけ上回った。
早撃ちが売りの先輩に仕込まれたら誰だって気付きようがない。
でも困ったこと、って……
はは、と乾いた力ない笑いが自然に漏れた。
今現在で言うとあなたが煽って燃え上がったままのヒル魔先輩のことですけどね……。
せめて鎮火させていって欲しかった、なんてのは真っ当な願いのはず。
――とりあえず貰ったからには無視するわけにもいかないし、今日の挨拶も含めて何かしら返事しておかないとなあ。
送る文面を頭の中で組み立てながら、小さな紙をポケットにしまい込んだ。
***
今や恒例になった、二人並んで歩く帰り道。
帰る方向は元々一緒だし部活後の遅い時間ということもあって、ヒル魔先輩は毎日家まで送ってくれてる。
隣をさっさか歩く先輩はさっきより多少落ち着きはしているものの、まだ完全に怒りは収まってないように見えた。
何て声掛ければいいんだろう……。
「……おい沙樹」
はい、と短い返事をして顔を向けたけど、先輩はこっちを向いたり立ち止まったりすることはなかった。
一瞬止めかけた自分の足をまたすぐに伸ばす。
「あの糞ゲジ眉と何話してやがったんだ」
「何って――どうしてアメフト部入ったのかとか、部活は楽しいかとか、特に何でもない話ですよ?」
「それだけか」
ヒル魔先輩、どうしてそんなこと聞くんだろう。
あやふやな記憶をたぐりかいつまんで答えたところを更に問われて、もう一度思い出し直す。
これ以外に何か話したっけ。
さらっとしてたから、あんまり詳しく覚えてないんだよなあ……。
腕を組んで数時間前のほんの数分の出来事を捻り出す。
「大体そんなところで……あ、」
一瞬断片的な記憶が蘇り、弾かれるように顔を上げた。
そういえば私が笑ったときに……
「たしか屈託ないとか、純粋だとか言われた気がしますね」
「ほれ見ろ目的はやっぱそっちじゃねえか!」
「え!?」
やっとかっと記憶を掘り出せて少しの達成感を覚えていた矢先、ヒル魔先輩に怒鳴られた。
ちゃんと思い出して伝えられたのに怒鳴られた。
何で!? 何で私今怒鳴られたの!?
しかも目的って何!?
まさかそんな態度を取られるだなんて思ってもいなかった私は呆気にとられた。
そんな中、ヒル魔先輩の表情はみるみるうちに歪んでいく。
元々悪かった機嫌が更に悪化したみたい。
これ私のせい? ……私のせいだよね、きっと。
原因は私だと分かるもどう対応すればいいのか分からず、途方に暮れる。
「お前もいいように流されてんじゃねえよ! 自分の身くらい自分で守りやがれ!」
「え、それどういうことですか!? 私命狙われてたんですか!?」
そっかそういうことか!
言われてみれば『ガンマンズ』だもんね、そこの選手が一人一丁銃を持ってたとしてもおかしくない!
だとしたら他校の有名な選手相手と言っても油断してた私が悪い!
命狙われてるだなんて知ってたら、きっとあんなほのぼのとした感じで話さなかっただろうから!
「違えよバカ!」
違うの!? じゃあ一体何!?
ようやく原因にたどり着けたと思った途端にこっぴどく突き放され、私の心は完全に折れてしまった。
「っ、バカって……ヒル魔先輩酷いですよお~」
もうヒル魔先輩が何のこと言ってるのか全然分かんない。
怒鳴られるし叱られるし挙句の果てにはバカなんて。
たしかにバカかもしれないけど、でもヒントもなしに察しろみたいなのは難しいよお……。
私は結局答えを見つけ出せないまま、分岐点でヒル魔先輩と別れてしまった。
「はあ……」
無意識に長い溜め息が漏れた。
怒鳴られたり叱られたりしたことよりも、自分がヒル魔先輩を怒らせてしまったことに落ち込む。
人の地雷踏むことなんて普段あんまりないんだけどな。
――というかよく考えたら、キッド先輩がヒル魔先輩を怒らせた流れで私もやつあたりされたんじゃ。
全ての始まりはそこだったんじゃ……。
あながち間違ってもない気がする。
「ヒル魔先輩がキッド先輩に言われて一番怒ってたことは……」
たしか、『悪魔と呼ばれど、ちゃんと人の子なんだねえ』って言葉。
悪魔って呼ばれるヒル魔先輩でも冷静じゃいられないときもあるんだね、って意味かな。
あれは皮肉……だったのかな?
それを指摘されたからヒル魔先輩は怒ったのかも?
考えてもやっぱりまとまらない頭に自分自身で呆れてうなだれる。
それにしても、ヒル魔先輩があんな風になるの珍しいな。
いつもは笑ってかわして逆に相手をはめようとするくらいなのに。
ついでに私も怒られちゃったし。
よっぽど虫の居所が悪かったのかなあ……。
ベッドに入るまでにいくら考えても、私の疑問が解決することはなかった。