9話 10月10日
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「…………ん? ここは……」
重いまぶたを上げると、そこには古びた電灯が瞬いていた。
遠くではざわめき声が聞こえる。
どこかの部屋、かな……。
「沙樹ちゃん!」
「わっ、何……あ、まもり先輩」
「もう……心配したんだから!」
急に私の視界に映り込んできたのはまもり先輩だった。
不安そうな怒っているような、何とも言えない表情をしている。
……え、心配って言ったけど、私……。
「あれ……確か応援してたような……」
起き上がろうと肘をついたけど、すぐに肩を押されてまた横にさせられる。
反動でおでこから何かずり落ちてきた。
……濡れタオル?
それをつまんだまま寝起きの回らない頭でなんとか答えを出そうとしていると、まもり先輩が心配そうな顔で覗き込んだ。
「沙樹ちゃん、熱中症で倒れたのよ。だから起き上がっちゃダメ。念のためもうしばらく休んでましょう。ね?」
「わ、わかりました……」
『ね?』の笑顔にどことなく圧力を感じ、言葉通り従うことにした。
確かにまだ頭がぼうっとしてるから、もうしばらく横になっていた方が良さそうかも。
それにしても、なんだかとても後味の良い夢を見たような気がするなあ……。
ん? 頰がヒリヒリする。なんでだろう。
謎の痛みが残る頰をさすり、倒れる前の記憶を手繰り寄せていく。
ここ、保健室だよね。
ということは誰かが私を運んで来てくれたってことで……。
まさかまもり先輩が?
うーん、さすがに人ひとり持ち上げられるほどの力はないよね、きっと。
……そういえば、大きなうさぎを見たような……。
直前のことがどうしても思い出せず、思い切って聞いてみることにした。
「私、どうやってここに来たんですか? 意識を失う前に人間サイズのうさぎを見たような気がするんですけど」
「そ、それはきっと気のせいじゃないかしら? 夢よきっと。夢!」
「……言われてみれば、うさぎの夢を見たような気もします……」
「そうそう、そうに違いないわ! じゃ、じゃあ私はそろそろ戻るから、沙樹ちゃんは安静にしておくのよ。ここにお茶置いておくからちゃんと水分補給してね。じゃあね!」
珍しく挙動不審な様子のまもり先輩がそそくさと出て行くのを見送った後、軽くひと息ついた。
まさか自分が気絶するなんて……こんなこと初めて。
熱中症って知らない間になるものなんだね。
どこか他人事のようにも感じながら、私はまた諦め悪く記憶を呼び起こそうとする。
……やっぱりうさぎだったような気が……いや、でも普通に考えたらあり得ないよね。
そんなサイズのうさぎなんていたら、体育祭そっちのけで捕獲大会になりそうだし。
私以外の熱中症患者も続々と運ばれてきそうだし。
これ以上考えても、きっと分からないものは分からないままだろうな。
今は大人しく寝てよう……。
清潔な匂いのする薄い布団を頭から被り、ミノムシのように包まる。
少しだけ酸素が薄いぼんやりとしたこの空間は、何かを思い出させてくれるようでくれない。
結局行き着く先は、最近もっぱら私の心を支配しているあの人だった。
誰が助けてくれたのかは分からないけど。
……ヒル魔先輩だったら、いいな。
そんな希望的観測を胸に抱きながら、私は緩やかに意識を手放した。