9話 10月10日
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「……ここ、どこだろう」
気付けばパステルカラーのぼやけた世界に、私は一人立っていた。
見渡しても誰もいないし、何もない。
境界線のないこの空間はどこまで広がっているのかさえ分からない。
私はどうしてこんなところにいるの?
すると、足元に何か柔らかいものが当たった。
何だろうと顔を向けると、そこには真っ白なうさぎが一匹。
「うさぎ……可愛いな」
ひょいと抱き上げそっと肩に乗せる。
最初のうちは大人しくしてたものの、機嫌でも悪いのかだんだん暴れてきた。
「わわっ、暴れないで……って痛い痛い! 噛まないでー!」
小さくて可愛い見た目とは裏腹に、なかなか獰猛な行動。
頰に噛み付くうさぎなんて初めてだよ!
さっき私に駆け寄って来てくれたのは、もしかして私を食べるためだったの?
そもそもうさぎって肉食だったっけ。
「……って本当にやめてー! ほっぺちぎれちゃうよ!」
なんとか顔からうさぎを引き剥がすと、そのまま手の中のうさぎは消えてしまった。
辺りは徐々に暗くなっていき、――まるで真っ暗闇の中に一人取り残されるみたいで。
……怖い。
なぜだか分からないけど、このままここにいちゃいけない気がした。
この暗闇に取り込まれそうな気がした。
とにかく、ここから出ないと。走って逃げないと。
絡まる足を必死に引き上げ、私はあてもなく走った。
「――はあ、はあ……っ出口は、どこ……?」
息が上がるほど走っても、一向に景色は変わらない。
自分が前に進んでいるのかどうかすら分からない。
何かの気配がして思わず振り返ると、お父さんとお母さん、そしてお兄ちゃんがこっちを見つめて立っていた。
――みんな、いたんだ……。
暗闇の中で唯一安心できる要素を見つけて、私は小走りで近寄った。
でも、どうしてか距離は縮まらない。
――なんで……なんで向こうに行けないの?
不安ではやる心を抑えて私は更に強く地面を蹴った。
でもこれ以上に近付くことはできず、それどころかますます離れていく。
暗闇の奥へ奥へと、私の大好きな人たちは吸い込まれて小さくなっていく。
それはまるで、永遠の別れのように。
――待って……ねえ待って! 私を置いて行かないで! 私も一緒に、連れて行って……!
声にならない声で叫ぶ。
きっと私の声なんて届かない、そう思いながらも信じたくなくて懸命に声を張った。
「――どこにも行かねえよ」
不意に耳元で聞こえた誰かの声に足が止まった。
すると、右手に何かがそっと触れた。
――何だろう。
不思議に思った次の瞬間、手元がわずかに明るく照らされた。
辺りは変わらず暗いままなのにそこだけはぼんやり光り、私の右手が誰かの手にふわりと包まれているのが見える。
それは自分の手よりも大きくて長細い、綺麗な手……。
――誰……?
確かめようと視線を上げるけど、薄暗い中で手の主の顔はぼやけていてよく見えない。
でも、どこか笑っているように思える。
私がよく知っている人……そんな気がした。
心まで包まれるみたいな温かいその雰囲気につられて、つい私も頬が緩む。
「――どこにも、行かねえよ」
まるで子供に言い聞かせるように、その人がもう一度優しく声を掛けてくれる。
でもその静かな言葉とは逆に繋いだ手には力が込められていた。
「……うん。ありがとう……」
笑顔で感謝の気持ちを伝えた直後、ざあっと塗り替えられるように辺りが一変した。
さっきまで真っ暗だったここには色彩豊かな草花の絨毯が敷かれ、鮮やかな青に染まった空が広がり、甘く頰を撫でる風が吹き抜ける。
気持ち良い……まるで春の草原みたい。
恐怖と不安の塊だった居場所が、一瞬にして心地良い空間になった。
「……あ、うさぎ」
気付けば何匹ものうさぎたちが周りに集まってきていた。
白、ピンク、黄色、オレンジと色とりどりのモフモフ。
見たこともない色の愛らしい動物に囲まれ、自然と顔が綻んだ。
しゃがむとわらわらと近寄って来て、膝や肩の上に乗ったり頭を擦り付けたりしている。
「私のそばにいてくれるの? ありがとう……」
いとおしむように一匹ずつ大事に丁寧に身体を撫でる。
長い毛足に指を埋もれさせると、小さいけれど確かな心音が伝わってきた。
そのうちの一匹をふわりと抱き締め、特有のぬくもりにじんわりと癒される。
「……うさぎさん、あったかいね」
波みたく押し寄せる眠気に身を任せ、私はそのまま導かれるようにまぶたを落とした。