9話 10月10日
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珍しいくらいに雲がなく、綺麗に晴れ渡った秋空の日。
今日は年に一度の運動部の見せ場でもあり、体育嫌いの私にとっては辛いイベントでもある。
――それは、体育祭。
「あ~暑い……ほんとに十月かな? これ」
「だよね、汗止まんないわ。沙樹は大丈夫?」
「……あ、うん、私は大丈夫」
ぼんやりしていたところに声を掛けられてついなあなあに無難な返事をする。
友人たちは引っ切りなしにタオルで汗を拭い、キンキンに冷えた麦茶でのどを潤していた。
確かに今日は十月とも思えない気温、そして陽射し。
塗りたくった日焼け止めもきっと効果を発揮する前に全部流れ落ちるだろうな。
したたる顔の汗を拭き、乱れた髪を申し分程度に整える。
そして縛り直すつもりで外した右手の白い鉢巻に視線を落とした。
私は白組で、ヒル魔先輩も白組。
――同じ、白組。
たったそれだけで嬉しく感じてしまう私は、こんなにも単純だったのかなんて思ってしまう。
例によって時間差で上がってきた口角を手で押さえつけた。
でも――好きな人ができるって、こういうことなのかも。
些細なことで気分が上がったり、頭に浮かぶと思わずにやけちゃったり。
いつもの風景が色鮮やかに映ったり、気付いたらあの姿を探してたり。
ただの日常がなんだか非日常みたく感じる。
……恋してる人って、きっとみんなこんな風なんだろうな。
すると突然、向こうから何人もの悲鳴が聞こえた。
何が起きたの、と身を乗り出す友人に便乗して自分も首を伸ばす。
「ケケケケケ! 白組が勝った暁には……テメーらどうなるか分かってんだろうなァ!?」
「ひえええぇぇ!」
「お助けえええぇぇぇ!」
視線の先では、何丁もの銃を軽々と担いだヒル魔先輩が不穏な台詞を敵チームに浴びせていた。
銃を構える姿はもうとっくに非日常から日常に変わってる。
先輩、今日も楽しそうで何よりだなあ。
青ざめている人たちと真逆の感想を抱くのは、私ただ一人かもしれない。
「……うちら赤組じゃなくて良かったね」
「うん、本当にね……でも今悲鳴上げた白組の人、あたしの彼氏なんだわ」
「え、あんた彼氏いたの?」
「そうそう、ついこないだ告られてさ~」
「こっ、ここここ告っ!?!?」
「え!? 急にどしたの沙樹!?」
「あ、いやごめん、何でもない!」
うわ、告られて発言につい反応しちゃった。
そうだよね。告白したりされたりするから、恋人同士になるんだもんね。
高校生ともなれば、誰かと付き合うこともきっと普通のことなんだよね……。
周りに気付かれないように、溜め息をひとつ漏らした。
瞳を閉じて真っ暗な世界に投じると、この間のまもり先輩の言葉が文字になって浮かび上がってくる。
『告白もしたらいいんじゃないかしら』
私はまもり先輩みたいに、優しくて美人でモテモテな人間なんかじゃないからなあ……。
夢のまた夢のまた夢のまた夢のまた夢くらいだよ。
そんな私のネガティブさを翻しにかかるように、またまた先輩の言葉が色濃く蘇る。
『案外両思いかもしれないわよ?』
……なんて。
本当にそうだったらどれだけ嬉しいか。
きっと天にも昇る心地なんだろうな。
でもそんなこと……あり得ないよ。
私の事情を知って、それでも好きになってくれる人なんていない。
まあヒル魔先輩は私の事情なんて知らないわけだけど。
普通は軽蔑したり遠巻きにしたり、よくて同情、かな。
一人にしないって言ってくれたのもきっと、そんな意味合いだったんじゃないか、って……。
――あれ?
頭がくらりと揺れたのに気付き、まぶたを上げる。
なんだか景色がおかしい。
歪んでるような、ぼやけてるような……。
頭もフラフラする……。
そう感じた後、身体が急に鉛のように重くなって支えきれなくなった。
友達の叫ぶような声が遠くに聞こえる。
霞む意識の中、最後に私の目に映ったのは――ジャンボサイズのうさぎだった。