6話 7月14日
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果てしない広さに胸踊る青空。
四季感たっぷりの陽射しを惜しげもなく注いでくれる太陽。
音で癒してくれたり手紙の入ったボトルを運んでくれたりするロマンチックな波。
人目を気にせず裸足で好きなだけ走り回れる砂浜。
磯の香りとこれから始まる季節への期待感を高めてくれる潮風。
何もかもプラスに見える、そんなシーズン。
気分が舞い上がるのも仕方ないってもの。
全部を一度に味わえる夏特有のイベントと言えば――
そう、海!
「わあ! 僕、今年初めての海だ~!」
「海開きしたばっかりなんだから大体はそうだろ」
「空も快晴だし、いい海日和ね」
「早速泳ぐぞセナ! 全力MA~X!」
「脱ぐの早っ! 待ってよモン太~」
太陽が早くもぎらぎらと照りつける中、海開きしたての海岸に繰り出した泥門デビルバッツメンバー。
もちろん遊びに来たわけじゃなく、あくまで練習の一環として。
私も含めみんなにとっても今年初めての海らしく、さすがにそこまで鬼じゃないヒル魔先輩から、ひとまず遊んでもいいというお達しが出された。
服の下にちゃっかり水着を着込んで準備万端だったメンバーたちは、次々と広い海に飛び込んで行く。
ただし、ヒル魔先輩とまもり先輩と私を除いて。
「沙樹ちゃん、パーカーは脱がないの?」
「は、はい! 日焼けすると後から肌荒れちゃうので、予防のために着ておこうかな~って」
「そう、じゃあ肌出てるところはこまめに日焼け止め塗り直さないとね。無理しないですぐに日陰行くのよ?」
「はは……ありがとうございます。まもり先輩」
先輩とひとしきり会話をした後、緊張を解くように陰で溜め息をひとつ吐いた。
じわじわと気温が上がり始めてきた七月、海で練習すると聞いてつい踊り出したくなったのはきっと私だけじゃない。
冒頭の気分がそれ。
でも――今の気分は、真逆。
きっちりと閉じられた薄手のパーカーの襟ぐりを指先で少しつまみ、表面積がやたらと狭い夏特有の布を恨めしい気持ちで見据えた。
水着なんて持ってなかったから、慌てて買ったけど……。
早くも本日二度目の溜め息が漏れる。
どうしてビキニタイプしか売ってないんだろう、私が買いたかったのはワンピースタイプなのに。
おかげで脱がない理由を、それっぽく考えなきゃいけなかった。
世の中の女の子たちはみんなそんなに開放的なの?
私はまもり先輩みたいに胸があるわけじゃないし、スタイルに自信なんてない。
……意地でも脱がないんだから!
ものの三十分ほどしか経ってないのに、一日分全力で遊び尽くしましたみたいな風体で遊び部隊が戻って来た。
見るからに疲弊しまくっていたけど、その表情は妙に清々しい。
こんな短時間で海を満喫出来たのは、きっとこの後に待ち受ける練習という名の拷問終わりに、遊ぶ余裕はないと分かっているからかもしれない。
私もそれは正解だと思う。
早速ヒル魔先輩から召集がかかり、鬼ごっこと称した走行練習をすることになった。
どうやら砂浜でのトレーニングは、グラウンドで行うよりも成果が高いという理由があるらしい。
まあそういう理由でもないと、あのヒル魔先輩が鬼ごっこだなんて言い出さないよね。
先輩が鬼になったら恐ろしすぎるけど……。
「筋トレの一環だが半分遊びみてえなもんだ。っつうわけでテメーらマネコンビも強制参加な」
「鬼ごっこなら楽しそうね。沙樹ちゃん、頑張りましょう!」
「は、はあ……」
走るのはあんまり得意じゃないんだけど、でも出来るだけやってみよう。
マネージャーにも体力は必須だし、何より半分遊びってヒル魔先輩も言ってたしね。きっと大丈夫――。
「……って、さっきから私ずっと鬼やってるー!」
「甘川って意外に足遅かったんだな……」
十文字くんが悪気無さそうに率直な感想を漏らした。
私が遅いんじゃなくてみんなが速すぎるんだよ!
いや、私が平均より遅いのもあるかもしれないけど!
「半分遊びって言ってたのに! 誰も捕まってくれない!」
「大丈夫だよ、全力でやればきっとすぐ捕まるよ」
「じゃあセナくん捕まってくれる?」
「それはちょっと……」
ほらね! やっぱりね! あと私はとっくに全力出してるよ!
みんなは私を囲むようにして一見和やかに会話しているけど、距離を保ったままこれっぽっちも近付こうとはしない。
私が少しでもにじり寄ろうものなら、一瞬で目の色が変わって逃げの姿勢に入る。
ただでさえみんなは私よりも足が速いっていうのに、こんなのどうやって捕まえろっていうんだろう。
波打ち際にいた言い出しっぺのヒル魔先輩を睨むように見つめる。
私が視線に込めた情けない気持ちを読み取ったらしい先輩は、しゃあねえなとでも言うように肩をすくめた。
「このまま続けても多分鬼は変わんねえな。ならそろそろやめ――」
「す、隙ありーっ!」
大半を鬼として過ごしたんだから、最後くらいは誰かを捕まえたい。
その強い願いが、普段ならそのまま諦めて終わっていただろう私の身体を突き動かした。
終わらせる気ですっかり警戒心を解いたように見えたヒル魔先輩に、捨て身のタックルをかます。
……うん、冷静に考えれば分かったはずだった。
試合中に相手からのタックルを余裕でひらりとかわす先輩に、私ののろまタックルもどきなんて通用するわけがないってこと。
砂浜を力一杯踏み切った瞬間にヒル魔先輩の姿が見えなくなり、ぶつかり先を無くした私は頭から綺麗に海に飛び込んだ。
「――っぷは! げほっ、げほ……しょっぱ!」
「ケケケケケ! 見事なダイビングじゃねえか沙樹! テメーらもコイツ見習え!」
「「「いや笑ってないで立たせてあげて……」」」
私を心配する風に何人かハモった後、まだ至極楽しそうなヒル魔先輩がびしゃびしゃに濡れた私の腕を掴んだ。
塩水が鼻に入ってツーンとするし、口の中も砂が入ってジャリジャリ言ってる。
今更だけど、やめとけば良かった……。
後悔先に立たずってまさにこのこと。
やつあたりの意味も込めて、まだ笑いっぱなしだったヒル魔先輩をもう一度軽く睨んだ。
「もう、先輩笑いすぎですよ……」
「まさかお前があんなに綺麗に飛び込むなんざ思っても見なかったからな。海に帰るくらいの勢いだったぞ」
「お願いですから忘れてください」
「そりゃ無理なお願いだ。俺の頭にはしっかりインプットされちまったからな、もう手遅れ――」
ケラケラとからかいながら意地の悪い笑みを浮かべていたヒル魔先輩は、私をぐいと引き上げた途端、一瞬にして表情を失ってしまった。
まるで銅像のように、私の腕を宙に掴み上げたままピクリとも動かない。身体も目線も。
え、何何!? ヒル魔先輩どうしたの!?
知らない間に何かやらかしてしまったのかと、内心焦りながら他の部員たちに助けを求める視線を寄越す。
けど、みんな目を点にしていたり俯いていたりと、ヒル魔先輩と同じく様子がおかしい。
ええええ! 本当にどういうこと!?
「……テメーら全員海に入れ! 糞チビ、あっちに置いてある浮き輪全部持って来い! 三秒以内だ、とっとと行け!」
「三秒なんて無……はいいいいぃぃっ!」
今日初めての怒号が飛んだ。
いきなりのことに驚いて先輩の表情を窺おうとしたけど、ふいと顔を背けられてしまい目は合わせてくれない。
しつこく背けた先を追ってみても、ことさらあり得ない角度に背けられるだけだった。
……本当に、どういうこと?
その代わりになのか一体何なのか、掴んでいた腕を引っ張られて、私はそのまま海の中へと引きずり込まれた。