5話 6月29日
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ものの五分ほどで、コーヒーたちとにらめっこをしていたヒル魔先輩はカウンターに直行した。
早! こんなに種類あるのに、もう決まったの?
先輩がメニュー冊子を手早くめくり、ピタリと手を止める。
「……おい沙樹」
「は、はいっ!?」
突然自分の名前を呼ばれて驚いた私は、つい声が裏返ってしまった。
「生クリーム好きか」
「あ、はい、大好きです!」
「ケーキも食うんだろ? どれにすんだ」
「じゃあ……シフォンケーキで」
「分かった。先座ってろ」
言われるがまま一番近くのソファ席に座る。
名前呼ばれるの、やっぱりちょっと照れるなあ……。
いつまでもどぎまぎするの嫌だし、早く慣れないと。
……でもなんで生クリームなんだろう?
疑問に思っていると、注文し終えたらしいヒル魔先輩が向かいの席にどかっと腰を下ろした。
組まれた細い足がすらりと伸びて、まるでモデルみたい。
そんなことを思っていると、奥からふわりといい香りが流れてきた。
淹れたてのコーヒーってきっと格別なんだろうなあ。
「そういえばヒル魔先輩って、いつ頃からコーヒー飲み始めたんですか?」
「中学の頃からだな。試しにブラックで飲んでみたら飲めた。特にまずいとも思わなかったから、なんだかんだ飲み続けてたらいつの間にか好きになってたな」
「す、すごい……初っ端からブラックって」
私にブラックを飲める日が来るのはいつになるんだろう。
先輩みたいに、かっこよく飲んでみたい。
『あ、それ結構です』って砂糖とミルクを断ってみたい。
コーヒー片手に颯爽と仕事をする未来の自分を想像していると、店員さんがやって来た。
ヒル魔先輩にはコーヒー、私にはふわふわのシフォンケーキと……何これ?
丸いテーブルにちょこんと置かれたそれを、身を乗り出してまじまじと眺める。
「……コーヒーの上にクリーム乗ってる!」
「ウインナーコーヒーってヤツだ。それなら飲めんだろ」
「へ~、こんなのがあるんですね! いざチャレンジ……ん! 甘い! 美味しい!」
予想外の美味しさに、堪らずケーキにも手を伸ばす。
「ん~~ケーキも美味しい~~! 幸せ……」
「結局コーヒーよかそっちなんじゃねえか」
「そんなことないです、ちゃんとコーヒーも味わってますもん」
ケーキはもちろんそうだけど、まさかコーヒーをこんなに美味しいって思えるなんて。
クリームの甘みの合間にコーヒーの苦味が時々混じって、すごくバランスが良くて飲みやすい。
さすがヒル魔先輩、チョイスが完璧……!
コーヒーを飲めた嬉しさと先輩へのありがたさが相まって、思わず目を細める。
「ウインナーコーヒーってこんなに美味しいんですね! これならいくらでも飲めそうです」
「本当はもっと苦味のある豆使うんだがな。今回は念のため浅煎りの癖のないやつ選んどいた」
「ありがとうございます。ヒル魔先輩のおかげで、今日がコーヒー記念日になりました!」
「ケケケ、そりゃ良かったな」
上機嫌そうに返した先輩はコーヒーを口元に運ぶその姿が様になってる。
髪は染めてるんだろうけど、顔立ちといい体型といい、ヒル魔先輩って本当に日本人離れしてるよね。
怖がられさえしなきゃ、きっとモテるんだろうなあ……。
――チクン
ん? なんだか今、胸の辺りに痛みを感じたような……。
眉を寄せて自分の中央を確認するように軽く撫でる。
痛くない……気のせいだったのかな。まあいっか。
深く考えないことにして、まだ温かいコーヒーと食べかけのケーキを引き続き味わった。