友達以上 ~ヒル魔Side~
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
いつものように勝手に鍵を開け、俺たちは屋上へと足を踏み入れた。
戸を開けた瞬間、少し砂混じりの風が一気に吹き込み、一瞬目を瞑る。
変わり映えのない景色、変わり映えのない時間。
そして隣にいる、変わり映えのない関係の沙樹……。
俺は、ずっと前から沙樹に片想いしている。
いつ好きになったのかなんて覚えちゃいねえ。
気付いたら俺は、アイツを目で追っていた。
そのせいでわかったことがある。
沙樹は俺のことを、友達としてしか見ていやがらねえことを。
アイツが他のヤツにする態度と、俺にする態度、全く変わりやしねえ。
思ったことがすぐ顔に出る沙樹だから、もしアイツに好きな男がいたとしたら、俺はすぐに気付くだろう。
だが今のところ、そんなヤツは出てきていない……。
好きな男がいないことに安心する反面、自分のことも異性として見られていないことに軽く落胆する。
「午前、やっ……と終わったー!」
突然の沙樹の声に意識を取り戻した俺は、アイツがいつの間にかフェンスの前にいることに気が付く。
沙樹はどうやらこの屋上がお気に入りらしい。
毎回必ずフェンス越しから食い入るように辺りを見回し、満足げな顔をする。
毎日同じ景色なのに、よく飽きねぇなコイツは。
ま、感受性豊かなところも、沙樹のいいところなんだがな……。
ふと俺は、『毎回同じ反応をする沙樹』に対して、同じく『毎回同じことを考える自分』に気付いてしまった。
バカか俺は……俺もアイツと同じじゃねぇか。
呆れたような嬉しいような微妙な気持ちで、沙樹の隣に立つ。
「あ~~風が気持ち良い……。寒くもなく暑くもなく、今がちょうどいいよね」
目をやると、この風を堪能しているのか、沙樹が目を瞑ったまま気持ち良さそうにしている。
長くて艶のあるまつ毛、淡い桃色の柔らかそうな唇、茶色がかった流れるようなロングヘア……。
微笑みを浮かべている沙樹に思わず見惚れてしまい、改めて綺麗だと感じる。
そして俺の目線はどうしても、その愛くるしい唇に集中してしまう。
そんな無防備な顔されると、キスしたくなっちまうだろうが……。
「おい、とっとと食うぞ。腹減った」
俺は煩悩を振り払うように、そう言い捨ててその場から離れる。
あのまま隣にいたら、理性を抑えられないような気がした。
本音を言うと、今よりもっと沙樹に近付きたい。
でも、それは今じゃない。
いつか伝えるその日までは、この気持ちは悟られねえようにしねえと。
丁度弁当を広げたところに、沙樹が駆け寄る。
当たり前のようにちょこんと隣に座るコイツ。
たったそれだけなのに、こんなにも嬉しく感じてしまう俺は何かの病気なのか。
「わぁ! ヒル魔くんのお弁当、色も綺麗で美味しそう!」
沙樹が身を乗り出し、俺の弁当をまじまじと見て目を輝かせる。
本当にコイツは、無自覚で至近距離に来やがる……。
「母親が凝り性だからな。ま、栄養バランスが良いのは助かるな」
近くなった距離を特に意識していない風に、他愛ない返事をする。
言った後で、そういえば沙樹は自分で弁当を作っているんだったと思い出す。
どういう家庭環境なのか気になったことはあるが、コイツが自分で言い出さない限り、俺からは話を振らないようにしていた。
ま、沙樹のことだ。
コイツは基本的に感情が顔に出るタイプだし、もし何かあっても俺がすぐに気付いてやれるからそこらへんは問題ねえ。
急に静かになったと思ったら、沙樹が自分の弁当を見下ろして小さく溜め息をついていた。
何だ、弁当に何かあったのか?
俺は興味本位で沙樹の弁当をチラリと見た。
一瞬でコイツの考えていることがわかってしまい、小さな嗜虐心がむずむずと顔を出す。
「ケケケ、見事な茶色弁当だな」
「う、うるさいなぁ! 私のはボリュームと味重視なの!」
大方、俺の弁当と自分の弁当の出来を比べて、勝手に落ち込んでいるんだろう。
下手にフォローするより、いっそのことネタにしてしまった方がいい。
単に、自分がおちょくりたいっつーのもあるが……。
沙樹はからかっても、落ち込んだり泣いたりしねえから、茶化し甲斐がある。
むしろ、アイツの怒った顔が見たくてやってるトコもある。
内心楽しくて仕方なかったが、そう思われないように呆れたような表情を装う。
「しゃーねぇな。ホラ、やるよ」
「むぐ!」
自分の弁当から適当なおかずをつかみ、何か言いたげな沙樹に構うことなく、その口内に突っ込む。
小気味良い音を立てながら大人しく咀嚼している姿は、まるで小動物みてえだ。
こんなに美味しそうに飯食うヤツ、多分他にはいねえ。
こっちまで嬉しくなってきやがる。
「もぐもぐ……お、美味しい! ありがとう!」
「テメーの弁当は圧倒的に野菜が足りてねぇんだよ」
ただ俺が食わせたいだけなのに、適当な理由をつけてそれっぽく納得させる。
一度だけじゃ飽き足らず、次はどれを食わせてやろうかとワクワクしながら弁当の中身を吟味する。
が、またもや隣の小動物が一瞬静かになった。
コイツ絶対余計なこと考えてやがんな……。
本当、わかりやすいヤツ。
沙樹が思っているであろう不要な考えを取り除くべく、俺は再び強制的に食べさせることにした。
「沙樹、口開けろ」
「え? あむ! もぐもぐ……ん~! これも美味しい~!」
さっきよりも沙樹の顔が明るくなり、なんとなくホッとする。
吹っ切れたのか、これは全力で美味しさを堪能している顔だ。
怒ってる顔も落ち込んでる顔も悪くねえが、やっぱり沙樹には笑顔が一番似合う。
「はぁ~、ヒル魔くんのお母さんすごいなぁ……弟子にして欲しい」
「何バカなこと言ってやがんだ。テメーだって、下手なわけじゃねぇんだろーが」
沙樹が俺の母親の弟子になったら、俺はコイツに食わせる口実がなくなっちまう。
勿論冗談だろうが、そんなのは勘弁だ。
確かに沙樹の弁当は茶色だが、そもそも毎日作ってんのにいまだに下手なはずがねえ。
コイツはどちらかと言えば要領は良いはずだ。
「んん……そうだと良いけど。そう思いたいけど」
沙樹はまだ何か口ごもっている。
弁当のこと、相当引っ張ってんだな……。
お前の作る弁当は絶対美味い。
お前に自信が付くように、俺が証明してやる。
「なら、俺が審査してやるよ」
沈んだように俯いていた沙樹に向かって、俺は口を開けて食わせろアピールをする。
一瞬疑問符を浮かべていたが、ハッと気付いたように弁当の中身を凝視しだした。
意を決したように卵焼きをつかみ、おどおどした様子で俺の口に近付ける。
俺はそれを一口で頬張った。
……ほらな、やっぱり美味い。
沙樹がなんでそんなに自信無さそうにしてんのか、わかんねえくらいだ。
味も見た目も申し分ねえよ。
顔には出さず沙樹の手作り料理を満喫している内に、俺はあることに気が付く。
審査してやるなんてつい言っちまったが……どうする?
美味かったぜ! なんて爽やかに言うキャラでもねえし、こんなときに茶化すのもなんだしな。
だからと言って不安げなコイツを前に、何も言わねえわけにもいかねえ。
完全に提案の仕方を間違えた俺は、無難に仏頂面で通すことにした。
「……美味ぇ」
「ほ……本当!? え、本当に本当!? 嘘じゃない!? ねぇもう一回言って!」
俺の言葉が余程信じられなかったのか、沙樹は何度もしつこく聞いてくる。
気持ちはわからんでもないが、さすがに疑いすぎだろ。
「うるせーなテメーは! 一回言ったんだから十分だろ!」
あまりに嬉しかったんだろう、どうやら沙樹は自分の世界に入ってしまったようだ。
俺の言葉を聞いているのかいないのか、顔を輝かせて宙を見つめている。
さっきまでの落ち込みようはどこに行ったんだ。
くるくる変わるコイツの表情は、本当に俺を飽きさせない。
「他に何か食べるっ?」
沙樹は急に距離を詰め、満面の笑みで弁当を勧めてきた。
眩しいほどの笑顔に、思わず『じゃあ、お前』とか言ってしまいそうになるが、そこはまたもや理性に頑張ってもらう。
考えたくもないが、おそらく俺以外の男だったらひとたまりもねえだろう。
そのくらい沙樹は異性として魅力的だ。
「ケケケ、沈んだり浮かれたり騒がしいヤツだな。じゃあ、から揚げ」
「はい、どうぞ!」
不安そうだったさっきとは違い、自信満々にから揚げを運んできた。
やっぱり美味い。
正直俺としては、彩りや栄養うんぬんの母親の弁当よりも、茶色でもいいから沙樹の作った弁当が食べたい。
それが現実になるまでに、超えなきゃならねえことは山ほどあるがな。
俺が珍しく未来に思いを馳せていると、沙樹は意味ありげに耳を近付けてきた。
「……なんだよ」
「どうだった?」
「さっきと同じだ」
「ちゃんと言葉にして! 言葉にしないと伝わらないことだってあるんだよ!?」
「うるっせぇな! テメーはそれ聞きてぇだけだろ!? あーもう……美味かったよ! これでいいだろ!」
「やったーーぁ! ありがとう、嬉しい!」
根負けして二度目の褒め言葉を口にすると、沙樹はここぞとばかりに会心の笑顔を見せる。
……可愛すぎんだよ、お前。
お前の笑顔は強力な武器なんだって、そろそろ自覚してもいいくらいだろ。
そんなに『美味い』の一言が聞きたかったのか?
いや、俺に言われたのが嬉しかったのか?
……さすがにそれは都合良く解釈し過ぎだな。
その愛しさに抱き締めたくなる衝動を抑え、俺はこっそり頬を緩ませた。
1/2ページ