友達以上 ~ヒロインSide~
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ようやく午前の授業が終わり、私たちはお昼ご飯を食べに屋上に来ていた。
広々としたその場所には、私たち以外誰一人おらず閑散としている。
それもそうだ、だって本当は立ち入り禁止の場所なのだから。
なぜ私たちは立ち入れるのか……それは、友達のヒル魔妖一くんがなぜか、屋上への扉の鍵を自由に使えているから。
きっと例の脅迫手帳によるものだろうけど、私はあえて突っ込まない。
一応私も恩恵を受けているわけだし、ご飯を食べるためだけに使っているからいいよね、と今日も自分に言い聞かせる。
ヒル魔くんは、周りに『金髪の悪魔』と呼ばれていて、随分怖がられているらしい。
いろんな人の弱みが手帳に事細かに書き込まれていて、先生ですらも頭が上がらないとか……。
私は入学当初そのことを知らなかったから、出席番号が近いヒル魔くんに何の気なしに声を掛けたっけ。
話してみると面白かったし、特に怖い思いをすることもなかったので、そのまま友達になった。
今ではヒル魔くんは、一番仲の良い友達だ。
懐かしい出来事を思い出しながら、私は悠々とフェンスへ向かった。
屋上は生徒だけでなく先生方すらも使っていないのだから当然だけど、掃除はされていない。
風に運ばれて来た葉っぱや、細かいホコリなんかがそこかしこに散らばっているので、お世辞にも綺麗とは言えない。
行き止まった先であくびをしながら、退屈な授業で凝り固まった背筋を伸ばす。
「午前、やっ……と終わったー!」
でも、私は季節を感じることのできるこの場所が好き。
フェンス越しに周りの景色を一望できるところや、人がいないゆえの静けさもお気に入りだ。
ヒル魔くんが一足遅れて私の隣に付く。
「あ~~風が気持ち良い……。寒くもなく暑くもなく、今がちょうどいいよね」
フェンスにつかまり、瞼を閉じたまま横にいる彼に同意を求める。
屋上でしか感じられないこの爽やかな風を受けると、午前中の疲れが一気に吹き飛ぶ。
春の終わりを告げる、かすかに夏のにおいを含んだそれは、私の髪を撫でて頬を優しく掠めた。
そのあまりの心地良さに、このまま居続けたらそのうち空気と同化してしまうんじゃないかなんて、突飛なことを考えてしまう。
自分で考えておいて、なんだか楽しくなってきた。
「おい、とっとと食うぞ。腹減った」
ヒル魔くんはそんな私を放って、さっさと向こうに行ってしまった。
せっかくこんな良い場所にいるんだから、もうちょっと堪能してもいいんじゃない? と不満に思ったけど、お腹が空いているのは確かだし、お昼休みの時間は思っているより長くなさそうなので、私はおとなしくヒル魔くんの言葉に従うことにした。
壁際に座り込むと、コンクリートのひんやりとした冷たさが伝わってきて気持ちが良い。
隣ではヒル魔くんが一足先にお弁当を広げていた。
「わぁ! ヒル魔くんのお弁当、色も綺麗で美味しそう!」
「母親が凝り性だからな。ま、栄養バランスが良いのは助かるな」
ヒル魔くんのお弁当には、赤、黄、緑と彩り豊かなおかずが綺麗に詰まっている。
母の愛情がたっぷり込められた、なんとも食欲をそそるお弁当だ。
それに比べ、私のお弁当はというと……
「ケケケ、見事な茶色弁当だな」
「う、うるさいなぁ! 私のはボリュームと味重視なの!」
卵焼き、鶏のから揚げ、煮物、コーンバターなど、お弁当の定番ではあるけど、彩りを完全無視したおかずが乱雑に詰まっている。
仕方ないじゃん、自分で作ってるんだから!
しかも朝は時間がなくて、前日の残り物なんだから!
私だって本当はヒル魔くんのみたいな素敵弁当、食べたいんだから!
「しゃーねぇな。ホラ、やるよ」
呆れたのか、ヒル魔くんが赤い何かを私の口元にずいっと差し出した。
これ何? と尋ねるひまもなく、強引に口にねじ込まれる。
「むぐ! もぐもぐ……お、美味しい! ありがとう!」
「テメーの弁当は圧倒的に野菜が足りてねぇんだよ」
赤い何かは、パプリカのマリネだった。
歯ざわりの良い新鮮なパプリカに、レモンとバジルの爽やかさが相まって、口内が一瞬で幸せの空間に変わる。
なんてオシャレなおかずが入っているんだろう。
私はマリネの作り方を調べたことがないどころか、パプリカを買ったことすらない……。
ふと手元の自作弁当が視界に入り、改めて完成度の違いにげんなりする。
「沙樹、口開けろ」
「え? あむ! もぐもぐ……ん~! これも美味しい~!」
ヒル魔くんはまたもや、有無を言わさず美味しい何かを口に突っ込んできた。
コリッと食感が良いのは、枝豆。そして、滑らかな舌触りのアボカド、酸味の中で甘さが際立つトマト。
どうやらクリームチーズでサラダ風に仕上げているらしい。
ヒル魔くんのお母さんはシェフか何かかな?
でないと、お弁当の中にこんなハイクオリティのおかず入らないよね。
自分は足元にも及ばないということを察し、嫉妬すら浮かばず、ひたすら尊敬の念に駆られる。
「はぁ~、ヒル魔くんのお母さんすごいなぁ……弟子にして欲しい」
「何バカなこと言ってやがんだ。テメーだって、下手なわけじゃねぇんだろーが」
「んん……そうだと良いけど。そう思いたいけど」
「なら、俺が審査してやるよ」
あ、とヒル魔くんがこちらに向かって口を開ける。
一瞬どういうことかわからなかったけど、すぐにその意図に気付き、お弁当のラインナップを再確認する。
審査するから何か食わせろってことね!
えっと、どれにしよう。どれがいいかな。とりあえず見た目マシそうなやつは……。
悩んだ末、私が選んだのは卵焼き。
猛獣に餌でもやるかのように、おそるおそる彼の口に運ぶ。
無言で咀嚼する彼を、私はまるで高校の合格発表をされるときのような緊張感に包まれながら見守った。
さっき自分で『味重視』と言ってしまった手前、ハードルは確実に上がっているだろう。
そうでなくても、料理上手な母親の手料理を毎日食べている彼だから、舌は肥えているはず。
余計なこと言わなきゃ良かった、と今更後悔した。
やがてごくりと飲み込む音が聞こえて、私は覗き込むように彼の表情を確かめる。
「……美味ぇ」
「ほ……本当!? え、本当に本当!? 嘘じゃない!? ねぇもう一回言って!」
「うるせーなテメーは! 一回言ったんだから十分だろ!」
かすかに期待していたけど、まさか本当に聞けるとは思わなかった言葉がヒル魔くんの口から発せられた。
ヒル魔くんが美味しいって言ってくれた……!
それすなわち、彼の母親の足元にくらいは近付けたと言うこと!
これから胸を張って、特技は料理ですと言えるということ!
急にヒル魔くんが、彼の容姿とは対極にある天使のように見えた。
私は浮かれ気分で、ヒル魔くんにお弁当の中身を向ける。
「他に何か食べるっ?」
「ケケケ、沈んだり浮かれたり騒がしいヤツだな。じゃあ、から揚げ」
「はい、どうぞ!」
先ほどの緊張感はどこへやら、嬉々として大きめのから揚げをつかんで、ヒル魔くんの口元に差し出す。
一度褒められたせいか、自信を持って彼に送り出すことができた。
例の言葉をもう一度聞けるかもと思い、飲み込んだらしい彼の口元にわかりやすく耳を近付ける。
「……なんだよ」
「どうだった?」
「さっきと同じだ」
「ちゃんと言葉にして! 言葉にしないと伝わらないことだってあるんだよ!?」
「うるっせぇな! テメーはそれ聞きてぇだけだろ!? あーもう……美味かったよ! これでいいだろ!」
「やったーーぁ! ありがとう、嬉しい!」
もう一度聞きたかった言葉が聞け(言わせた、に近いかもしれない)、私は天にも昇るような気持ちになった。
人に美味しいって言われると、ここまで嬉しいものなんだね!
彩りはちょっとアレだけど、頑張って作って良かった……。
もういっそのこと料理人目指しちゃう?
うじうじしていたこともすっかり忘れて、私は楽しい未来をあれこれ考え始めていた。
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