悪魔と殺人鬼
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「ドクター」
「なんだ」
忙しなく急かされたこの状況。それでも私は唇を噛み締め、熱くなっていると感じる顔に力を入れれば、まるで小声で叫ぶように次の言葉を告げることになる。
性欲とはなんだろう。己の知る常識を置き去りにするこの世界に来て、私はだいぶこの議題に悩まされた。
殺人鬼ばかりいるこの世界で、あのイカれた男と一緒にいる自分を、こうも恨んだり、時には惜しいことに喜んでしまうことがあっていいのか。そもそも殺人鬼しかいないこの世界で、私だけ普通の人というのも納得がいかない。否、普通という概念は私の主観であるため、この世界を基準にすれば"私だけがおかしい"のかもしれないが…エンティティという女王様は私をどうしたいのか、未だに分かったものではない。
それはそうと話を戻すが、ドクターと呼ばれる男と生活するようになって分かったことがある。それは彼らは人間でありながら殺人鬼である、ということ。何を今更、当たり前のことを言うのかと笑う者もいるかもしれないが、今の私はそのことで非常に困っている。
彼と共にする生活の中で、自分に大きく影響があった一つとして、彼自身の性欲があがってくる。単刀直入にいうと、私達は主従関係でありながらも一応互いに気持ちを伝えてはいる状態。だからこの場合、同意さえあれば致すことへの抵抗というのはないものなのだが、彼に関しては全く違った。
まず殺人鬼に、性欲が存在しなかった。いや、これは後の発言で矛盾してると言われるのだが、所謂普通の性欲ではないということだ。彼らは殺しに長けている、といえばまぁ殺人鬼故に納得がいくのだが、そんな彼らが"殺人鬼"になった理由の大半は「殺すことへの欲求」なのだ。中には違う者たちもいることにはいるのだが、彼はそのうちの例外ではない。そして、毎晩行われる"儀式"という殺し合いのゲーム。彼らはここでだけ殺人を許されているのだが、それも毎晩必ず招かれるわけではない。そのゲームに関しても、ただ殺すだけではなく殺される側は逃げることを許されている…ここはそういった箱庭の楽園。
では、これに性欲の何が関係しているかというとだ。儀式に数日招かれないことがあったり、あるいは儀式に出ても自分の理想通りの欲が満たされないことがあると、彼らは殺人欲が満たされずそれを別の欲に変えることで自分を満たすようになる。ドクターの場合、私という好都合のモルモットがいるおかげ(私がいるせいというのなら私は今すぐこの場から消えたい)でその欲は性欲に変わって私へと向けられる。
…よくよく考えればただの二次被害だ。それだけならまだ関係的に許すものを、彼は半ば無理やり手を出しては、私が否定しても一向にやめてくれず、挙げ句私が逃げようとすれば乱暴にことに及ぶ。私の常識で言えば最悪な男だ。というか、普通そう思うだろう。そう思ってほしい。
朝食を終え、3日間患った腰の激痛が治った私は、研究所へ出向く彼を見送り部屋の掃除に勤しんでいる。本調子ではないのか、私の身体は少し怠けて気怠さと重みを感じさせ、そして数日前に及んだ行為を思い出す。
さて、何度目かはわからないが冒頭の議題に戻ろう。実のところ、彼と初めて身体を重ねてからこの日まで、全くもって甘い行為をしたことがない。いや、甘い行為を彼からされる予想すらできない私もどうかと思うのだが、実際彼はただ本当に殺人鬼として私とやりあってるようにしか感じない。
「本当に、私のことちょっとでも」
想ってくれているのだろうか。あの容赦のない男のことなどとうに理解しているはずなのに、私は困惑している。というのも、自分の中に今更ながらこんな女々しい感情が生まれるとは思わなかった。だがよく考えてほしい、多少優しく甘いセックスができるとすれば…私の身体の負担が減り、こんな情けない疑問を朝から考える必要もなくなる。人との関係にこうした言葉を使うべきではないのかもしれないが、私からすれば"メリット"だ。
いや、まぁ。実際に甘い行為に及んだとすれば、きっと恥ずかしいけれど。とんでもなく恥ずかしいけれど。
だが私は自分のメリットのためと、今後の二人の逃れられない関係のためにも考えるわけだ。
彼が乱暴になる瞬間は多少違うものもあるが、大体は私が逃げようとしたり否定したりする時だ。嫌がったり、身体を捩って逃げようとすれば彼は必ずそれにしがみついて私を殺そうと(壊そうと)してくる。
そしてもう一つ、彼から仕掛けるこの行為は彼に主導権があるのだから、私が彼を受け入れ彼を誘えば、ワンチャン解決する可能性がある。もし仮に彼から仕掛けられたとしても、私は逃げずに受け入れて、あわよくば甘えてみれば多少は変わるのではないだろうか。
最後に、私が誘うのだから断らせないのが大前提だ。何故かって?誘っておいて断られるなんて恥ずかしすぎる。そのため、彼の気が乗る日でないといけないわけで…その日は基本的に儀式から数日空いた日だ。
此処まで彼のことを考えてしまうのは、もはや彼の思うツボ、洗脳でしかないのかもしれないが…それでもいい。どうせこの先永遠に抗おうにも抗えずに飼われるだけなのだ。私が元の場所に帰るまでは。
「ということで最後の儀式の日は〜…あー、あれ?あ!一昨日、一昨日かぁ…あれ?」
机を拭きながら独り言ちる私の手にポツリと雫が垂れる。これは所謂、冷や汗というものだ。こんなに瞬時に冷や汗が出てくるほど私は汗っかきだったろうか、いやまて汗っかきに冷や汗は関係するのだろうか。わからない。
予定を思い出す限りでは、今夜も明日の夜も儀式はない、ということまで私は知っている。なにせ彼がそう私に告げて今朝出て行ったのだ。もしかしなくても、これは誰かが私に仕向けた運命なのではなかろうか。
「いやこんな運命嬉しくないから!日程早すぎだから!」
今日は流石に無理だ。明日だ、より1日あけてたほうがいい…もし今夜誘われたとしたら、その時はプランBとして作戦の変更をする。それで行くしかない。それで行くしか…臨機応変に…
「う、うえぇ…」
私は常に不安でしかない。
人間って歳を取れば取るほど1日を感じる時間が短くなっていく、と聞いたことがある。ではなんだ?私はこの1日で100歳にでもなったのだろうか。
昨日自分は彼との性生活の改善のため一人脳内会議をして、その結果を今日試そうとしている。
いやいやいや、スパン短すぎてシャレにならないって。
あれからもう24時間以上の時が流れたと思うと、むしろよくこの数時間を何もなく過ごしたと言えよう。夕食を済ませ風呂の準備を終えた私は、リビングで資料に目を通す彼に入浴の準備ができたことを報告をする。ここまでは普段と変わらない日常だ。
さて、ここからの全てが、私の行動にかかっている。
「おい」
「はみっ!?」
第一声から噛んだ。噛んだよ。神田くんはいつも私のことをからかっては滑舌の悪い私を馬鹿にしていたが、こんな大事なところで噛むなんてありえない。そもそも神田くんって友達はいなかった。
「な、なんでしょう」
「先に入れ」
「………あっ」
成る程。今日は先に風呂に入れということですか。相変わらず言葉足らずすぎて私の脳内で処理するのに時間がかかりましたよ。そうだな、先に風呂に入って後から出てきたこの男を誘う、という超スムーズな流れの方がいいか。よし、そうしよう。
私はリビングの棚からタオルと下着を引っ掴んで風呂場へ向かおうと足を運ぶ。しかし下着を取った直後、自分の練りに練った作戦に欠陥があることに気づいた私は、彼の真横を通り過ぎる手前でびくりと止まってしまった。あぁ憐れな桔梗よ、なんと不自然な止まり方をする。これだと彼に不自然を悟られてしまう。
いや、いっそその方がいいのだろうか。
「なんだ」
「あ、いやぁ…」
彼に視線をやればこちらなんて見ていない。ただ不自然に止まる私に、適当な言葉を投げかけているだけだ。あぁなんか虚しい、何故だろう、これからそういったことをすると、自分が事前に決めてるせいか虚しくなる。しかし私もこんなところで立ち止まっては一向に進まない。
「ドクター」
「なんだ」
彼から投げかけられた言葉に、私から投げかけるのもよく考えればおかしなことだ。行動どころか話まで進まない私との会話に、ない眉を寄せては睨むような視線を送ってくるこの男。思わず怯みそうになる。冷たいわけではない、決して、きっと、いや多分。けれど彼はこういう人間なのだ、殺人鬼ということだけは忘れてはならない。
私はいざその気になった瞬間に感じる羞恥と、なかなか口から溢れ出ない誘いの言葉に、徐々に頬を赤らめていく。感じる、熱が溜まるのを感じる。絶対に顔が赤い。そして絶対それを不審がって見てるに違いない。
「えっ、と…」
「しつこいぞ」
あぁ怒ってる、めちゃめちゃ怒ってる!失敗してしまう、このままだと。
私は汗ばんだ両手に握りこぶしを作って唇を噛み締めれば、まるで地面に吐くように力強く、しかしそれはまるで息を吐くような掠れ声で告げる。
「お、お風呂、ご一緒しませんか?」
「なんだ」
忙しなく急かされたこの状況。それでも私は唇を噛み締め、熱くなっていると感じる顔に力を入れれば、まるで小声で叫ぶように次の言葉を告げることになる。
性欲とはなんだろう。己の知る常識を置き去りにするこの世界に来て、私はだいぶこの議題に悩まされた。
殺人鬼ばかりいるこの世界で、あのイカれた男と一緒にいる自分を、こうも恨んだり、時には惜しいことに喜んでしまうことがあっていいのか。そもそも殺人鬼しかいないこの世界で、私だけ普通の人というのも納得がいかない。否、普通という概念は私の主観であるため、この世界を基準にすれば"私だけがおかしい"のかもしれないが…エンティティという女王様は私をどうしたいのか、未だに分かったものではない。
それはそうと話を戻すが、ドクターと呼ばれる男と生活するようになって分かったことがある。それは彼らは人間でありながら殺人鬼である、ということ。何を今更、当たり前のことを言うのかと笑う者もいるかもしれないが、今の私はそのことで非常に困っている。
彼と共にする生活の中で、自分に大きく影響があった一つとして、彼自身の性欲があがってくる。単刀直入にいうと、私達は主従関係でありながらも一応互いに気持ちを伝えてはいる状態。だからこの場合、同意さえあれば致すことへの抵抗というのはないものなのだが、彼に関しては全く違った。
まず殺人鬼に、性欲が存在しなかった。いや、これは後の発言で矛盾してると言われるのだが、所謂普通の性欲ではないということだ。彼らは殺しに長けている、といえばまぁ殺人鬼故に納得がいくのだが、そんな彼らが"殺人鬼"になった理由の大半は「殺すことへの欲求」なのだ。中には違う者たちもいることにはいるのだが、彼はそのうちの例外ではない。そして、毎晩行われる"儀式"という殺し合いのゲーム。彼らはここでだけ殺人を許されているのだが、それも毎晩必ず招かれるわけではない。そのゲームに関しても、ただ殺すだけではなく殺される側は逃げることを許されている…ここはそういった箱庭の楽園。
では、これに性欲の何が関係しているかというとだ。儀式に数日招かれないことがあったり、あるいは儀式に出ても自分の理想通りの欲が満たされないことがあると、彼らは殺人欲が満たされずそれを別の欲に変えることで自分を満たすようになる。ドクターの場合、私という好都合のモルモットがいるおかげ(私がいるせいというのなら私は今すぐこの場から消えたい)でその欲は性欲に変わって私へと向けられる。
…よくよく考えればただの二次被害だ。それだけならまだ関係的に許すものを、彼は半ば無理やり手を出しては、私が否定しても一向にやめてくれず、挙げ句私が逃げようとすれば乱暴にことに及ぶ。私の常識で言えば最悪な男だ。というか、普通そう思うだろう。そう思ってほしい。
朝食を終え、3日間患った腰の激痛が治った私は、研究所へ出向く彼を見送り部屋の掃除に勤しんでいる。本調子ではないのか、私の身体は少し怠けて気怠さと重みを感じさせ、そして数日前に及んだ行為を思い出す。
さて、何度目かはわからないが冒頭の議題に戻ろう。実のところ、彼と初めて身体を重ねてからこの日まで、全くもって甘い行為をしたことがない。いや、甘い行為を彼からされる予想すらできない私もどうかと思うのだが、実際彼はただ本当に殺人鬼として私とやりあってるようにしか感じない。
「本当に、私のことちょっとでも」
想ってくれているのだろうか。あの容赦のない男のことなどとうに理解しているはずなのに、私は困惑している。というのも、自分の中に今更ながらこんな女々しい感情が生まれるとは思わなかった。だがよく考えてほしい、多少優しく甘いセックスができるとすれば…私の身体の負担が減り、こんな情けない疑問を朝から考える必要もなくなる。人との関係にこうした言葉を使うべきではないのかもしれないが、私からすれば"メリット"だ。
いや、まぁ。実際に甘い行為に及んだとすれば、きっと恥ずかしいけれど。とんでもなく恥ずかしいけれど。
だが私は自分のメリットのためと、今後の二人の逃れられない関係のためにも考えるわけだ。
彼が乱暴になる瞬間は多少違うものもあるが、大体は私が逃げようとしたり否定したりする時だ。嫌がったり、身体を捩って逃げようとすれば彼は必ずそれにしがみついて私を殺そうと(壊そうと)してくる。
そしてもう一つ、彼から仕掛けるこの行為は彼に主導権があるのだから、私が彼を受け入れ彼を誘えば、ワンチャン解決する可能性がある。もし仮に彼から仕掛けられたとしても、私は逃げずに受け入れて、あわよくば甘えてみれば多少は変わるのではないだろうか。
最後に、私が誘うのだから断らせないのが大前提だ。何故かって?誘っておいて断られるなんて恥ずかしすぎる。そのため、彼の気が乗る日でないといけないわけで…その日は基本的に儀式から数日空いた日だ。
此処まで彼のことを考えてしまうのは、もはや彼の思うツボ、洗脳でしかないのかもしれないが…それでもいい。どうせこの先永遠に抗おうにも抗えずに飼われるだけなのだ。私が元の場所に帰るまでは。
「ということで最後の儀式の日は〜…あー、あれ?あ!一昨日、一昨日かぁ…あれ?」
机を拭きながら独り言ちる私の手にポツリと雫が垂れる。これは所謂、冷や汗というものだ。こんなに瞬時に冷や汗が出てくるほど私は汗っかきだったろうか、いやまて汗っかきに冷や汗は関係するのだろうか。わからない。
予定を思い出す限りでは、今夜も明日の夜も儀式はない、ということまで私は知っている。なにせ彼がそう私に告げて今朝出て行ったのだ。もしかしなくても、これは誰かが私に仕向けた運命なのではなかろうか。
「いやこんな運命嬉しくないから!日程早すぎだから!」
今日は流石に無理だ。明日だ、より1日あけてたほうがいい…もし今夜誘われたとしたら、その時はプランBとして作戦の変更をする。それで行くしかない。それで行くしか…臨機応変に…
「う、うえぇ…」
私は常に不安でしかない。
人間って歳を取れば取るほど1日を感じる時間が短くなっていく、と聞いたことがある。ではなんだ?私はこの1日で100歳にでもなったのだろうか。
昨日自分は彼との性生活の改善のため一人脳内会議をして、その結果を今日試そうとしている。
いやいやいや、スパン短すぎてシャレにならないって。
あれからもう24時間以上の時が流れたと思うと、むしろよくこの数時間を何もなく過ごしたと言えよう。夕食を済ませ風呂の準備を終えた私は、リビングで資料に目を通す彼に入浴の準備ができたことを報告をする。ここまでは普段と変わらない日常だ。
さて、ここからの全てが、私の行動にかかっている。
「おい」
「はみっ!?」
第一声から噛んだ。噛んだよ。神田くんはいつも私のことをからかっては滑舌の悪い私を馬鹿にしていたが、こんな大事なところで噛むなんてありえない。そもそも神田くんって友達はいなかった。
「な、なんでしょう」
「先に入れ」
「………あっ」
成る程。今日は先に風呂に入れということですか。相変わらず言葉足らずすぎて私の脳内で処理するのに時間がかかりましたよ。そうだな、先に風呂に入って後から出てきたこの男を誘う、という超スムーズな流れの方がいいか。よし、そうしよう。
私はリビングの棚からタオルと下着を引っ掴んで風呂場へ向かおうと足を運ぶ。しかし下着を取った直後、自分の練りに練った作戦に欠陥があることに気づいた私は、彼の真横を通り過ぎる手前でびくりと止まってしまった。あぁ憐れな桔梗よ、なんと不自然な止まり方をする。これだと彼に不自然を悟られてしまう。
いや、いっそその方がいいのだろうか。
「なんだ」
「あ、いやぁ…」
彼に視線をやればこちらなんて見ていない。ただ不自然に止まる私に、適当な言葉を投げかけているだけだ。あぁなんか虚しい、何故だろう、これからそういったことをすると、自分が事前に決めてるせいか虚しくなる。しかし私もこんなところで立ち止まっては一向に進まない。
「ドクター」
「なんだ」
彼から投げかけられた言葉に、私から投げかけるのもよく考えればおかしなことだ。行動どころか話まで進まない私との会話に、ない眉を寄せては睨むような視線を送ってくるこの男。思わず怯みそうになる。冷たいわけではない、決して、きっと、いや多分。けれど彼はこういう人間なのだ、殺人鬼ということだけは忘れてはならない。
私はいざその気になった瞬間に感じる羞恥と、なかなか口から溢れ出ない誘いの言葉に、徐々に頬を赤らめていく。感じる、熱が溜まるのを感じる。絶対に顔が赤い。そして絶対それを不審がって見てるに違いない。
「えっ、と…」
「しつこいぞ」
あぁ怒ってる、めちゃめちゃ怒ってる!失敗してしまう、このままだと。
私は汗ばんだ両手に握りこぶしを作って唇を噛み締めれば、まるで地面に吐くように力強く、しかしそれはまるで息を吐くような掠れ声で告げる。
「お、お風呂、ご一緒しませんか?」
