悪魔と殺人鬼
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「あの、もう一度」
「マカロンを作ることは可能か」
クロータス・プレン・アサイラム。ピエロ面の元より些か虚しく暗黒なこの場所は生い茂る前の死世界として、しかし唯一生を見出している花園とも言える。いや、訂正しよう。花というよりは単なる植物の類であるが、稀に咲く"あの女"に指図された白い花がその一つと言っても過言ではない、しかし花ではあるが園とまではいかないのが実のところ。
先月彼女から贈られたイベントの品、彼女が意識して当日に用意したものではなかったのだがそれでもヒルビリー伝で回ってきたこの知らせに、女性である彼女はすぐ行動に移した。そして贈られたその洋菓子をその日のうちに食したのだが受け取った身としてはこれを返さざるを得ない。だが私にそのようなものを用意する暇も手もなくこうしてホワイトデー当日を迎えた。
いや、もう一つ訂正しよう。正直な話、この日のことも先月のこともすっかり忘れていた。気に障ったのは昨日の彼女の一言だった。
「え!ビリーくん、エヴァンさんからお返しもらってないの?」
その日はいつものように昼の休暇を取りに来たヒルビリーがリビングでお茶をしていた。
今朝方新人である四人の殺人鬼が"マップ研究"と言い張って施設に押し寄せてきた。出向いて早々なことだったため面倒ごとを全てナースに押し付け私は資料を片手にその足を来た道へ向けて走らせた。
何度目のことかはわからないが帰れば早々扉の奥から賑やかな声が聞こえる上に玄関の鍵が無防備にも開いていた。緩みきったその神経をそろそろ叩き直さなければならないようだと、呆れた溜息の元が肺いっぱいに溜まり厚く厚くそれを吐き出す。顔を見せればきっと鍵を閉め忘れていたことに焦りを感じて毎度の言い訳をする煩い姿を見ることとなる。
だからこそ、私はリビングを無視してこうして一人資料部屋で薄っぺらな紙とにらみ合いをしていたのだ。
「いつもそうだよ?」
「いやダメだよ、いつもなんでしょ?何も貰わないんでしょ!?」
男なんてそんなものだ、ましてこの世界の住人は彼女を除いては殺人鬼のみ。全てが全て欲のままに生きているのだ。人を気遣う必要もなければ求めることも、贈り物なんてくだらないものを持ち込むこともない。互いに生きるために最低限の取引をしては暇を持て余し、我々の女王から下されるゲームでやっと欲を吐き捨てる、ただそれだけの世界。彼女の言葉はこの世界では死の言葉そのものだった。
「はぁ、私だったらこーーんな可愛い子にお返しすら渡せない男、心狭すぎて…
…"大っ嫌いよ"」
エゴだ。これは彼女の勝手な理想でありただのエゴ、そして何より彼女自身のことではなくヒルビリーにお返しを渡さない奴らへのエゴだ。理解をしているにもかかわらず、私の握るこの紙がまるでアサイラムのステンドグラスを描くようにクシャクシャになった。
怒りとか憎しみとかそういう類のものではない。何故かもっと底が深い、吐き気のするこの気持ちがこうして私のとった行動へと繋がる。用意すらできなかった私に救いの手はここしかないと訪れたのがこの場所だった。唯一の理解者であるナースにこんな馬鹿げた頼みごとをするのは生涯これきりになってほしいものだ。
「ドクター、もしかして」
「用意できないのなら構わん」
「あなたそれ人に頼む態度なの?」
彼女の言葉は惜しくも常識的だった。なんの予告もなしにこうして夕暮れ時に勝手に出向いては時間を取る要求を唐突にしに来たのだ。だが、この私が今更そういった態度を取ったところで彼女はその複雑な心境をどうするのだろう。
結局この殺風景の中2時間待たされた私はようやくその目的を手中にしその場を後にしようとした。だがどうだろう、おしゃべりである彼女が何も言わずに私を返すとは到底思えない、無論その予想は的中して背後からか細い声が降りかかってくる。
「それはお返し、かしら?」
「だったらなんだ」
「ちゃんと意味わかってて渡してるの?」
「何?」
先月彼女は私に意味もなくクッキーを渡してきた。理解している。それに意味が込められていなかったことも、それ以外にその場で作れるものがなかったことも。だからこそ渡された時に安堵してしまったのは何故なのか、私にはわからなかった。当然今でもわかることはないのだが、私がお返しにこれを選んだのは彼女のような軽率な行動故ではない。昨日からの出来事とはいえ私は彼女とは違うのだ。
「あいつとは違う、私は意味を持って…」
「あら?ごめんなさい。誰へのお返しとは言ってないのだけれど…それに、あなたが本当に意味を理解して渡してるだなんて」
ふふ、と聞こえる背後の冷めた笑いに目頭が沸々と煮え立つのを感じる。彼女のいつもの調子に、この私が乗せられたのだ。思えばヒルビリーへのお返しとも取れたであろうその言葉に、彼女のことしか考えてなかった自分の痛い点を突かれたのだと考えると、その品を持ってない拳をミシミシと軋ませる。無駄なことを口走ったのは己のはずなのに、揺れる羞恥と未だ先走りそうになるその口が、手中にあるものと心理的にぶつかるのを感じる。それ以上彼女にカマをかけられるのも耐えられなかった私はその足を早めてあの女の元へと向かった。
「おかえりなさい!あの、先程ハントレスさんが…」
「………あぁ」
完全に忘れていた、この日わざわざ施設を開けたのはハントレスが余った肉を持ってくると言っていたからだった。よくよく考えれば今はこの女がいるのだから全て彼女に任せてしまえば施設を開けることはなかったというのに。全く、至極無駄な1日を過ごした気分だ。とはいえこの無駄がなければナースも手を焼く時間がなかったのだから、ある意味では完結した1日だったのだろう。
結局自分がいなくとも彼女は勝手にそれを受け取っていたようで、倉庫を覗けば丁重に視界内に肉の塊が保管してあった。何も言わず夕食の準備を済ませた彼女は椅子に座って暇そうに私を待つ。
「おい」
「はい?」
己の定位置を通り過ぎて彼女の横へ足を運ぶ、声をかけられた彼女は何事かと言わんばかりに顔を上げて声を裏返らせた。黒くはっきりとした宝石 が次の言葉を待つようにじっと眺めてくると、その輝きがこの世界に反しているようで変な緊張が私を取り巻いてグク、と喉が鳴った。そうして漸く私は彼女の膝にトス、とお返しが詰められた小包を落とす。当然、何事かと私を伺っていた彼女は膝に感じた違和感に醜い声をあげるのだが、すぐさまそれを手にとって、そして怪訝そうにこちらを再度確認する。
「ホワイ」
「お嫁さんとこ行ってましたね!?」
「は、」
「どーして、どーしていってくれないの!?」
私の言葉を悉く遮る彼女、そうしてなぜか悲しそうに私を伺ってくる。別にナースの元へ行ったことを隠すつもりはない、これを私が自らの力のみで用意した、と話した方が明らかに不自然なのだから。
「おい」
「もー、今日はハントレスさんが来られると言っていたのに」
「おい」
「もーなに、」
次の瞬間、彼女は椅子から立ち上がっていた。いや。立ち上がらせたのはこの私だったが、私は彼女の顎を片手で鷲掴んで上に引っ張り上げればそのまま中腰の彼女を上から見下ろす。そして重たく「聞け」と言葉を下に落とせば、彼女は焦った表情で息を詰まらせながら首を縦に振動させて承諾をした。
「それは先月の返しだ。わかると思うがそれはナースが作った」
「ふ、ぁい」
「だが、それはあいつからの贈り物ではない、私が作らせてお前に贈ったものだ」
「あ、…は!」
自分の言いたいことを言い終えた私は彼女を掴んでいた手をそっと離して席に着かせる。奇跡的に首の骨も折れず生きていた彼女は数秒ぶりの酸素を肺一杯に取り込んで今にも死にそうな顔で私を睨んだ。だが、その口から出た言葉はそれに対する文句ではなく、本当にただの戯言。
「つまり、あなたからの贈り物?」
聞く気にもならなかった。そういうニュアンスで先ほどの言葉を言ったにも関わらず聞き返してくる彼女は本当に頭が悪い。もし仮にそれが再確認だというのなら、それは至極無駄な行為だ。
無言で向かいの席について冷めかけの食事と目配せし、そして再び、死にかけだった彼女へ視線が向けられる。
そこにはたった一人、どの言葉にも置き難い複雑なしかめっ面で頬を染める、彼女の姿。まさか、その品の"意味"を理解してしまったのだろうか。
(まさか、な…)
(マカロンって確か…うーん?)
あなたは特別な人。
「マカロンを作ることは可能か」
クロータス・プレン・アサイラム。ピエロ面の元より些か虚しく暗黒なこの場所は生い茂る前の死世界として、しかし唯一生を見出している花園とも言える。いや、訂正しよう。花というよりは単なる植物の類であるが、稀に咲く"あの女"に指図された白い花がその一つと言っても過言ではない、しかし花ではあるが園とまではいかないのが実のところ。
先月彼女から贈られたイベントの品、彼女が意識して当日に用意したものではなかったのだがそれでもヒルビリー伝で回ってきたこの知らせに、女性である彼女はすぐ行動に移した。そして贈られたその洋菓子をその日のうちに食したのだが受け取った身としてはこれを返さざるを得ない。だが私にそのようなものを用意する暇も手もなくこうしてホワイトデー当日を迎えた。
いや、もう一つ訂正しよう。正直な話、この日のことも先月のこともすっかり忘れていた。気に障ったのは昨日の彼女の一言だった。
「え!ビリーくん、エヴァンさんからお返しもらってないの?」
その日はいつものように昼の休暇を取りに来たヒルビリーがリビングでお茶をしていた。
今朝方新人である四人の殺人鬼が"マップ研究"と言い張って施設に押し寄せてきた。出向いて早々なことだったため面倒ごとを全てナースに押し付け私は資料を片手にその足を来た道へ向けて走らせた。
何度目のことかはわからないが帰れば早々扉の奥から賑やかな声が聞こえる上に玄関の鍵が無防備にも開いていた。緩みきったその神経をそろそろ叩き直さなければならないようだと、呆れた溜息の元が肺いっぱいに溜まり厚く厚くそれを吐き出す。顔を見せればきっと鍵を閉め忘れていたことに焦りを感じて毎度の言い訳をする煩い姿を見ることとなる。
だからこそ、私はリビングを無視してこうして一人資料部屋で薄っぺらな紙とにらみ合いをしていたのだ。
「いつもそうだよ?」
「いやダメだよ、いつもなんでしょ?何も貰わないんでしょ!?」
男なんてそんなものだ、ましてこの世界の住人は彼女を除いては殺人鬼のみ。全てが全て欲のままに生きているのだ。人を気遣う必要もなければ求めることも、贈り物なんてくだらないものを持ち込むこともない。互いに生きるために最低限の取引をしては暇を持て余し、我々の女王から下されるゲームでやっと欲を吐き捨てる、ただそれだけの世界。彼女の言葉はこの世界では死の言葉そのものだった。
「はぁ、私だったらこーーんな可愛い子にお返しすら渡せない男、心狭すぎて…
…"大っ嫌いよ"」
エゴだ。これは彼女の勝手な理想でありただのエゴ、そして何より彼女自身のことではなくヒルビリーにお返しを渡さない奴らへのエゴだ。理解をしているにもかかわらず、私の握るこの紙がまるでアサイラムのステンドグラスを描くようにクシャクシャになった。
怒りとか憎しみとかそういう類のものではない。何故かもっと底が深い、吐き気のするこの気持ちがこうして私のとった行動へと繋がる。用意すらできなかった私に救いの手はここしかないと訪れたのがこの場所だった。唯一の理解者であるナースにこんな馬鹿げた頼みごとをするのは生涯これきりになってほしいものだ。
「ドクター、もしかして」
「用意できないのなら構わん」
「あなたそれ人に頼む態度なの?」
彼女の言葉は惜しくも常識的だった。なんの予告もなしにこうして夕暮れ時に勝手に出向いては時間を取る要求を唐突にしに来たのだ。だが、この私が今更そういった態度を取ったところで彼女はその複雑な心境をどうするのだろう。
結局この殺風景の中2時間待たされた私はようやくその目的を手中にしその場を後にしようとした。だがどうだろう、おしゃべりである彼女が何も言わずに私を返すとは到底思えない、無論その予想は的中して背後からか細い声が降りかかってくる。
「それはお返し、かしら?」
「だったらなんだ」
「ちゃんと意味わかってて渡してるの?」
「何?」
先月彼女は私に意味もなくクッキーを渡してきた。理解している。それに意味が込められていなかったことも、それ以外にその場で作れるものがなかったことも。だからこそ渡された時に安堵してしまったのは何故なのか、私にはわからなかった。当然今でもわかることはないのだが、私がお返しにこれを選んだのは彼女のような軽率な行動故ではない。昨日からの出来事とはいえ私は彼女とは違うのだ。
「あいつとは違う、私は意味を持って…」
「あら?ごめんなさい。誰へのお返しとは言ってないのだけれど…それに、あなたが本当に意味を理解して渡してるだなんて」
ふふ、と聞こえる背後の冷めた笑いに目頭が沸々と煮え立つのを感じる。彼女のいつもの調子に、この私が乗せられたのだ。思えばヒルビリーへのお返しとも取れたであろうその言葉に、彼女のことしか考えてなかった自分の痛い点を突かれたのだと考えると、その品を持ってない拳をミシミシと軋ませる。無駄なことを口走ったのは己のはずなのに、揺れる羞恥と未だ先走りそうになるその口が、手中にあるものと心理的にぶつかるのを感じる。それ以上彼女にカマをかけられるのも耐えられなかった私はその足を早めてあの女の元へと向かった。
「おかえりなさい!あの、先程ハントレスさんが…」
「………あぁ」
完全に忘れていた、この日わざわざ施設を開けたのはハントレスが余った肉を持ってくると言っていたからだった。よくよく考えれば今はこの女がいるのだから全て彼女に任せてしまえば施設を開けることはなかったというのに。全く、至極無駄な1日を過ごした気分だ。とはいえこの無駄がなければナースも手を焼く時間がなかったのだから、ある意味では完結した1日だったのだろう。
結局自分がいなくとも彼女は勝手にそれを受け取っていたようで、倉庫を覗けば丁重に視界内に肉の塊が保管してあった。何も言わず夕食の準備を済ませた彼女は椅子に座って暇そうに私を待つ。
「おい」
「はい?」
己の定位置を通り過ぎて彼女の横へ足を運ぶ、声をかけられた彼女は何事かと言わんばかりに顔を上げて声を裏返らせた。黒くはっきりとした
「ホワイ」
「お嫁さんとこ行ってましたね!?」
「は、」
「どーして、どーしていってくれないの!?」
私の言葉を悉く遮る彼女、そうしてなぜか悲しそうに私を伺ってくる。別にナースの元へ行ったことを隠すつもりはない、これを私が自らの力のみで用意した、と話した方が明らかに不自然なのだから。
「おい」
「もー、今日はハントレスさんが来られると言っていたのに」
「おい」
「もーなに、」
次の瞬間、彼女は椅子から立ち上がっていた。いや。立ち上がらせたのはこの私だったが、私は彼女の顎を片手で鷲掴んで上に引っ張り上げればそのまま中腰の彼女を上から見下ろす。そして重たく「聞け」と言葉を下に落とせば、彼女は焦った表情で息を詰まらせながら首を縦に振動させて承諾をした。
「それは先月の返しだ。わかると思うがそれはナースが作った」
「ふ、ぁい」
「だが、それはあいつからの贈り物ではない、私が作らせてお前に贈ったものだ」
「あ、…は!」
自分の言いたいことを言い終えた私は彼女を掴んでいた手をそっと離して席に着かせる。奇跡的に首の骨も折れず生きていた彼女は数秒ぶりの酸素を肺一杯に取り込んで今にも死にそうな顔で私を睨んだ。だが、その口から出た言葉はそれに対する文句ではなく、本当にただの戯言。
「つまり、あなたからの贈り物?」
聞く気にもならなかった。そういうニュアンスで先ほどの言葉を言ったにも関わらず聞き返してくる彼女は本当に頭が悪い。もし仮にそれが再確認だというのなら、それは至極無駄な行為だ。
無言で向かいの席について冷めかけの食事と目配せし、そして再び、死にかけだった彼女へ視線が向けられる。
そこにはたった一人、どの言葉にも置き難い複雑なしかめっ面で頬を染める、彼女の姿。まさか、その品の"意味"を理解してしまったのだろうか。
(まさか、な…)
(マカロンって確か…うーん?)
あなたは特別な人。