悪魔と殺人鬼
名を刻もう
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本日の儀式はブラッド・ロッジ、オートヘイブン・レッカーズ。ここは生存者も殺人鬼も見晴らしがいい場所として好むものもいれば嫌うものもいるだろう。シェイプやレイスからしたらこの場所は戦略を立てて動くことができない苦手な場所である一方、私のようなものからすればなんの問題があるのかと笑い声を上げて彼彼女らの狂気をひたすらにあげる作業をするだけだった。さて、今日の生存者は一体誰だろうか。正直あの中国女はいけ好かないし、最近は技術を身につけたドワイトが懐中電灯を可憐に使うと聞いたが、果たして私の狂気の前でそれが可能かどうか怪しいものだ。幸い今日の私は溢れる殺意を満たすためにとっておきを持ってきているから、下手をしたところで生存者達は1人も残らないだろう。そろそろ私の最初の立ち位置から移動して1分が経つ頃だ。私の前で隠れることをこの私が力を持って許さないと証明する時がくる。
「きゃあぁぁあ!」
「あおぉっ!」
こうして叫び狂う者たちを見るのが、たまらないほど興奮する。私の持つ力で、私だけが持つ特性で、私に逆らうことができない彼らが、こうして隠れることすらもまともにできずその場を知らせるように叫ぶのだ。あの頃の記憶が殺意を疼かせて私を高笑いさせ、近くで間抜けに走っていた生存者をひと殴りした。情けなく体を引きずり、しかし勢いよく走っていく様は醜くなんと面白いものだろうか。精一杯私を楽しませ、私を満足させろ。今日のそれを完成させなければ、お前たちは私の中で意味のない生き物に成り下がるのだ。
傷ついたネアは箱庭の端まで行こうとしていてどうやらそこで私の時間稼ぎをしようとしているようだった。流石にその手に安易に乗る私ではないが、早い段階で板を使われるのはこちらとしては非常に助かるためその誘いに私は乗せられようとしていた。そんな時、すぐ真横のロッカーが勢いよく音を立てて揺れたのだ。おかしなことがあるものだ、どうやら焦って勢いよく入った不届き者がいるらしい。このままネアを追うのは悪くないのだが、こうして手を伸ばせばすぐに吊るせる間抜けな人材がいると言うのだから、私は当然のようにそのロッカーの前に行き手を伸ばした。開けてやろうか、それともただ中にいるバカを怯えさせるだけにしてやろうか。どちらにせよ今日のとっておきがある限り、多少時間をかけられても誰一人として生かして帰ることはできないのだから。
「ははは」
高笑いをあげながら焦らした後、私はその扉を勢いよく開けて中にいる生存者の左横に金棒を突いて逃さないように首を左手で掴もうとした。
ああ、そうさ、掴めなかったよ。何せそこにいたのは、まだ髪を結っていない見窄らしい寝癖をつけたままの、桔梗がいたのだから。
生前早朝に自分の力だけで目覚めたことがない私は、この世界に来てどうやって一人でこんな時間に目を覚ます術を身につけたのだろう。あんなにも頼っていたアラームの音を今の私が聞いたらどれだけ驚くだろうか、もうこんなにも機械に触れていなければ、私が聴き慣れている機械音を聞くこともしなくなってしまったのだから私の耳はむしろ安心と穏やかで満たされている気がする。そういえば心なしか目も前より開いて見やすくなった気がするし、やはり寝る前の液晶画面は翌日の目覚めに影響していたという証だったのだろうか。なんだっていい、私はこれから朝の支度をして彼に朝食を作る、そして今日はナースさんから紙伝いで教わった乾燥パンの試作をするつもりだ。乾燥パンは日持ちがするからといって教えてもらったのだが、果たして味という味はいかがなものなのだろうか。
私は意識が現実に戻りつつある中、目が覚めるということはもう朝なのか、と少し残念な気持ちになりながらそっと体を起こそうとした。しかしどうしたものか、体が起き上がらないのだ。いや、違う、私はすでに体を起こして、なんなら地面に足をつけた状態でいた。まだ開けていない目の奥に不安がよぎる、今になって気付くどんよりとした空気が私の体を絡めているのだ。なんだ、開けたくても開けられない目も、すでに起こしてある体も、一体何があってこんなことになっているのだろう。
「ドクター?」
彼が、もしそこにいるのならと思い声をかけてみる。うん、こりゃ誰もいない。足から感じる床の感覚的にもここはあの住処ではなく…てかわんちゃんここ外な気がする、よく意識すれば足元がジャリジャリしているのだ。私はもしかして寝ていると思い込んでいただけで今まで何かしていたのか?まさか。でもなぜこんなところに私は棒立ちしているのだろう。私だけがここにいるとしたら、いったい彼はどこにいて…もしかしたら彼は私を探し回っているかもしれない。まずい、一刻も早く思い出して戻らなければ。怒られる、メメントされる。
私は意地でもこの視界をどうにかしなければと動かない体を動かすとともに勢いで目を開けた。先ほどまで動く気配すら感じなかった私の体は、それと同時に突然動き出す。思考と行動がうまく追いつかず私は情けなくも地面と衝突事故を起こしてしまうのだが、やはり予想していた通りここは屋外であるということをまずは把握した。そして次に、ここはスクラップ場か何かだということも把握できる。私の周りを迷路のようにスクラップの山が囲っていて、近くには何故か見覚えのあるロッカーが存在していた。どこだ、今までに一度もきたことがないこの場所は。それでもわかることは、この場所が今私が生きている世界であることで、空が変わらず黒い霧に覆われて光を一向に示さないのだ。よかった、自分の世界に戻った時はその時なのだろうがせっかくここで生きる覚悟を決めた後なのに戻されるなんてことがあれば私はそれなりのショックを受けるだろう。
さて、問題はここから彼の住処にどうなって帰るかなのだが、壁側まで足を進めてみるも私の右手手前から左手奥まで永遠と、壁なのだ。なんだここは、まさか知らない家の敷地内にでも入ったのだろうか。いや、もし人の家だとしたら流石にこのスクラップは悪趣味すぎる気が。
「きゃあぁぁあ!」
「お…?」
女の子、の叫び声?
私は突然遠くから聞こえた声に自然と視線が向いた。こんな怪しげな場所で叫び声を上げるだなんて、きっとこの敷地の主は趣味通りの悪さを兼ね備えているのだろう。いや、そもそも今の声人間なのか?もし仮に人間だとしたら、私以外にもこの世界に紛れ込み命さながら逃げ回っている人がいるということ。まずい。もし仲間として生きているのなら私はこの声の主の元に行って助けてあげなければならないのだが、今の声がこの空間全体に響いたせいかどこにいるのかがさっぱりわからない。まずいまずい。急いで助けてあげなければと思うのにこんなに手がかりがないとはなんと情けない。
私はそれでも何か手がかりを得ないと話が進まないと思いその場からゆっくりと足を動かすことにした。裸足でこの地を歩くのはもう慣れたとはいえ、下手したらガラスの破片とかありそうな場所だからなるべく慎重に歩かなければならない。だから私は下を凝視しながら足を進めていたのだ。
「どわっ!」
「は、ぁ…」
完全に自分の不注意である。私は走っている女の子の左肩にぶつかり、彼女が走っていた勢いのせいか体がバランスを崩しスクラップの壁に叩きつけられた。痛いとか、そういうことよりも先に浮かんだのは、彼女は傷ついたまま逃げ回っていることの不安感。何かから逃げているのだ、きっと。だとすると霧の奥から見えるあの大きな影は、彼女を追う悪魔のようなもの…いや、私死にたくないから自分の身を優先していいですかね。私は手汗を拭う暇もなく近くのロッカーに勢いで入ってしまった。中は思ったより暗くて、もう少し身長があればきっと外の様子が薄らだが見えるだろう。ああでも、ここでその場しのぎができるのなら私はおとなしく何時間でも待ちますよ、ただでさえ帰る手段が見つからないのですから。
そう安心していた私は、本当に本当にバカなのかもしれない。上の隙間から差し込んでいた光が消え、私の入っているロッカーの扉を誰かが掴んだのだ。その証拠に扉ががた、と揺れてそれからその影が退くことをしない。入った時の音を聞かれていたのか、それとも彼女を見失ってここに入っていると予測したのか、どちらにせよわざわざ扉に手をかけたということはもう時期ロッカーを開けられるということでそれはもう私にゲームオーバーという字幕を与えられるということ。終わった、神様ありがとうございました。私は全身がロッカー内の蒸れとこの恐怖のせいで汗まみれになるが、もうそれどころの問題ではないのだ。
「ははは」
いつの日かに聞いたとても狂気的で高い笑い声、それとともに勢いよく扉が開けば私の顔の左にゴツッと鈍い音が聞こえる。横に何があろうと、今の私にはどうでもいい。
今までどうして気付かなかったのだろうか。今までこの世界の空は虚無なものだと思っていたのに、今はこんなにも月が明るく主張しているのだ。そして目の前には、私が深く慕っている愛しい殺人鬼が、その瞳を器具で開いたまま私を凝視している。
今までの震えがおさまった私は汗ばんだ手をそのまま彼に伸ばして勢いよく飛びついた。
「ドクター!」
ロッカーの中にいた彼女は私を見るや否やその場から逃げるように飛びついてきた。金棒を手から落としてその小さな体に手を回せばどこか微かに震えて病衣は汗で湿っている。どうして彼女がここに、女王は何が目的で彼女をここに呼んだんだ。
「お前」
「こ、殺さないで!」
「は…?」
殺すわけがない。わかっているくせにこいつは何を言っているんだ。
しかしおかしい、私はもし仮にこの自体が起きた時のために彼女に例の物を渡していたはずなのだが…まさか、どこかに大事に保管してるなんてこと、ないだろうな。
「おい」
「私寝てたんです本当です」
「お前私が渡したメガネはどうした」
「引き出しに大切に」
「馬鹿が…あれを持っていればいざという時にレリーへ送ることが可能なんだぞ」
といっても彼女はイマイチピンときていなさそうで、別にそれで今が構わないと思い私は彼女を再びロッカーに押し込んだ。当然、この状況から逃げたい彼女は私から離れようとしないのだが私は必ず迎えに来ると伝えて彼女をロッカーにおさめ、落とした金棒を拾い上げた。
この試合、もし3人しかいないとしても4人いたとしても、私はこの女だけは必ず生かして帰る。女王がどういう意図で連れてきたのかは知らないが、それも問い詰めてやらんと納得がいかないだろう。
あれからの試合は割とすんなり終わった。今回の生存者も彼女を除いて4人、つまり女王は彼女を生存者として招き入れた訳ではなさそうだ。それでも私は殺意こそ満たされたが彼女をここにわざわざ呼んだ理由が全くわからず、背後でウジ虫を腹に嗤っている女王に視線を向けた。
【いい、今日は最高に良かった】
「彼女をここに呼んだからですか」
【お前のその感情の揺れが、今までで一番のものだったぞ】
「彼女は」
【儀式が終わればいつも通りだ、次も楽しみにしているぞカーター】
女王に表情は存在しない、しかし私はこのバケモノがその口角を上げ私を挑発しているように感じ反吐が出そうになった。
霧が濃くなる前に、と彼女を迎えに箱庭の端にあるロッカーへと向かう。もしこれが私以外の、彼女を知らない殺人鬼が今の私だとしたら、一体その時彼女はどうなるのだろう。フックにつられたら、今日の私のようにメメントモリをしたら、彼女はその後生存者として生きるのか、帰ってくるのか、それとも。
「おい」
私はロッカーを開けて中にいる彼女に語りかける。そこには体を丸めてその瞳を閉じたままの、私の愛しい人。言葉通り迎えにきた私は彼女をそっと抱き上げてこの儀式の終わりを待ちわびた。
早く、早く終われ。そして彼女を、あるべき場所へ。
「きゃあぁぁあ!」
「あおぉっ!」
こうして叫び狂う者たちを見るのが、たまらないほど興奮する。私の持つ力で、私だけが持つ特性で、私に逆らうことができない彼らが、こうして隠れることすらもまともにできずその場を知らせるように叫ぶのだ。あの頃の記憶が殺意を疼かせて私を高笑いさせ、近くで間抜けに走っていた生存者をひと殴りした。情けなく体を引きずり、しかし勢いよく走っていく様は醜くなんと面白いものだろうか。精一杯私を楽しませ、私を満足させろ。今日のそれを完成させなければ、お前たちは私の中で意味のない生き物に成り下がるのだ。
傷ついたネアは箱庭の端まで行こうとしていてどうやらそこで私の時間稼ぎをしようとしているようだった。流石にその手に安易に乗る私ではないが、早い段階で板を使われるのはこちらとしては非常に助かるためその誘いに私は乗せられようとしていた。そんな時、すぐ真横のロッカーが勢いよく音を立てて揺れたのだ。おかしなことがあるものだ、どうやら焦って勢いよく入った不届き者がいるらしい。このままネアを追うのは悪くないのだが、こうして手を伸ばせばすぐに吊るせる間抜けな人材がいると言うのだから、私は当然のようにそのロッカーの前に行き手を伸ばした。開けてやろうか、それともただ中にいるバカを怯えさせるだけにしてやろうか。どちらにせよ今日のとっておきがある限り、多少時間をかけられても誰一人として生かして帰ることはできないのだから。
「ははは」
高笑いをあげながら焦らした後、私はその扉を勢いよく開けて中にいる生存者の左横に金棒を突いて逃さないように首を左手で掴もうとした。
ああ、そうさ、掴めなかったよ。何せそこにいたのは、まだ髪を結っていない見窄らしい寝癖をつけたままの、桔梗がいたのだから。
生前早朝に自分の力だけで目覚めたことがない私は、この世界に来てどうやって一人でこんな時間に目を覚ます術を身につけたのだろう。あんなにも頼っていたアラームの音を今の私が聞いたらどれだけ驚くだろうか、もうこんなにも機械に触れていなければ、私が聴き慣れている機械音を聞くこともしなくなってしまったのだから私の耳はむしろ安心と穏やかで満たされている気がする。そういえば心なしか目も前より開いて見やすくなった気がするし、やはり寝る前の液晶画面は翌日の目覚めに影響していたという証だったのだろうか。なんだっていい、私はこれから朝の支度をして彼に朝食を作る、そして今日はナースさんから紙伝いで教わった乾燥パンの試作をするつもりだ。乾燥パンは日持ちがするからといって教えてもらったのだが、果たして味という味はいかがなものなのだろうか。
私は意識が現実に戻りつつある中、目が覚めるということはもう朝なのか、と少し残念な気持ちになりながらそっと体を起こそうとした。しかしどうしたものか、体が起き上がらないのだ。いや、違う、私はすでに体を起こして、なんなら地面に足をつけた状態でいた。まだ開けていない目の奥に不安がよぎる、今になって気付くどんよりとした空気が私の体を絡めているのだ。なんだ、開けたくても開けられない目も、すでに起こしてある体も、一体何があってこんなことになっているのだろう。
「ドクター?」
彼が、もしそこにいるのならと思い声をかけてみる。うん、こりゃ誰もいない。足から感じる床の感覚的にもここはあの住処ではなく…てかわんちゃんここ外な気がする、よく意識すれば足元がジャリジャリしているのだ。私はもしかして寝ていると思い込んでいただけで今まで何かしていたのか?まさか。でもなぜこんなところに私は棒立ちしているのだろう。私だけがここにいるとしたら、いったい彼はどこにいて…もしかしたら彼は私を探し回っているかもしれない。まずい、一刻も早く思い出して戻らなければ。怒られる、メメントされる。
私は意地でもこの視界をどうにかしなければと動かない体を動かすとともに勢いで目を開けた。先ほどまで動く気配すら感じなかった私の体は、それと同時に突然動き出す。思考と行動がうまく追いつかず私は情けなくも地面と衝突事故を起こしてしまうのだが、やはり予想していた通りここは屋外であるということをまずは把握した。そして次に、ここはスクラップ場か何かだということも把握できる。私の周りを迷路のようにスクラップの山が囲っていて、近くには何故か見覚えのあるロッカーが存在していた。どこだ、今までに一度もきたことがないこの場所は。それでもわかることは、この場所が今私が生きている世界であることで、空が変わらず黒い霧に覆われて光を一向に示さないのだ。よかった、自分の世界に戻った時はその時なのだろうがせっかくここで生きる覚悟を決めた後なのに戻されるなんてことがあれば私はそれなりのショックを受けるだろう。
さて、問題はここから彼の住処にどうなって帰るかなのだが、壁側まで足を進めてみるも私の右手手前から左手奥まで永遠と、壁なのだ。なんだここは、まさか知らない家の敷地内にでも入ったのだろうか。いや、もし人の家だとしたら流石にこのスクラップは悪趣味すぎる気が。
「きゃあぁぁあ!」
「お…?」
女の子、の叫び声?
私は突然遠くから聞こえた声に自然と視線が向いた。こんな怪しげな場所で叫び声を上げるだなんて、きっとこの敷地の主は趣味通りの悪さを兼ね備えているのだろう。いや、そもそも今の声人間なのか?もし仮に人間だとしたら、私以外にもこの世界に紛れ込み命さながら逃げ回っている人がいるということ。まずい。もし仲間として生きているのなら私はこの声の主の元に行って助けてあげなければならないのだが、今の声がこの空間全体に響いたせいかどこにいるのかがさっぱりわからない。まずいまずい。急いで助けてあげなければと思うのにこんなに手がかりがないとはなんと情けない。
私はそれでも何か手がかりを得ないと話が進まないと思いその場からゆっくりと足を動かすことにした。裸足でこの地を歩くのはもう慣れたとはいえ、下手したらガラスの破片とかありそうな場所だからなるべく慎重に歩かなければならない。だから私は下を凝視しながら足を進めていたのだ。
「どわっ!」
「は、ぁ…」
完全に自分の不注意である。私は走っている女の子の左肩にぶつかり、彼女が走っていた勢いのせいか体がバランスを崩しスクラップの壁に叩きつけられた。痛いとか、そういうことよりも先に浮かんだのは、彼女は傷ついたまま逃げ回っていることの不安感。何かから逃げているのだ、きっと。だとすると霧の奥から見えるあの大きな影は、彼女を追う悪魔のようなもの…いや、私死にたくないから自分の身を優先していいですかね。私は手汗を拭う暇もなく近くのロッカーに勢いで入ってしまった。中は思ったより暗くて、もう少し身長があればきっと外の様子が薄らだが見えるだろう。ああでも、ここでその場しのぎができるのなら私はおとなしく何時間でも待ちますよ、ただでさえ帰る手段が見つからないのですから。
そう安心していた私は、本当に本当にバカなのかもしれない。上の隙間から差し込んでいた光が消え、私の入っているロッカーの扉を誰かが掴んだのだ。その証拠に扉ががた、と揺れてそれからその影が退くことをしない。入った時の音を聞かれていたのか、それとも彼女を見失ってここに入っていると予測したのか、どちらにせよわざわざ扉に手をかけたということはもう時期ロッカーを開けられるということでそれはもう私にゲームオーバーという字幕を与えられるということ。終わった、神様ありがとうございました。私は全身がロッカー内の蒸れとこの恐怖のせいで汗まみれになるが、もうそれどころの問題ではないのだ。
「ははは」
いつの日かに聞いたとても狂気的で高い笑い声、それとともに勢いよく扉が開けば私の顔の左にゴツッと鈍い音が聞こえる。横に何があろうと、今の私にはどうでもいい。
今までどうして気付かなかったのだろうか。今までこの世界の空は虚無なものだと思っていたのに、今はこんなにも月が明るく主張しているのだ。そして目の前には、私が深く慕っている愛しい殺人鬼が、その瞳を器具で開いたまま私を凝視している。
今までの震えがおさまった私は汗ばんだ手をそのまま彼に伸ばして勢いよく飛びついた。
「ドクター!」
ロッカーの中にいた彼女は私を見るや否やその場から逃げるように飛びついてきた。金棒を手から落としてその小さな体に手を回せばどこか微かに震えて病衣は汗で湿っている。どうして彼女がここに、女王は何が目的で彼女をここに呼んだんだ。
「お前」
「こ、殺さないで!」
「は…?」
殺すわけがない。わかっているくせにこいつは何を言っているんだ。
しかしおかしい、私はもし仮にこの自体が起きた時のために彼女に例の物を渡していたはずなのだが…まさか、どこかに大事に保管してるなんてこと、ないだろうな。
「おい」
「私寝てたんです本当です」
「お前私が渡したメガネはどうした」
「引き出しに大切に」
「馬鹿が…あれを持っていればいざという時にレリーへ送ることが可能なんだぞ」
といっても彼女はイマイチピンときていなさそうで、別にそれで今が構わないと思い私は彼女を再びロッカーに押し込んだ。当然、この状況から逃げたい彼女は私から離れようとしないのだが私は必ず迎えに来ると伝えて彼女をロッカーにおさめ、落とした金棒を拾い上げた。
この試合、もし3人しかいないとしても4人いたとしても、私はこの女だけは必ず生かして帰る。女王がどういう意図で連れてきたのかは知らないが、それも問い詰めてやらんと納得がいかないだろう。
あれからの試合は割とすんなり終わった。今回の生存者も彼女を除いて4人、つまり女王は彼女を生存者として招き入れた訳ではなさそうだ。それでも私は殺意こそ満たされたが彼女をここにわざわざ呼んだ理由が全くわからず、背後でウジ虫を腹に嗤っている女王に視線を向けた。
【いい、今日は最高に良かった】
「彼女をここに呼んだからですか」
【お前のその感情の揺れが、今までで一番のものだったぞ】
「彼女は」
【儀式が終わればいつも通りだ、次も楽しみにしているぞカーター】
女王に表情は存在しない、しかし私はこのバケモノがその口角を上げ私を挑発しているように感じ反吐が出そうになった。
霧が濃くなる前に、と彼女を迎えに箱庭の端にあるロッカーへと向かう。もしこれが私以外の、彼女を知らない殺人鬼が今の私だとしたら、一体その時彼女はどうなるのだろう。フックにつられたら、今日の私のようにメメントモリをしたら、彼女はその後生存者として生きるのか、帰ってくるのか、それとも。
「おい」
私はロッカーを開けて中にいる彼女に語りかける。そこには体を丸めてその瞳を閉じたままの、私の愛しい人。言葉通り迎えにきた私は彼女をそっと抱き上げてこの儀式の終わりを待ちわびた。
早く、早く終われ。そして彼女を、あるべき場所へ。