悪魔と殺人鬼
名を刻もう
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「はぁ…」
夢とはまさに現か夢かの判別がつかない世界を夢というはずなのだが、私は自分の夢を正確に見ることを忘れたが故に未だこうして夢という世界が1つの世界として孤立し私の中に存在していた。夢だと目を開けた瞬間からわかるほどに私の夢はひどく安っぽいものであるということにもなるのだが、これは私が過去に自分を保つためにとった最もな手段でもあった。夢で幸せばかり追う私を現実が苦しめていると勘違いした過去。けれどそれは別のものであって、夢で存在しない幸せを追ってしまうせいで現実の自分を自ら苦しめているのだと気づいたあの時から私の夢はただ一つの無の世界と変わっていったのを今でも覚えている。こうして何もない空間で、最近は訪問者が1人いたのだが、彼はきっと今日も忙しいのだろうか。過去の自分と別れを告げてからは誰かがいる事が当たり前だったこの数年間の私の世界が、何もないことを理解していたはずなのに何かを無くしたかのように寂しくなったのは確かで、しかし私の成長の証でもあるこの変化が私にとって苦を意味するものではなかったのが幸いの一つである。
「おっと、あいついなくなったのか」
「わ!」
夢でまでこんなに頭を動かして考えることなんてないはずなのに、私は自身に浸っていたせいか彼の出現に瞬時な対応をする事ができず息を飲んだ返事をしてしまった。おじさまも早速私の中の見える変化に気付いたようで、けれど彼はあの存在が嫌いだったはずだからきっとこれで気が楽になると思った。相変わらずのニヤケ顔で私の横に座ればその長い爪先で帽子を綺麗に被り直す。あー、こんなおめかしさんがあの男だったらいったい彼はどういう服のセンスをしていただろうか。
「なんだ、おじさんに話すか?」
「な、何をですか」
「とぼけてんなぁ、俺ぁ変化に気付くの得意だぜ?」
伊達に歳だけとってねぇよ、と爪先で私を指しながらその瞳はギラギラとしている。ああなんだろう、まるで見透かされているようなこの気持ち、そこまで顔に出ているとは思えないのだけれどどうしてこうも気づかれてしまうんだ。
「わ、私は、好きだけど」
「今更かぁ」
「でも私は、伝えませんよ。今のままでも十分幸せですし、伝えて下手に彼から突き放されても嫌です」
死にたくないし、と付け加えれば彼に命をおまけ程度で考えているのか、と笑われてしまった。全くもってその通りだ。死んでしまえば微かにもらえる幸せも温もりも愛情も声も何一つとして私の心で感じられないのだから、おまけ程度で考えるのは間違っているかもしれない。けれどまぁ、こんな殺人鬼しかいない世界で私がどう頑張っても死ぬときは死ぬのならそれはもうおまけ程度で考えてもいい気がするのだ。むしろ今生きてるのが不思議だと、この世界を理解するたびに命に関しては感謝しているくらいだ。
それからおじさまは私の言葉を聞くや否や用事がある、といってその場を去ってしまった。ああなんというか、ハントレスさんといいおじさまといい殺人鬼の中にも自由気まぐれな方もおられるというわけで、ある意味そこは彼らの中の人間らしさが残っているという程では非常にいいことなのかもしれない。
早く朝にならないかな。早く目覚めて、彼と朝ごはんを食べて、今日はどんな1日を組み立てようか。
あなたに夢の中で会えないのは、私の夢の世界での唯一の欠点だと思うよ。
最近の殺人鬼達の話題。というのは存在しないが、唯一話すことといえば儀式の際の生存者達の変化くらいだ。我々は殺人鬼としての振る舞いを成功させる手段の一つに互いに情報を共有し合うため、ごく稀にだが儀式の話を殺人鬼同士でする事がある。最近噂になっているのは我々を煽って楽しむ輩がいるという情報で、どうやら今日の儀式にはその男がいたみたいだった。前から胡散臭い男ではあると思っていたエースだが、無駄な行動と煽りでほかの人間達と協力ができているとはとても思えないようなその身勝手ぶりはまさに噂通り。そんな彼を含め全生存者をエンティティに捧げ帰宅した私は穢れを流して寝室へ向かっていた。流石にもう眠っているであろう彼女の横に裸体のまま体を横たわらせその小さな身を腕の中に収めた。いつから私が彼女をこうして眠るようになったのか、もう忘れてしまったがこれは日課で治らない病気みたいなものになっていた。少しだけ顔を覗き込んでやればその口は薄く開いてだらしなくヨダレを垂らしていて、まるで餓鬼のようなその面をしている。私の口角が引きつるのを感じれば私は枕に頭を沈めた。明日はここ二日分の研究内容をまとめなければならない、仮眠をとって支度をしなければ。
「……な、…す…」
目を瞑った瞬間だった。腕の中にいる彼女がその口からポツポツと声を零している、それはあまりにもか細い声でその一つ一つが意味を見出さないものになっていた。起こしてしまっただろうか、私はその顔を再び覗き込もうと少しだけ体を起こそうとした時だった。
「…好き…」
ドギリと伸ばした手が震えるのがわかる。あの器具を使わなくても目が見開き、彼女のその言葉を発した唇から目が離せなかった。なんだ、好きな食べ物の夢でも見ているのか、それとも生前の憧れや恋人にでも夢の中で出会ったか、どちらにせよ間抜けな面でそんな言葉を言えるほどこの世界に安心を持てるようになったか。
私は嫌味のように笑い、しかしそれと反したように私の心はズタズタに切り裂かれそうにもなっていた。今までに感じたことがないこの気持ち悪さと重い心音が彼女から目が離せない原因なのだろうか。思わず歯軋りをして彼女の唇に勝手に口づけをして鼻先を擦り寄せる。そして思ってもない言葉が私の口から発するのを、私はただただ苦しく誤魔化したかった。ただ夢を見ているだけなのに、何故モルモットに対してこんなにも窮屈な気持ちにならなければいけないのだ。
「お前は、誰を見てるんだ」
その言葉に満足を得たのは他でもない女王であることを、誰かが知ることは決してない。
夢とはまさに現か夢かの判別がつかない世界を夢というはずなのだが、私は自分の夢を正確に見ることを忘れたが故に未だこうして夢という世界が1つの世界として孤立し私の中に存在していた。夢だと目を開けた瞬間からわかるほどに私の夢はひどく安っぽいものであるということにもなるのだが、これは私が過去に自分を保つためにとった最もな手段でもあった。夢で幸せばかり追う私を現実が苦しめていると勘違いした過去。けれどそれは別のものであって、夢で存在しない幸せを追ってしまうせいで現実の自分を自ら苦しめているのだと気づいたあの時から私の夢はただ一つの無の世界と変わっていったのを今でも覚えている。こうして何もない空間で、最近は訪問者が1人いたのだが、彼はきっと今日も忙しいのだろうか。過去の自分と別れを告げてからは誰かがいる事が当たり前だったこの数年間の私の世界が、何もないことを理解していたはずなのに何かを無くしたかのように寂しくなったのは確かで、しかし私の成長の証でもあるこの変化が私にとって苦を意味するものではなかったのが幸いの一つである。
「おっと、あいついなくなったのか」
「わ!」
夢でまでこんなに頭を動かして考えることなんてないはずなのに、私は自身に浸っていたせいか彼の出現に瞬時な対応をする事ができず息を飲んだ返事をしてしまった。おじさまも早速私の中の見える変化に気付いたようで、けれど彼はあの存在が嫌いだったはずだからきっとこれで気が楽になると思った。相変わらずのニヤケ顔で私の横に座ればその長い爪先で帽子を綺麗に被り直す。あー、こんなおめかしさんがあの男だったらいったい彼はどういう服のセンスをしていただろうか。
「なんだ、おじさんに話すか?」
「な、何をですか」
「とぼけてんなぁ、俺ぁ変化に気付くの得意だぜ?」
伊達に歳だけとってねぇよ、と爪先で私を指しながらその瞳はギラギラとしている。ああなんだろう、まるで見透かされているようなこの気持ち、そこまで顔に出ているとは思えないのだけれどどうしてこうも気づかれてしまうんだ。
「わ、私は、好きだけど」
「今更かぁ」
「でも私は、伝えませんよ。今のままでも十分幸せですし、伝えて下手に彼から突き放されても嫌です」
死にたくないし、と付け加えれば彼に命をおまけ程度で考えているのか、と笑われてしまった。全くもってその通りだ。死んでしまえば微かにもらえる幸せも温もりも愛情も声も何一つとして私の心で感じられないのだから、おまけ程度で考えるのは間違っているかもしれない。けれどまぁ、こんな殺人鬼しかいない世界で私がどう頑張っても死ぬときは死ぬのならそれはもうおまけ程度で考えてもいい気がするのだ。むしろ今生きてるのが不思議だと、この世界を理解するたびに命に関しては感謝しているくらいだ。
それからおじさまは私の言葉を聞くや否や用事がある、といってその場を去ってしまった。ああなんというか、ハントレスさんといいおじさまといい殺人鬼の中にも自由気まぐれな方もおられるというわけで、ある意味そこは彼らの中の人間らしさが残っているという程では非常にいいことなのかもしれない。
早く朝にならないかな。早く目覚めて、彼と朝ごはんを食べて、今日はどんな1日を組み立てようか。
あなたに夢の中で会えないのは、私の夢の世界での唯一の欠点だと思うよ。
最近の殺人鬼達の話題。というのは存在しないが、唯一話すことといえば儀式の際の生存者達の変化くらいだ。我々は殺人鬼としての振る舞いを成功させる手段の一つに互いに情報を共有し合うため、ごく稀にだが儀式の話を殺人鬼同士でする事がある。最近噂になっているのは我々を煽って楽しむ輩がいるという情報で、どうやら今日の儀式にはその男がいたみたいだった。前から胡散臭い男ではあると思っていたエースだが、無駄な行動と煽りでほかの人間達と協力ができているとはとても思えないようなその身勝手ぶりはまさに噂通り。そんな彼を含め全生存者をエンティティに捧げ帰宅した私は穢れを流して寝室へ向かっていた。流石にもう眠っているであろう彼女の横に裸体のまま体を横たわらせその小さな身を腕の中に収めた。いつから私が彼女をこうして眠るようになったのか、もう忘れてしまったがこれは日課で治らない病気みたいなものになっていた。少しだけ顔を覗き込んでやればその口は薄く開いてだらしなくヨダレを垂らしていて、まるで餓鬼のようなその面をしている。私の口角が引きつるのを感じれば私は枕に頭を沈めた。明日はここ二日分の研究内容をまとめなければならない、仮眠をとって支度をしなければ。
「……な、…す…」
目を瞑った瞬間だった。腕の中にいる彼女がその口からポツポツと声を零している、それはあまりにもか細い声でその一つ一つが意味を見出さないものになっていた。起こしてしまっただろうか、私はその顔を再び覗き込もうと少しだけ体を起こそうとした時だった。
「…好き…」
ドギリと伸ばした手が震えるのがわかる。あの器具を使わなくても目が見開き、彼女のその言葉を発した唇から目が離せなかった。なんだ、好きな食べ物の夢でも見ているのか、それとも生前の憧れや恋人にでも夢の中で出会ったか、どちらにせよ間抜けな面でそんな言葉を言えるほどこの世界に安心を持てるようになったか。
私は嫌味のように笑い、しかしそれと反したように私の心はズタズタに切り裂かれそうにもなっていた。今までに感じたことがないこの気持ち悪さと重い心音が彼女から目が離せない原因なのだろうか。思わず歯軋りをして彼女の唇に勝手に口づけをして鼻先を擦り寄せる。そして思ってもない言葉が私の口から発するのを、私はただただ苦しく誤魔化したかった。ただ夢を見ているだけなのに、何故モルモットに対してこんなにも窮屈な気持ちにならなければいけないのだ。
「お前は、誰を見てるんだ」
その言葉に満足を得たのは他でもない女王であることを、誰かが知ることは決してない。