悪魔と殺人鬼
名を刻もう
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「ぶーっくしょぇ」
「汚い」
今までこれを大きいベッドだと感じたことはなかったが、彼女が一人こうして真ん中を陣取って座っていれば、ここは必然と"大きなベッド"になり変わるというのはなんともおかしな話である。それだけ彼女が小さいのか、はたまたこのベッドが大きい部類に入るのか。私の顔の傷が塞がり2日ほど経った今、こうして情けない唾を飛ばしながら嚔をする私のモルモット。どうやらあの時の冷えが効いたらしく、こうして珍しくも熱を出して寝込んでいる状態。一度は彼女を置いて研究所へ向かったもののナースにこの女の話をすれば秒で帰らされ、挙げ句の果てにあの施設の所有者である私を追い出すために施錠までされた。あの大きく厚い扉を破壊して開けたところで後の面倒が増えるだけ、私はこうして渋々彼女の面倒を見るために帰宅したというわけで。
「食え」
「痛いです…喉と頭が」
「ただの風邪だ」
「あ"ーーー何もしたくない」
何もしていないだろうに。彼女にミルク粥を渡してやれば大人しく、しかし文句を垂れながらそれを口にした。何も言わずに食べてくれれば、私はこの場から去る理由ができるものをここまでペラペラと口を開けられれば離れようにも離れられなくなってしまった。人間は身体が病を抱えると必然的に人が恋しくなるとは聞くが、彼女の場合そういう類のものではなさそうだ。
「だいたいあなたが」
「お前が勝手に」
「何を!」
彼女は私が怪我をして帰ってきたから全て悪いのだと言うのだが、私は心配されるような身分でもなければこんな小娘に負けるほど力がないわけでもない。勝手に心配して面倒事を増やしたのは何よりこの女であって、それを風邪を引いた恨みか何か、私にこうして当たっているのだ。これを人が恋しくなったとは到底言えたものではない。
「ごちです」
「寝ろ」
「食べてすぐ寝ると牛になるんですよ」
「休めという意味だ」
こうして崩した言葉を使ってくる彼女は、そうやって私に慣れを示しているのだろうか。何であれ私は彼女の一つ一つに気を取られていたあの頃とは違い、それを流しながら空の皿を受け取った。
ここ数日の食生活を見る限り、彼女は乳製品系統や温かいスープに似たものがどうやら好みのようでこちらが夕食を提示しない時は自らそれらを作っている。なんと単純な、それともそれしか彼女に作ることができないのか。どちらにせよこうして渡したものを文句も言わず好んで食べるということは苦手ではないと私は判断した。
彼女が体をその白に沈めれば私はこの手で彼女の額の熱を感じ取る、おおよその体温を確認すれば彼女は虚ろな目で私を見てきた。
「なんだ」
「いえ、お医者さんのような、気がして」
「は、戯け」
くだらない言葉だった。私はこの後資料の確認を進めようと思っていたが、ナースに強制追放されたせいかその資料を全て研究所へ置いてきてしまったようで、呆れてため息をつけば近くに置いてあった見覚えのある本に手を伸ばした。
その本はこの家に存在しないはずの本で、これは確か研究所の書斎にしまっていたはず。ということは、この女勝手に本を持ち出してここで暇を潰す手段としているわけで。しかし別にそれに対する怒りはなくただ彼女がこんな世界で少しでも生きがいを見つけたと考えればそれは大したものだった。
「それ、ごめん」
「勝手をして謝るとはまた勝手だな」
「好きです」
ガタ、とベッドに寄せて座っていた椅子が震えた。それは別に無機質が意識を持ったわけではなく、ただ彼女のその言葉に私は思った以上に動揺したということ。彼女はすぐにこの本についてペラペラと語り出したが、本に向けての言葉をここまで過剰に受け取る自分はどうかしていた。なんだ、彼女はただ本が好きだと言っただけで、そもそも何故私がそれに動揺しなければならない。彼女だけでなく私もあの時の冷えで体調がおかしくなったか。
横でその口から戯言を吐く彼女を無視して私は手にしていた本を開いた。半分を少し過ぎたところに折り鶴が挟んであり、これは彼女の印であることに気付いたが私は無意識に見ていないふりをした。手にしたところで元に戻せとせがまれ、眺めていればきっとそれに対して何か言ってくるのに予想がついたからだ。私はそのページをそっと閉じて1ページ目に目を通す。
これはただの本ではない、かといって何か特別な話があるわけでも、恋愛ものでも殺戮ものでも、また意味深なことが書かれているわけでもない。ただ主人公である少年が毎晩夢に現れる少女に質問をして、現実にその少女がいる事を証明する物語。結果を言えば所詮彼の妄想でしかない少女は当然のように存在しておらず、少年はこの少女を生き甲斐にしていたせいで身を滅ぼすという、実に何も生まれない本である。こんな人間が好みそうもない本をこんな能のない女が読んだところで面白さを生み出せるとは思えないが、彼女なりに何かが気に入ったから私に無断で持ち出してまで読む気になったのだろう。それはそれで、彼女の興味の一部に私は興味が湧くが…それ聞いたところで、だ。
「ドク」
「なんだ」
私は目線を本から外して彼女へ向けた。本来なら彼女に向ける事なくその視線は本に向けられたまま口だけで彼女とやりとりをするつもりが、私が返しをしてから一向に言葉が戻ってこないのだ。視線をやれば予想していた通り彼女は額に汗を貼り付けながら目を閉じていた。こうしてじっくりとみれば長い睫毛の下で生意気に生きるその宝石は、いつまでこの世界に存在できるのだろうか。今はそれを閉ざして眠る小娘が、もし、本当に私の敵に回る存在に成り下がったとしたら、私はその時どうしたらいい。
「お前はどれを望むんだ」
サバイバーとして生きる道か、殺人鬼として生きる道か。
「お前はなぜ私の中に存在する」
勝手に現れ勝手に入ってきて、勝手な行動ばかりして私を揺らし、それをお前は楽しんでいるのか。その宝石を、どうしてほかに渡そうとする。
私の中で生まれるはずもないこの気持ちが、一体何を示すのかが最近薄くわかってきた気がする。だがそれを、私は必死に認めたくなくて、しかしこうして思うということは私は彼女を独占したいという気持ちに気付いているということ。だが、それは別にラブストーリーのような独占ではない。あくまで彼女が私のモルモットで、私の中に勝手に存在して、そして私をかき乱す唯一の存在であり、私はこの刺激を奪われるのがもう少し後がいいのだと願う結果がこの感情なのだ。
私は席を立つわけでもなく、しかしその椅子をさらにベッドに寄せて体を丸めればその目尻に唇を落とした。
もしかしたら、もうすでに私は、気付いているのかもしれない。
「汚い」
今までこれを大きいベッドだと感じたことはなかったが、彼女が一人こうして真ん中を陣取って座っていれば、ここは必然と"大きなベッド"になり変わるというのはなんともおかしな話である。それだけ彼女が小さいのか、はたまたこのベッドが大きい部類に入るのか。私の顔の傷が塞がり2日ほど経った今、こうして情けない唾を飛ばしながら嚔をする私のモルモット。どうやらあの時の冷えが効いたらしく、こうして珍しくも熱を出して寝込んでいる状態。一度は彼女を置いて研究所へ向かったもののナースにこの女の話をすれば秒で帰らされ、挙げ句の果てにあの施設の所有者である私を追い出すために施錠までされた。あの大きく厚い扉を破壊して開けたところで後の面倒が増えるだけ、私はこうして渋々彼女の面倒を見るために帰宅したというわけで。
「食え」
「痛いです…喉と頭が」
「ただの風邪だ」
「あ"ーーー何もしたくない」
何もしていないだろうに。彼女にミルク粥を渡してやれば大人しく、しかし文句を垂れながらそれを口にした。何も言わずに食べてくれれば、私はこの場から去る理由ができるものをここまでペラペラと口を開けられれば離れようにも離れられなくなってしまった。人間は身体が病を抱えると必然的に人が恋しくなるとは聞くが、彼女の場合そういう類のものではなさそうだ。
「だいたいあなたが」
「お前が勝手に」
「何を!」
彼女は私が怪我をして帰ってきたから全て悪いのだと言うのだが、私は心配されるような身分でもなければこんな小娘に負けるほど力がないわけでもない。勝手に心配して面倒事を増やしたのは何よりこの女であって、それを風邪を引いた恨みか何か、私にこうして当たっているのだ。これを人が恋しくなったとは到底言えたものではない。
「ごちです」
「寝ろ」
「食べてすぐ寝ると牛になるんですよ」
「休めという意味だ」
こうして崩した言葉を使ってくる彼女は、そうやって私に慣れを示しているのだろうか。何であれ私は彼女の一つ一つに気を取られていたあの頃とは違い、それを流しながら空の皿を受け取った。
ここ数日の食生活を見る限り、彼女は乳製品系統や温かいスープに似たものがどうやら好みのようでこちらが夕食を提示しない時は自らそれらを作っている。なんと単純な、それともそれしか彼女に作ることができないのか。どちらにせよこうして渡したものを文句も言わず好んで食べるということは苦手ではないと私は判断した。
彼女が体をその白に沈めれば私はこの手で彼女の額の熱を感じ取る、おおよその体温を確認すれば彼女は虚ろな目で私を見てきた。
「なんだ」
「いえ、お医者さんのような、気がして」
「は、戯け」
くだらない言葉だった。私はこの後資料の確認を進めようと思っていたが、ナースに強制追放されたせいかその資料を全て研究所へ置いてきてしまったようで、呆れてため息をつけば近くに置いてあった見覚えのある本に手を伸ばした。
その本はこの家に存在しないはずの本で、これは確か研究所の書斎にしまっていたはず。ということは、この女勝手に本を持ち出してここで暇を潰す手段としているわけで。しかし別にそれに対する怒りはなくただ彼女がこんな世界で少しでも生きがいを見つけたと考えればそれは大したものだった。
「それ、ごめん」
「勝手をして謝るとはまた勝手だな」
「好きです」
ガタ、とベッドに寄せて座っていた椅子が震えた。それは別に無機質が意識を持ったわけではなく、ただ彼女のその言葉に私は思った以上に動揺したということ。彼女はすぐにこの本についてペラペラと語り出したが、本に向けての言葉をここまで過剰に受け取る自分はどうかしていた。なんだ、彼女はただ本が好きだと言っただけで、そもそも何故私がそれに動揺しなければならない。彼女だけでなく私もあの時の冷えで体調がおかしくなったか。
横でその口から戯言を吐く彼女を無視して私は手にしていた本を開いた。半分を少し過ぎたところに折り鶴が挟んであり、これは彼女の印であることに気付いたが私は無意識に見ていないふりをした。手にしたところで元に戻せとせがまれ、眺めていればきっとそれに対して何か言ってくるのに予想がついたからだ。私はそのページをそっと閉じて1ページ目に目を通す。
これはただの本ではない、かといって何か特別な話があるわけでも、恋愛ものでも殺戮ものでも、また意味深なことが書かれているわけでもない。ただ主人公である少年が毎晩夢に現れる少女に質問をして、現実にその少女がいる事を証明する物語。結果を言えば所詮彼の妄想でしかない少女は当然のように存在しておらず、少年はこの少女を生き甲斐にしていたせいで身を滅ぼすという、実に何も生まれない本である。こんな人間が好みそうもない本をこんな能のない女が読んだところで面白さを生み出せるとは思えないが、彼女なりに何かが気に入ったから私に無断で持ち出してまで読む気になったのだろう。それはそれで、彼女の興味の一部に私は興味が湧くが…それ聞いたところで、だ。
「ドク」
「なんだ」
私は目線を本から外して彼女へ向けた。本来なら彼女に向ける事なくその視線は本に向けられたまま口だけで彼女とやりとりをするつもりが、私が返しをしてから一向に言葉が戻ってこないのだ。視線をやれば予想していた通り彼女は額に汗を貼り付けながら目を閉じていた。こうしてじっくりとみれば長い睫毛の下で生意気に生きるその宝石は、いつまでこの世界に存在できるのだろうか。今はそれを閉ざして眠る小娘が、もし、本当に私の敵に回る存在に成り下がったとしたら、私はその時どうしたらいい。
「お前はどれを望むんだ」
サバイバーとして生きる道か、殺人鬼として生きる道か。
「お前はなぜ私の中に存在する」
勝手に現れ勝手に入ってきて、勝手な行動ばかりして私を揺らし、それをお前は楽しんでいるのか。その宝石を、どうしてほかに渡そうとする。
私の中で生まれるはずもないこの気持ちが、一体何を示すのかが最近薄くわかってきた気がする。だがそれを、私は必死に認めたくなくて、しかしこうして思うということは私は彼女を独占したいという気持ちに気付いているということ。だが、それは別にラブストーリーのような独占ではない。あくまで彼女が私のモルモットで、私の中に勝手に存在して、そして私をかき乱す唯一の存在であり、私はこの刺激を奪われるのがもう少し後がいいのだと願う結果がこの感情なのだ。
私は席を立つわけでもなく、しかしその椅子をさらにベッドに寄せて体を丸めればその目尻に唇を落とした。
もしかしたら、もうすでに私は、気付いているのかもしれない。