悪魔と殺人鬼
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我々からエンティティに話しかけることが簡易的で薄いものなら、私たちはそう苦労はしていなかったと思う。私のような者とは違い、初期のレイスやハグからすればこんな場所で己の意思に反しながら殺戮を繰り返すことを敷いられる、それはきっとただの地獄に過ぎないのだ。彼らは沢山の質問を女王にぶつけ、女王に自由の承諾を得ようとしただろう。それを許さないのが我々の世界の女王なのだが。
【よくやった】
最後の一人をフックに吊るせば、まだ足りない欲を近くにある発電機に向けて蹴りぶつける私の背後で、その蛆虫を腹に収めながら女王は語りかける。珍しいことでもあるものだ、いつもならそれを嗤いながら食しそのまま我々をここから追い出すというのに、今日はそこまで機嫌がいいのか。返す言葉もない私は女王からの褒美を無視して白衣で金棒の血塊を拭った。
【カーター、時にあの蛆虫はどうした】
「は?」
あの蛆虫。なんのことなのか、と最初に理解できなかった私の脳は、きっと彼女に洗脳されそうになっている証拠なのだろうか。この半年以上、あの女のことを女王から聞かれたことは一度もなかった。そもそも女王にとっては所詮あの蛆虫もただの目障りな餌でしかないのだと思っていたくらいだ、まさかこんなくだらない質問のためにその口を私に開いたのか。そう思うとこれは案外おかしなことで、私は女王を嘲笑った。
「私のモルモットとしてまだ生かしている」
【楽しみにしているぞ、私の腹は身ではなく感情で満足することを忘れるな】
「…と言うと?」
【あの蛆虫も私の餌になるということだ、満足させられないなら"こちら"に堕とすのも有りだと思ってな】
なるほど、要するに女王は刺激が足りていないと。あくまであの女は私に渡したところで女王の餌の一つでしかなく、そして私はあの女の感情を動かしそれで満足させろと。もしそれができなければ、こちら、つまりはサバイバーの仲間にあの女を加えるということ。これが何を意味するか、それこそが今の私を困惑させている原因なのだ。
私に彼女の感情を激しく動かし、女王を満足させなければ、彼女は私の元から消える。彼女を取り上げられてしまう。モルモットとして存在させていた彼女の全てを、私の腕の中から攫っていくのだ。それは困る。まだ私は彼女で研究を終わらせていないどころか、開始してすらいないのだ。何のために彼女をこの半年飼ったと思っているのだ。
「は、勝手なことだな」
私は気怠そうに口の器具を外しながらさっさと箱庭から解放されることを願った。刹那、どうやら私のその態度は女王の微かな怒りに触れたようで、私はその触手のような爪で頬を斬られた。左目下から右の目尻にかけて美しく切れ傷が入ればそこから溢れる人間と同じ血が私の頬を染めた。女王の意思に逆らうことができないということを、我々はこうして何度も思い知らされてきた。トラッパーや私は特に反抗的だった時期もあったせいか拷問の傷が未だに多々目立っているが、それらは全て女王に逆らった証でもあり、ある意味それは己の意思の表れとも同じなのだ。
【カーター、お前も例外ではないことを忘れるな】
例外、一体どの話に対して私が例外だというのだろうか。指先で傷口をなぞり指に血を絡めて眺めていれば、深い霧がそれを邪魔して私は箱庭から住処へと移動していた。面倒なことを今になって増やしてくれるものだ。私は深いため息に嫌気を乗せて吐き出せば目の前の扉を開けた。
「あ!」
いつの日かに、こうして血塗れの私とここで出会ったことがあるこの女は、果たして今どんな気持ちなのだろうか。あの時は殺戮の欲が残っていたせいで酷い目に合わせてしまったが、正気である今の私を見てこれから怯えるであろう彼女はあの時と立場が逆転しているのかもしれない。面倒なことがある日というのは、たまらずその面倒が複数重なるものだ。神という存在は人をコケにするのがどうやら得意のようで。
「あ、あ」
「怯える暇があるならさっさと寝室へ行け」
私はそういって靴を脱ぎ捨てれば彼女の目の前に仁王立ちした。金棒を腰に仕舞いこれからこの血塗れになった己を流しにいくという時に、目の前の女は怯える訳ではなく、しかしその宝石のような瞳を大きく見開き唖然としていた。その情けなく開いたままの口からポツポツと聞こえる喘鳴が、一体何を意味するのか。
「おい」
「な、なにを!」
「…は?」
「早く、お風呂入れたばかりですから!」
彼女はそういって私の血で染まった手を引いてバスルームまで強引に連れていく。驚いた、こんな小さな体には意外にもこんな力を秘めているとは。それとも、私がただ彼女に対して油断しているだけなのか。
「やめ」
「あなたが」
この女、いつもなら引きはがそうと思えばできるものなのに、今のこの状況で引き剥がすことができない。そのくせ人を引くにも体格差も理解せずバランスがお互い取れていないのにどうして気づかないんだ。このままではお互い何処かにぶつかってもおかしくない。
「傷、作らなぁぶわぁ!?」
ああやった、これで今日の面倒ごとは3つだ。私たちは衣服を着たまま浴槽にバランスを崩して転落した。幸い私が下であったことが救いではあるが、このクソ面倒を増やしたこの女に久方殺意が湧いた。あの時殺しておけばよかったと、何度も後悔したあの日を無駄に思い出させやがって。
「おい…」
「すいませんすいません違うんですよもうねぇだって」
「傷が何だ、殺人鬼に情けでもかけるつもりかお前は」
「違」
言葉を詰まらせた彼女は私の上で歯ぎしりをして黙り込んでしまった。ああ、よく考えればこの状況、派手に毒なものしか生まれない。この女は就寝前に下着の着用をしてないせいか、このお湯のせいで胸元が透けているのだ。こんなものに目がいくような余裕がある状況でもないくせに、なんて面倒を。今日1日、それも今夜だけで何度の面倒を味わなければならないのだ。
ポチャ、と冷める手前のお湯が音を立てたと思えば、私の両頬に彼女の小さな手が添えられる。こうして彼女に触れられたのは初めてで、それどころかあの日以来、彼女が己の意思だけで私に触れたことは一度もないのだ。全ての始まりの日のように、今日はこんなにも胸騒ぎがする。彼女は私の頬に手を添えたまま私の胸板に額をごつりと押し付けてきた。彼女の親指が傷口を掠めてどうにも落ち着かず、私の中に流れる血が騒いでいるのは何故だ。
「傷を…」
「しつこいぞ、情けを」
「心配しました」
「お前になにを心配することが」
「拷問を受けたのかと思って」
誰に聞いた、そう聞こうと思ったがそれを聞いたところでその殺人鬼を追い詰める訳でもない。無意味にしかならないことを理解した私は出そうになった言葉を喉の奥に押し込んで彼女の身体が冷えないようにその背中に手を置いた。少し冷たくなりかけているそれは、こんなところで互いを休めている場合ではないということを知らせてくれる。無理やりでも私が立ち上がり彼女を担いでここから出なければ話は進まないということだ。なのに彼女は、まだ何か言いたそうに口を開けたり閉じたりと葛藤を繰り返している。
「よ、かった」
「何がいいんだ」
「無事、帰ってきて」
「 」
「おかえりなさい」
もう言葉が出てこない私は、どれだけ彼女に動揺させられているのか。彼女はそういってわたしの頬を包んでいた手を首に回してくる。まるで子供の世話をしているような、しかしそういう気の持ちようではない気がして、妙に気味が悪く苦しい。
だが、私もまた彼女と同じように今の状況で相手を離すことができなかった。背中においていた手のひらを、そっと腰に添えて引き寄せれば互いの腹を密着させた。当たっている、だがそれより、私は今この感覚から逃れることができない。私もまた所詮は女王と変わらない存在なのかもしれない。
笑われてもおかしくないほどに、今はこの存在を離したくない。
【よくやった】
最後の一人をフックに吊るせば、まだ足りない欲を近くにある発電機に向けて蹴りぶつける私の背後で、その蛆虫を腹に収めながら女王は語りかける。珍しいことでもあるものだ、いつもならそれを嗤いながら食しそのまま我々をここから追い出すというのに、今日はそこまで機嫌がいいのか。返す言葉もない私は女王からの褒美を無視して白衣で金棒の血塊を拭った。
【カーター、時にあの蛆虫はどうした】
「は?」
あの蛆虫。なんのことなのか、と最初に理解できなかった私の脳は、きっと彼女に洗脳されそうになっている証拠なのだろうか。この半年以上、あの女のことを女王から聞かれたことは一度もなかった。そもそも女王にとっては所詮あの蛆虫もただの目障りな餌でしかないのだと思っていたくらいだ、まさかこんなくだらない質問のためにその口を私に開いたのか。そう思うとこれは案外おかしなことで、私は女王を嘲笑った。
「私のモルモットとしてまだ生かしている」
【楽しみにしているぞ、私の腹は身ではなく感情で満足することを忘れるな】
「…と言うと?」
【あの蛆虫も私の餌になるということだ、満足させられないなら"こちら"に堕とすのも有りだと思ってな】
なるほど、要するに女王は刺激が足りていないと。あくまであの女は私に渡したところで女王の餌の一つでしかなく、そして私はあの女の感情を動かしそれで満足させろと。もしそれができなければ、こちら、つまりはサバイバーの仲間にあの女を加えるということ。これが何を意味するか、それこそが今の私を困惑させている原因なのだ。
私に彼女の感情を激しく動かし、女王を満足させなければ、彼女は私の元から消える。彼女を取り上げられてしまう。モルモットとして存在させていた彼女の全てを、私の腕の中から攫っていくのだ。それは困る。まだ私は彼女で研究を終わらせていないどころか、開始してすらいないのだ。何のために彼女をこの半年飼ったと思っているのだ。
「は、勝手なことだな」
私は気怠そうに口の器具を外しながらさっさと箱庭から解放されることを願った。刹那、どうやら私のその態度は女王の微かな怒りに触れたようで、私はその触手のような爪で頬を斬られた。左目下から右の目尻にかけて美しく切れ傷が入ればそこから溢れる人間と同じ血が私の頬を染めた。女王の意思に逆らうことができないということを、我々はこうして何度も思い知らされてきた。トラッパーや私は特に反抗的だった時期もあったせいか拷問の傷が未だに多々目立っているが、それらは全て女王に逆らった証でもあり、ある意味それは己の意思の表れとも同じなのだ。
【カーター、お前も例外ではないことを忘れるな】
例外、一体どの話に対して私が例外だというのだろうか。指先で傷口をなぞり指に血を絡めて眺めていれば、深い霧がそれを邪魔して私は箱庭から住処へと移動していた。面倒なことを今になって増やしてくれるものだ。私は深いため息に嫌気を乗せて吐き出せば目の前の扉を開けた。
「あ!」
いつの日かに、こうして血塗れの私とここで出会ったことがあるこの女は、果たして今どんな気持ちなのだろうか。あの時は殺戮の欲が残っていたせいで酷い目に合わせてしまったが、正気である今の私を見てこれから怯えるであろう彼女はあの時と立場が逆転しているのかもしれない。面倒なことがある日というのは、たまらずその面倒が複数重なるものだ。神という存在は人をコケにするのがどうやら得意のようで。
「あ、あ」
「怯える暇があるならさっさと寝室へ行け」
私はそういって靴を脱ぎ捨てれば彼女の目の前に仁王立ちした。金棒を腰に仕舞いこれからこの血塗れになった己を流しにいくという時に、目の前の女は怯える訳ではなく、しかしその宝石のような瞳を大きく見開き唖然としていた。その情けなく開いたままの口からポツポツと聞こえる喘鳴が、一体何を意味するのか。
「おい」
「な、なにを!」
「…は?」
「早く、お風呂入れたばかりですから!」
彼女はそういって私の血で染まった手を引いてバスルームまで強引に連れていく。驚いた、こんな小さな体には意外にもこんな力を秘めているとは。それとも、私がただ彼女に対して油断しているだけなのか。
「やめ」
「あなたが」
この女、いつもなら引きはがそうと思えばできるものなのに、今のこの状況で引き剥がすことができない。そのくせ人を引くにも体格差も理解せずバランスがお互い取れていないのにどうして気づかないんだ。このままではお互い何処かにぶつかってもおかしくない。
「傷、作らなぁぶわぁ!?」
ああやった、これで今日の面倒ごとは3つだ。私たちは衣服を着たまま浴槽にバランスを崩して転落した。幸い私が下であったことが救いではあるが、このクソ面倒を増やしたこの女に久方殺意が湧いた。あの時殺しておけばよかったと、何度も後悔したあの日を無駄に思い出させやがって。
「おい…」
「すいませんすいません違うんですよもうねぇだって」
「傷が何だ、殺人鬼に情けでもかけるつもりかお前は」
「違」
言葉を詰まらせた彼女は私の上で歯ぎしりをして黙り込んでしまった。ああ、よく考えればこの状況、派手に毒なものしか生まれない。この女は就寝前に下着の着用をしてないせいか、このお湯のせいで胸元が透けているのだ。こんなものに目がいくような余裕がある状況でもないくせに、なんて面倒を。今日1日、それも今夜だけで何度の面倒を味わなければならないのだ。
ポチャ、と冷める手前のお湯が音を立てたと思えば、私の両頬に彼女の小さな手が添えられる。こうして彼女に触れられたのは初めてで、それどころかあの日以来、彼女が己の意思だけで私に触れたことは一度もないのだ。全ての始まりの日のように、今日はこんなにも胸騒ぎがする。彼女は私の頬に手を添えたまま私の胸板に額をごつりと押し付けてきた。彼女の親指が傷口を掠めてどうにも落ち着かず、私の中に流れる血が騒いでいるのは何故だ。
「傷を…」
「しつこいぞ、情けを」
「心配しました」
「お前になにを心配することが」
「拷問を受けたのかと思って」
誰に聞いた、そう聞こうと思ったがそれを聞いたところでその殺人鬼を追い詰める訳でもない。無意味にしかならないことを理解した私は出そうになった言葉を喉の奥に押し込んで彼女の身体が冷えないようにその背中に手を置いた。少し冷たくなりかけているそれは、こんなところで互いを休めている場合ではないということを知らせてくれる。無理やりでも私が立ち上がり彼女を担いでここから出なければ話は進まないということだ。なのに彼女は、まだ何か言いたそうに口を開けたり閉じたりと葛藤を繰り返している。
「よ、かった」
「何がいいんだ」
「無事、帰ってきて」
「 」
「おかえりなさい」
もう言葉が出てこない私は、どれだけ彼女に動揺させられているのか。彼女はそういってわたしの頬を包んでいた手を首に回してくる。まるで子供の世話をしているような、しかしそういう気の持ちようではない気がして、妙に気味が悪く苦しい。
だが、私もまた彼女と同じように今の状況で相手を離すことができなかった。背中においていた手のひらを、そっと腰に添えて引き寄せれば互いの腹を密着させた。当たっている、だがそれより、私は今この感覚から逃れることができない。私もまた所詮は女王と変わらない存在なのかもしれない。
笑われてもおかしくないほどに、今はこの存在を離したくない。