悪魔と殺人鬼
名を刻もう
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きっとそれは、ここに来て2度目の出来事。この住処に誰かが訪ねてくることはそうないことで、わざわざここへ来るのは必然的にビリーくんと決まっていた。お嫁さんは施設に行けば会えるし、何か急用があればなんの遠慮もなくブリンクで入ってくるのだからノックなんて必要ない。シェイプさんはあまり自主的に来ることはなく、というよりやはりシェイプさんだけはあの男にもお嫁さんにもここの出入りを禁止されているみたいだ。以上を踏まえてこのノックの音はビリーくんだと予測、いやそれ以外に来る人を私は知らない。仮にトラッパーさんだとしたら、いや別に何か困ることはない。
「はいはい待ってよー」
「君が嫁ちゃんかぁ!」
「うっだっ!?」
扉を開けた先、そこには映画でしか観たことのないようなピエロがいた。大きい、まぁ横に大きいのだがとにかくその体はタプタプと揺れめ私に怪しげに笑いかけて来る。まずい、確認もせずに扉を開けたことを後悔した。この世界にいる、ということは彼も殺人鬼のはず。私これからお風呂に入って夕食の準備をしてあれやこれやをしなければならないんですよ、どうか生かしてくれませんか。
「あ、あのあのあのあの」
「あれ、嫁ちゃんだろぉ?」
「いいいいえいえ、な、なナースさんではない!」
「え、おかしいなぁ。ドクターから人間の娘育ててると聞いたんだが」
「人間の娘です…!!?」
「あってんじゃぁねぇか」
ああ無理だ、心臓が爆発しそうだ。死ぬ、死ぬんだこれから、こんなにも不気味に笑う彼に私は殺されるんだ。泣きたい、何故こうも安易に扉を開けたんですか。絶対あの世で彼にあった時今日のことをこっぴどく怒られる、あれだけ注意されて怒鳴られることだってあったというのに。
「ドクターは?」
「し、施設…研究…」
「ありゃ、さっき寄った時はいなかったんだけどなぁ」
さっき寄った時っていつの話してるんですか。私は今無罪なのに死刑を言い渡されてその日を待つ人と同じ気持ちですよ、さっさと終わらせるなら終わらせて、生かすならそれで安心させてって感じですよ。心が痛い、熱い、こんなことなら今までにないくらいあの男に文句言ってめちゃくちゃしてやりたいこと散々やりまくればよかった。まだまだやっていないことがたくさんあるのに、私はあの男に殺されるのではなくこんな初対面のピエロに殺されるんだ。さようなら私の人生、この世界も案外悪くなかったです。何故なら私が死んだ時に一番最初に恨むのはエンティティというこの世界の支配者ですから。
「なぁ嫁ちゃん、ここで待っててもいいかぁ?」
「は、ひ…」
「おいおい、俺ぁ何も殺しに来たわけじゃいねぇからよぉ…」
彼はそういって私に触れるか触れないかのギリギリまで手を差し伸べて必死に宥めようとしてくれる。今から殺されるはずの相手にこんなに情けをかけられている、ああ優しい、もう私の脳内が壊れそうです。
あれ、でも今、殺さないって。あれあれ、私死なないんですかね、だとしたらもうこの上ないほどの幸せで絶頂死しますよ。あ、でもそれだとどちらにせよ死んだことになりますね、もうなんでもいい。この際生きていられれば怒られてもいい。
私は彼が許可もなく入ったことに戸惑いを感じる、もあの男の知り合いなのだと分かればそれなりのもてなしをしなければと台所でお茶を淹れて差し出した。気遣い悪いな、なんて殺人鬼らしくない言葉で私を未だ宥めようとしてくれる彼はなんと心の広いお方なんだろう。ああ、おかしいなぁ。この世界は殺人鬼の集まりと聞いていたのだけれど、こんなにも私が出会う殺人鬼達が優しいのは何故だろうか、それとも彼らはあの儀式というものでしか殺人を好まないのだろうか。いやだとしたら尚更殺人鬼と名乗れるものではなくなってくるからそれはきっと違うのだろう。つまり私はたまたま会う殺人鬼達の運がいいのだ。
「ところで嫁ちゃんよぉ」
「あの、嫁ではないんですよ…」
「あぁん?名ぁなんていうんだっけ」
「桔梗と言います」
そういやそうだっけ、なんてお茶を嗜みながら呟く彼は、一体どこからどこまであの男から私の話を聞いたのだろう。
あれ、待てよ。彼が私のことを他の殺人鬼に話すことなんてほとんどないはず、それどころか接点さえ与えようとしない彼が一体何を理由にこの男には私のことを話したのだろう。考えれば考えるほどわけがわからないし、だいたい何故私はそんな呼び方で彼に呼ばれているのだろう。まさか、いやまさか、あの男が私を嫁だなんていうはずがない。彼の勝手な思い込みなのだろうか、それとも所詮は女性に対する二人称でしかないのだろうか。それ独り身の女性に普段から言っているとしたら、ある意味口説き文句ですよ。ヤダ、そう考えたらえっちじゃないですか。私がもっと乙女だったら一発で堕ちちゃいますよ。
「人間一人で大変じゃねぇのか」
「めっちゃ大変ですね」
「あの男に飼われてんだもんなぁ」
「切実に」
理解者だ、こんなにも嬉しい理解者が、こんなにも近くにいたんだ。ああ幸せだ、どうして今まで彼に出会えなかったんだろう。
彼は私のことをしみじみと言わんばかりに慰めてくれればその大きく肉つきのある手で私を撫でてくれた。死ぬ、これは優しすぎて死ねる。今日の私は喜怒哀楽が激しい。その撫でてくれる手に思わずそのまますり寄った私はなんと破廉恥な、でも、いいでしょうたまには。こんなにも優しい温もり、一体何時ぶりなんだろうか。
それをしてはいけないと、心のどこかでわかっていたはずなのに。一番見られてはいけない人物に、こうして見つかることを、どうしてこの半年で私は学ばなかったのだろうか。
ガチリと聞こえたドアノブの音とともに開いた扉の先には、なんとも言えない表情でこちらを凝視するここの主の姿。未だ撫でられているこの優しい手が頭から離れるのを心の中で必死に願いながら、私は震える声を絞るように吐き出した。
「お、おか…お帰りなさ」
「クラウン、お前」
「よぉ〜、お前レリーに顔出したのにいなかったろうが」
クラウンと呼ばれるこの優しい殺人鬼は席から立ち上がり、そのままあの男の元にペラペラと難しい話をしながら近づいて行く。あの男も同じようにこちらに向かってくるのだが、彼はピエロ男の横を通りすぎてそのまま私の元へつま先を向けている。それを不思議そうに考えている間には、私は彼の腕の中にすっぽりと収まっていた。優しい殺人鬼の温もりよりずっとずっと冷たいこの腕の中、特別優しいことをしているわけでもないはずなのに、私は心が優しさで満たされている気分になるのは、何故。
「お前」
「へ、」
「開けただろう」
彼は私から少し体を離せばその両手で私の頬を包み込んで上を向かせた。その瞳はやはり闇に染まっていて、でもどこか、どこか奥に、気付かれないようにと願っている優しさがあって、だから私は今満たされたのだと勝手な解釈をする。開けたとはなんの話だろうか。玄関の話だろうか、むしろそれ以外にないか。
「す、すいません」
「鍵を…」
「あ」
「いい加減にしろ」
鍵を、そうだ。鍵を閉めずにここまできたことを私は思い出した。まずいなぁ、これは死んだのではなかろうか。
メメントか、電撃か、棍棒か、この怒りに対する制裁はなんだ、そう考えながら罰を受ける覚悟を決めた私はぎゅっと目を瞑った。なのにこの男は再び私を抱きしめて、それも先ほどよりずっと強く暖かい何かを与えてくれる。何故こんなにも、乱暴なのに、深い優しさを感じるのだろう。ずるい、こんなの。急に酷いよ。
(鍵が開いていたから驚いてくれば、とんだ心配損だ)
(俺、放置?え、放置かぁ?)
「はいはい待ってよー」
「君が嫁ちゃんかぁ!」
「うっだっ!?」
扉を開けた先、そこには映画でしか観たことのないようなピエロがいた。大きい、まぁ横に大きいのだがとにかくその体はタプタプと揺れめ私に怪しげに笑いかけて来る。まずい、確認もせずに扉を開けたことを後悔した。この世界にいる、ということは彼も殺人鬼のはず。私これからお風呂に入って夕食の準備をしてあれやこれやをしなければならないんですよ、どうか生かしてくれませんか。
「あ、あのあのあのあの」
「あれ、嫁ちゃんだろぉ?」
「いいいいえいえ、な、なナースさんではない!」
「え、おかしいなぁ。ドクターから人間の娘育ててると聞いたんだが」
「人間の娘です…!!?」
「あってんじゃぁねぇか」
ああ無理だ、心臓が爆発しそうだ。死ぬ、死ぬんだこれから、こんなにも不気味に笑う彼に私は殺されるんだ。泣きたい、何故こうも安易に扉を開けたんですか。絶対あの世で彼にあった時今日のことをこっぴどく怒られる、あれだけ注意されて怒鳴られることだってあったというのに。
「ドクターは?」
「し、施設…研究…」
「ありゃ、さっき寄った時はいなかったんだけどなぁ」
さっき寄った時っていつの話してるんですか。私は今無罪なのに死刑を言い渡されてその日を待つ人と同じ気持ちですよ、さっさと終わらせるなら終わらせて、生かすならそれで安心させてって感じですよ。心が痛い、熱い、こんなことなら今までにないくらいあの男に文句言ってめちゃくちゃしてやりたいこと散々やりまくればよかった。まだまだやっていないことがたくさんあるのに、私はあの男に殺されるのではなくこんな初対面のピエロに殺されるんだ。さようなら私の人生、この世界も案外悪くなかったです。何故なら私が死んだ時に一番最初に恨むのはエンティティというこの世界の支配者ですから。
「なぁ嫁ちゃん、ここで待っててもいいかぁ?」
「は、ひ…」
「おいおい、俺ぁ何も殺しに来たわけじゃいねぇからよぉ…」
彼はそういって私に触れるか触れないかのギリギリまで手を差し伸べて必死に宥めようとしてくれる。今から殺されるはずの相手にこんなに情けをかけられている、ああ優しい、もう私の脳内が壊れそうです。
あれ、でも今、殺さないって。あれあれ、私死なないんですかね、だとしたらもうこの上ないほどの幸せで絶頂死しますよ。あ、でもそれだとどちらにせよ死んだことになりますね、もうなんでもいい。この際生きていられれば怒られてもいい。
私は彼が許可もなく入ったことに戸惑いを感じる、もあの男の知り合いなのだと分かればそれなりのもてなしをしなければと台所でお茶を淹れて差し出した。気遣い悪いな、なんて殺人鬼らしくない言葉で私を未だ宥めようとしてくれる彼はなんと心の広いお方なんだろう。ああ、おかしいなぁ。この世界は殺人鬼の集まりと聞いていたのだけれど、こんなにも私が出会う殺人鬼達が優しいのは何故だろうか、それとも彼らはあの儀式というものでしか殺人を好まないのだろうか。いやだとしたら尚更殺人鬼と名乗れるものではなくなってくるからそれはきっと違うのだろう。つまり私はたまたま会う殺人鬼達の運がいいのだ。
「ところで嫁ちゃんよぉ」
「あの、嫁ではないんですよ…」
「あぁん?名ぁなんていうんだっけ」
「桔梗と言います」
そういやそうだっけ、なんてお茶を嗜みながら呟く彼は、一体どこからどこまであの男から私の話を聞いたのだろう。
あれ、待てよ。彼が私のことを他の殺人鬼に話すことなんてほとんどないはず、それどころか接点さえ与えようとしない彼が一体何を理由にこの男には私のことを話したのだろう。考えれば考えるほどわけがわからないし、だいたい何故私はそんな呼び方で彼に呼ばれているのだろう。まさか、いやまさか、あの男が私を嫁だなんていうはずがない。彼の勝手な思い込みなのだろうか、それとも所詮は女性に対する二人称でしかないのだろうか。それ独り身の女性に普段から言っているとしたら、ある意味口説き文句ですよ。ヤダ、そう考えたらえっちじゃないですか。私がもっと乙女だったら一発で堕ちちゃいますよ。
「人間一人で大変じゃねぇのか」
「めっちゃ大変ですね」
「あの男に飼われてんだもんなぁ」
「切実に」
理解者だ、こんなにも嬉しい理解者が、こんなにも近くにいたんだ。ああ幸せだ、どうして今まで彼に出会えなかったんだろう。
彼は私のことをしみじみと言わんばかりに慰めてくれればその大きく肉つきのある手で私を撫でてくれた。死ぬ、これは優しすぎて死ねる。今日の私は喜怒哀楽が激しい。その撫でてくれる手に思わずそのまますり寄った私はなんと破廉恥な、でも、いいでしょうたまには。こんなにも優しい温もり、一体何時ぶりなんだろうか。
それをしてはいけないと、心のどこかでわかっていたはずなのに。一番見られてはいけない人物に、こうして見つかることを、どうしてこの半年で私は学ばなかったのだろうか。
ガチリと聞こえたドアノブの音とともに開いた扉の先には、なんとも言えない表情でこちらを凝視するここの主の姿。未だ撫でられているこの優しい手が頭から離れるのを心の中で必死に願いながら、私は震える声を絞るように吐き出した。
「お、おか…お帰りなさ」
「クラウン、お前」
「よぉ〜、お前レリーに顔出したのにいなかったろうが」
クラウンと呼ばれるこの優しい殺人鬼は席から立ち上がり、そのままあの男の元にペラペラと難しい話をしながら近づいて行く。あの男も同じようにこちらに向かってくるのだが、彼はピエロ男の横を通りすぎてそのまま私の元へつま先を向けている。それを不思議そうに考えている間には、私は彼の腕の中にすっぽりと収まっていた。優しい殺人鬼の温もりよりずっとずっと冷たいこの腕の中、特別優しいことをしているわけでもないはずなのに、私は心が優しさで満たされている気分になるのは、何故。
「お前」
「へ、」
「開けただろう」
彼は私から少し体を離せばその両手で私の頬を包み込んで上を向かせた。その瞳はやはり闇に染まっていて、でもどこか、どこか奥に、気付かれないようにと願っている優しさがあって、だから私は今満たされたのだと勝手な解釈をする。開けたとはなんの話だろうか。玄関の話だろうか、むしろそれ以外にないか。
「す、すいません」
「鍵を…」
「あ」
「いい加減にしろ」
鍵を、そうだ。鍵を閉めずにここまできたことを私は思い出した。まずいなぁ、これは死んだのではなかろうか。
メメントか、電撃か、棍棒か、この怒りに対する制裁はなんだ、そう考えながら罰を受ける覚悟を決めた私はぎゅっと目を瞑った。なのにこの男は再び私を抱きしめて、それも先ほどよりずっと強く暖かい何かを与えてくれる。何故こんなにも、乱暴なのに、深い優しさを感じるのだろう。ずるい、こんなの。急に酷いよ。
(鍵が開いていたから驚いてくれば、とんだ心配損だ)
(俺、放置?え、放置かぁ?)