悪魔と殺人鬼
名を刻もう
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
この半年、むしろこの半年を私は幸福に暮らしていたと思う。お嫁さんのような理解者がそばにいることがどれほど私という女が生きる糧となったか、きっとこれは女同士にしかわからないことだろう。研究の最終日だ、と訳のわからない事を口にして一人施設に行ってしまった彼だったが今日はそれが最もな選択だと私は思う。むしろ強制的に連れて行かされていたならば、私は今頃あの施設に響く狂気含んだ叫び声と共鳴していただろう。
今私を救ってくれるのはこの暖かな布団と何枚もある白布の塊、私を殺そうとしてくるのは時間とあの男の帰宅だ。それまでに私はこの勝負に勝たなければならない。腹を丸めるように足を曲げて横を向いてベッドに沈めたこの体は、きっとどんな男にも理解できないだろう。悲鳴をあげて中を切り裂こうとするこの腹は私を月一で殺しにかかってくる。普段通りの生活をしていればこの現象こそが殺人鬼そのものなのだろうが、今はそれと同じ存在と私は暮らしているから造作もない。そのはずだが、どうしてもこの現象と出くわせばそれは必然とあの男どもよりもずっと残酷な存在だと感じた。痛い、とかそういう問題ではない、苦しいのだ。この気持ちを誰かにぶつけることが今となってはできない訳で、やはり私はお嫁さんのところで暮らしていればよかったとこの先何度でも後悔するのだろう。
「おい」
あぁ負けた。彼が帰って来れば私は必然とここから動かされ、自分の仕事に取り掛からなければならない。動きたくない、こんな激痛の中立つことすらままならないこの意識で、私は懸命に彼に尽くさなければならないのか。地獄だ、助けてくれ。
「おい」
何度も呼ばないでほしい。痛いんですよ、もう死ぬほど。あなたお医者さんならわかるでしょう?ああでも、その前にもう殺人鬼なのか。諦めて私はその暗い顔を上げて激痛のあまりに顔に張り付く汗を服で拭って帰宅した彼を見た。相変わらずの狂ったその表情で私を見下ろしてくるそこのあなた、私の代わりにこの痛みを味わいませんか?というかこの間あなた私のこと殴りましたよね、あれより痛いんですよ、分かりますか。いっときの痛みとかそういう類のものではないんです。
「…な、なんですか」
「生理か」
なんという事を、しかも遠慮もなく。というかなぜわかったんですか、まさか私の生理周期でも把握してるんですか。
すん、すん、と鼻をヒクヒク動かして何を…あ、わかった、分かりたくなかった。
「まさか」
「殺人鬼は血に敏感でな」
「いやぁああ!」
最悪だ。生理周期を把握されるより、誰かに聞かれるより、表情で察しがつかれるより、なによりも最悪なバレ方だ。恥ずかしさしかない、死にたい、非常に死にたい。
私はあまりのショックに涙が出そうになりズルズルと鼻を啜ってシーツを握りしめる。これからこんな男のためにご飯を作り風呂を掃除し最後は抱き枕にされると考えれば、もうそれは悲劇でしかない。ポタポタと握りしめたシーツにシミがつけばそれがお前は無力だと私自身に語りかけているようで苦しかった。
そんな私の肩に突然ブワッと柔らかな感覚が与えられる。なんだ、これから私はあの男のためにせっせと女中を努めなければならないのに、こんな優しい温もりを誰が与えてくるんだ。
「休め」
「へ?」
先ほどの、いや普段の厳しさはどこへ行ったんだ。私がどれだけ苦しそうにしていようと構わない、むしろそれを楽しむようにしている彼が今日は一体何があったというのか。研究が思いのほか捗ったのか、それとも何か他にご機嫌なことでもあったのか。
私のこんな気持ちを無視して彼は私の体を強引に横に倒した。その顔は相変わらず狂ったように笑っていたが、どこかその瞳の奥で私を優しく眺めている気がして鳥肌が立つ。
なんだ、この違和感は、どうして。
「あの」
「寝てろ」
彼はそう行って寝室から出て行った。何か皮肉を言うこともせず、かといって極端な優しさを示すわけでもない。暖かいようで冷たくて、けれど私にはその一瞬の優しさが気持ち悪いほどに心臓に悪くその身を縮めた。ああ、暖かい。それは心から感じるものではない、きっと布団のおかげ。
ああ、ダメだ。今寝たらご飯も食べれないし夜中に起きてしまう。私はそんな外からの温もりに誘われて夢の世界へ落ちていった。深い、深い眠りであればいいなと、朦朧とする意識の中で、強く願って。
施設から帰った私の目に真っ先に飛び込んできたのはベッドで丸まったままのこの女。まさか寝ているとは思えないが、施設にもいかずこんなところでだらけていたとなればなんとも情けない甘ったれた生活をさせていると一つ拳でも入れてやりたくなる。私が扉を開けたにもかかわらず顔を上げないということは寝ているということ、私は帰宅した疲れと呆れにため息を吐いて彼女に近寄ったがそこで違和感を感じた。血の匂いだ。私の鼻を掠めたのは紛れもなくこの生臭い腐敗臭、しかもそれは生存者達から感じるような匂いではなく、どこか蒸れたキツイ臭いだ。
一言声をかければ上げた面はやはりどこか苦しそうで、彼女が一日ここで安静にしていたことを考えれば私はどう声をかければいいかわからなかった。だが何か言わなければそれはそれでこの絶妙な空気の中彼女の口が開くまで耐えなければならないという地獄を味わう羽目になる、私は彼女にデリカシーのない言葉を言えば察したかのようにポロポロとその瞳から涙を零し始めた。いつもの私ならこの状況に反吐が出るほど嫌気がさし、面倒な気持ちで支配されるはずだったが、ナースがいない今私がこれをどうにかしなければならなかった。
「あの」
「寝てろ」
私は強引にも布団をひっつかんで彼女の肩にかけそのままベッドに押し倒す、よく見ればその顔には髪が張り付くほどの汗が溜まっていてなんとも居たたまれない姿だった。私が彼女に対する数々の暴力を台無しにするほどのその苦しみに少しばかりの不満が募るが、つまりはあの程度の痛みでも彼女は死なないということ。
私は久方の飯の支度をするために寝室から出て行った。背後で唸るウサギが本当に弱々しく私に話しかけようとしていたが、私はそれを無視して。
私から与えるもの以外で死ぬことを、この私が許すと思うな。
今私を救ってくれるのはこの暖かな布団と何枚もある白布の塊、私を殺そうとしてくるのは時間とあの男の帰宅だ。それまでに私はこの勝負に勝たなければならない。腹を丸めるように足を曲げて横を向いてベッドに沈めたこの体は、きっとどんな男にも理解できないだろう。悲鳴をあげて中を切り裂こうとするこの腹は私を月一で殺しにかかってくる。普段通りの生活をしていればこの現象こそが殺人鬼そのものなのだろうが、今はそれと同じ存在と私は暮らしているから造作もない。そのはずだが、どうしてもこの現象と出くわせばそれは必然とあの男どもよりもずっと残酷な存在だと感じた。痛い、とかそういう問題ではない、苦しいのだ。この気持ちを誰かにぶつけることが今となってはできない訳で、やはり私はお嫁さんのところで暮らしていればよかったとこの先何度でも後悔するのだろう。
「おい」
あぁ負けた。彼が帰って来れば私は必然とここから動かされ、自分の仕事に取り掛からなければならない。動きたくない、こんな激痛の中立つことすらままならないこの意識で、私は懸命に彼に尽くさなければならないのか。地獄だ、助けてくれ。
「おい」
何度も呼ばないでほしい。痛いんですよ、もう死ぬほど。あなたお医者さんならわかるでしょう?ああでも、その前にもう殺人鬼なのか。諦めて私はその暗い顔を上げて激痛のあまりに顔に張り付く汗を服で拭って帰宅した彼を見た。相変わらずの狂ったその表情で私を見下ろしてくるそこのあなた、私の代わりにこの痛みを味わいませんか?というかこの間あなた私のこと殴りましたよね、あれより痛いんですよ、分かりますか。いっときの痛みとかそういう類のものではないんです。
「…な、なんですか」
「生理か」
なんという事を、しかも遠慮もなく。というかなぜわかったんですか、まさか私の生理周期でも把握してるんですか。
すん、すん、と鼻をヒクヒク動かして何を…あ、わかった、分かりたくなかった。
「まさか」
「殺人鬼は血に敏感でな」
「いやぁああ!」
最悪だ。生理周期を把握されるより、誰かに聞かれるより、表情で察しがつかれるより、なによりも最悪なバレ方だ。恥ずかしさしかない、死にたい、非常に死にたい。
私はあまりのショックに涙が出そうになりズルズルと鼻を啜ってシーツを握りしめる。これからこんな男のためにご飯を作り風呂を掃除し最後は抱き枕にされると考えれば、もうそれは悲劇でしかない。ポタポタと握りしめたシーツにシミがつけばそれがお前は無力だと私自身に語りかけているようで苦しかった。
そんな私の肩に突然ブワッと柔らかな感覚が与えられる。なんだ、これから私はあの男のためにせっせと女中を努めなければならないのに、こんな優しい温もりを誰が与えてくるんだ。
「休め」
「へ?」
先ほどの、いや普段の厳しさはどこへ行ったんだ。私がどれだけ苦しそうにしていようと構わない、むしろそれを楽しむようにしている彼が今日は一体何があったというのか。研究が思いのほか捗ったのか、それとも何か他にご機嫌なことでもあったのか。
私のこんな気持ちを無視して彼は私の体を強引に横に倒した。その顔は相変わらず狂ったように笑っていたが、どこかその瞳の奥で私を優しく眺めている気がして鳥肌が立つ。
なんだ、この違和感は、どうして。
「あの」
「寝てろ」
彼はそう行って寝室から出て行った。何か皮肉を言うこともせず、かといって極端な優しさを示すわけでもない。暖かいようで冷たくて、けれど私にはその一瞬の優しさが気持ち悪いほどに心臓に悪くその身を縮めた。ああ、暖かい。それは心から感じるものではない、きっと布団のおかげ。
ああ、ダメだ。今寝たらご飯も食べれないし夜中に起きてしまう。私はそんな外からの温もりに誘われて夢の世界へ落ちていった。深い、深い眠りであればいいなと、朦朧とする意識の中で、強く願って。
施設から帰った私の目に真っ先に飛び込んできたのはベッドで丸まったままのこの女。まさか寝ているとは思えないが、施設にもいかずこんなところでだらけていたとなればなんとも情けない甘ったれた生活をさせていると一つ拳でも入れてやりたくなる。私が扉を開けたにもかかわらず顔を上げないということは寝ているということ、私は帰宅した疲れと呆れにため息を吐いて彼女に近寄ったがそこで違和感を感じた。血の匂いだ。私の鼻を掠めたのは紛れもなくこの生臭い腐敗臭、しかもそれは生存者達から感じるような匂いではなく、どこか蒸れたキツイ臭いだ。
一言声をかければ上げた面はやはりどこか苦しそうで、彼女が一日ここで安静にしていたことを考えれば私はどう声をかければいいかわからなかった。だが何か言わなければそれはそれでこの絶妙な空気の中彼女の口が開くまで耐えなければならないという地獄を味わう羽目になる、私は彼女にデリカシーのない言葉を言えば察したかのようにポロポロとその瞳から涙を零し始めた。いつもの私ならこの状況に反吐が出るほど嫌気がさし、面倒な気持ちで支配されるはずだったが、ナースがいない今私がこれをどうにかしなければならなかった。
「あの」
「寝てろ」
私は強引にも布団をひっつかんで彼女の肩にかけそのままベッドに押し倒す、よく見ればその顔には髪が張り付くほどの汗が溜まっていてなんとも居たたまれない姿だった。私が彼女に対する数々の暴力を台無しにするほどのその苦しみに少しばかりの不満が募るが、つまりはあの程度の痛みでも彼女は死なないということ。
私は久方の飯の支度をするために寝室から出て行った。背後で唸るウサギが本当に弱々しく私に話しかけようとしていたが、私はそれを無視して。
私から与えるもの以外で死ぬことを、この私が許すと思うな。